164.地底のカタツムリ~完~
これにて5章完結です
最終章に向けて充電期間を一週間ほど頂きたいと思います
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「あんなに憎く思ってたのに、まさか別れるのがこんなにも辛いって思うなんて……」
旅立ちの日。宿の窓から見える景色を眺めながら、イエナが物憂い口調で呟いた。
ヘプティたちのお陰で死光石が手に入り、ニーイのお陰でエバ山への立ち入り許可証も手に入れた。ドワーフたちが暮らす国、カザドでやるべきことはもうない。
目的のためにも最早ここを離れる以外ないのに。
「そんなに好きになっちゃったのか……なら、残る?」
カナタが切ない顔をしてイエナを見る。だが、イエナは悲し気に首を振った。
「私にはカナタがいてくれるから……。それにカナタだって経験した悲しい別れだもの。私も見倣って前を向かないと」
「そっか……じゃあ、行こう」
忘れ物がないことを確認し、世話になったこの部屋とも別れを惜しむ。
「あーーーそれにしてもなんで煮ても焼いても蒸しても揚げても美味しいの!? 反則だよマグマ魚! もおおおお、また絶対食べに来るんだから!」
「イエナが恨みつらみを飲み込んでハマるのもわかる美味しさだったよな。やっぱ海の魚とは一味も二味も違った」
先ほどからイエナが別れを惜しんでいる相手、それはボルケノタートル討伐時に物凄い妨害をしてきたマグマ魚だった。マグマ魚はカザドではごく一般的に流通しているものの、外の世界では滅多に出合えない珍味である。本日ここを出発する2人はこの味わいともお別れとなるのだ。
「ギルド長や巨岩崩しのメンバーにお別れの挨拶もしたし、やり残したこともないわよね」
「ガンダルフには特別に武器作ってやったんだっけ? イエナもサービス精神旺盛だよな」
「んー……それはどっちかっていうと、職人の意地ね」
彼の裏の二つ名が「武器壊し」であることはあちこちで散々聞かされていたが、まさか聞き取りをして彼専用にカスタマイズしたものまでボルケノタートル戦で次々と破壊されてしまうだなんて。勿論相手が防御に特化した格上の大型魔物であるということは承知している。それでも、たった一戦で壊されてしまったとなると、職人の沽券に関わるのだ。
ということで、イエナは冒険者ギルドがエバ山への立ち入り許可証を入手するまでの期間を使って、あちこちの工房見学と試作に精を出していたのだった。そしてその成果をガンダルフに押し付けたというわけだ。
ちなみに、カナタはこのノヴァータの街で軽い依頼をいくつか達成したらしい。ニーイのアドバイス通り、これからは立ち寄った街で簡単な依頼をこなしていく予定だ。目立たない隠密ツムリ旅、再始動である。
「「お世話になりました!」」
「おや、もう行っちまうのかい? 人間は忙しないもんだってわかっちゃいるけどねぇ」
2人にしてみれば結構な期間滞在した感覚なのだが、宿の女将から見ると忙しなかったようだ。今回の旅の収穫の1つに、種族による時間感覚の違いがあるかもしれない。リエルと出会ったときよりも強く実感する出来事が多かった。
「美味しいご飯とも、素晴らしい技術ともお別れね」
「それから久々に空と再会だぞ」
「あっ確かに。それにもっふぃーたちとの旅も再開よね。それはそれでやっぱり楽しみだわ」
今回の地底の旅ではほぼ出番がなかった2匹のモフモフたち。ずっとルームの地下生活だったこともあって、きっと元気に駆け回ってくれるはずだ。
(もっふぃーはともかくゲンちゃんは拝み倒さないとダメかも。あっそうだ、シャワーで一旦キレイにしてあげようかな。きっと気分も変わるわよね。あとで提案してみよう)
人がいるところではモフモフたちの話題はちょっと憚られる。無事に外に出たら提案してみることにしよう。
ノヴァータの街の出口付近には、たくさんのヌテールが待機していた。地上行きの乗合ヌテールの出発までは少々時間がある。近くの休憩スペースで2人並んで座っていると、ヌッとデカい影が現れた。
「よぉ、見送りに来てやったぜ」
「ガンダルフか」
「わざわざありがとうございます」
カナタが冒険者ギルドの依頼を受けると、なんだかんだで彼が付いてきたという話は聞いていた。そのためカナタはほぼ毎日顔を合わせていたらしい。
「その後武器の調子はどうですか?」
「おう、悪くねぇ」
「素直に最高って言え」
「ふふふ」
2人のそんな漫才みたいなやり取りにも、すっかり慣れてしまった。当初は随分ハラハラしたけれど、もしかしてこれが見納めかと思うとちょっとだけ寂しい気もする。
「ふん、まぁ壊れてねぇからいいんじゃねぇか。また壊したらお前を探しに行くからな」
「そのときは素材持ってきてくださいね。やっぱりカザド国産の方がしっくり来ると思いますから」
「おう、そんときは土産も持ってってやるから期待しとけ」
ガンダルフはもうしばらく里帰りを楽しんでからまた人間の国へ出稼ぎに行くらしい。とはいえ、人間の国だって十分に広い。武器が壊れた際にどうやって探しに来るのやら、とは思う。
ただ、ガンダルフだしなぁという謎の信頼もあるので、まぁなんとかなるのだろう。寂しいなんて気持ちも、いつの間にか消えていた。
「カナタがいりゃそんな危険もねぇだろうが、気を付けていけよ。向かうのはエバ山とかいうとこだったか?」
「はい、そうです。結構遠いみたいなので、今までよりはのんびりになるかな?」
「そうかな。まぁ、ちょっとくらい寄り道するのは構わないし」
ここから先の旅の話は、やはり頼れるモフモフたちがいるところでするのが礼儀だろう。ということで、大まかな方角は決まっているけれど、直近の行先は未定だ。
「あー……あの、アレだ。気を付けていけよ」
「えっ? あ、はい」
ガンダルフがそんなことを言うとは思っていなく、ちょっと間抜けな返事をしてしまった。
「……おめぇ、もしや言ってねぇな」
「それこそ無駄に警戒することでもないからな」
カナタとガンダルフはなんだかイエナのわからない話をしている。男同士の話し合いというやつかもしれない。そういうときはそっとしておくに限る。
「地上行~、行くやつはいねぇかー!」
暫く他愛もない会話をしていると、地上行のヌテール定期便がやってきた。
「よし、じゃあ行くか」
「はーい。ガンダルフさんもまたね」
「おう、くれぐれも気を付けてな」
最初殴りかかってきたガンダルフが心配をしている、と考えるとなんだかおかしい。
馬車ならぬヌテール車に乗り込んで、ノヴァータの街から離れていく。少しずつ地上に登っていくため、街が上から見下ろせた。
「よく考えたらカザドの一部なのよねぇ……それでも見どころありまくりだったけど」
「何より色々起こりすぎだよ。変な乱暴男に、溶岩亀退治に……次の旅は穏やかだといいな。マジで」
「またそうやってフラグ立ててる?」
「立ててない、断じて立ててない!」
ゴトゴトと揺れるヌテール車の中。見える明かりは光苔か光茸か。異なる文化の地底の国でも様々なことがあり、得られるものも多かった。
(最終目的地に行く目途もついたから……ここからカナタとの最後の旅になるのかな……)
ふっと込み上げてきた胸を締め付けられるような気持ちに、イエナは慌てて蓋をする。
いつの間にか会話は途切れ、2人揃って遠ざかるノヴァータの街並みを見つめるのだった。
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