163.思わぬところで
「あの、エバ山への立ち入り許可って、冒険者ギルド経由でなんとかなりませんか?」
「イエナ?」
イエナの要望はカナタにとって意外なものだったらしい。驚きを浮かべて振り向いてきた顔に任せて、と小さく頷いてみせた。
カナタの最終目的地はエバ山という場所にある次元の狭間だ。そこに行けば、元の世界へ帰れるかもしれない。
(うん、ビジネスパートナーとして、当然の選択だよね)
イエナとカナタはビジネスパートナーの関係だ。
カナタは持ち前の幸運スキルで、イエナにレアドロップ品を渡す。
イエナはルームを提供して目的地までの旅を安全快適なものにする。
旅を続けていくうちにその他にも色々な役割がお互いに増えていったけれど、根本はそこだ。イエナはカナタが元の世界に帰れるよう協力すると約束した。だから、この選択は当然のことなのだ。
「エバ山というと……ベンス国にある山のことだろうか? また不思議な場所に行きたがるものだ。死光石を欲しがったりするし、石マニアなのか?」
「あ、はい! こちらに来てたくさん教えてもらったので好きになりました!」
このドワーフの国に来て、イエナは鉱石の面白さに目覚めた。といっても大半は良くしてくれたドワーフのお陰だ。石の特性にも少しだけ詳しくなったので、今後の製作に役立てられそうだとワクワクしているところである。
「ということは、エバ山にも特有の鉱石があるのですか?」
「あぁ、もちろん。エバ奇石という石がある。掘る者の魔力によって色が変わるという特性を持つ石だ。ただ、有効活用できるかというと微妙だが……ふむ」
カナタの質問にも丁寧に説明したあとで、ニーイは顎に手を当てて考え込む素振りを見せる。
(えええ、何それすごく面白そうな石じゃない! 加工とかできるのかな? っていうか私もそれ掘ってみたーい! ……ってはしゃぎたいけどガマンガマン)
珍しい特徴の石にイエナは密かに興奮状態だ。
だが、うっかりオタク気質を表に出して話の腰を折ってはいけないという理性はかろうじて残っていた。これがもしイエナ個人の事情であれば、理性はとっくのとうに吹き飛んでいただろう。
カナタを元の世界に帰す、という目的のためだから、なけなしの理性が必死に頑張っているのである。
「エバ奇石の研究、という名目で許可を申請することは可能だな。ドワーフ族が各地の鉱石を研究したがることはしょっちゅうだし、サンプルの持ち帰りを冒険者に頼むこともある。そのセンでいってみようか」
「えっ、いいんですか!?」
「構わない。ただし、君たちがベンス国の直轄地に行ったという記録はどうしても残ることになる。それは承知しておいてほしい」
「それは勿論……カナタも大丈夫よね?」
「え? あぁ、うん」
カナタは何故かぼうっとしているようで返事の歯切れが悪い。が、折角のチャンスを逃すわけにはいかない。イエナはやや強引に話をまとめにかかる。
「ではそれでお願いします」
「了解した。ただ、一応他国が関わることではあるので、多少時間がかかることは念頭に置いてくれ」
「……あの、どのくらいの時間か、目安はありますか?」
控えめに尋ねたのはカナタだ。確かにそこは重要である。何せ1年の歳月を『もう少し』と表現できてしまうドワーフ族相手だからだ。そんなドワーフ族のニーイに『多少時間がかかる』と言われたのだからちょっとビビる。3年くらい待ってくれと言われてしまったらどうしたら良いだろうか。
「ふむ……相手次第ではあるが多めに見積もって10日は見てほしいところだな。君たちが急いでいるのであれば、先に次の街へ移動してもらっても構わない。その際は責任もって立ち寄る街に連絡をしておこう」
「えっ!? そんなことできるんですか?」
「冒険者ギルドは独自の伝達技術があるからな。そうでなければ君たちの足取りを調べるなどできないだろう?」
「それは確かに……」
ギルド長にイエナたちのことが耳に入ったのは、どんなに早くてもガンダルフがボルケノタートル討伐に向けて人集めをし始めた頃だろう。そのときからまだ数日しか経っていない。その日数でイエナたちが冒険者登録をした街だとかを調べるには何かしらの伝達技術がないと無理だ。
「あ、でも10日くらいなら別に待てます。……だよね?」
年単位を告げられることもあるかも、と覚悟していたイエナとしては拍子抜けと思えるくらいに短い期間だ。しかも、多めに見積もって10日ということは更に早まる可能性もあるということである。であれば、イエナとしては問題ない。なさすぎてカナタに確認するまえにうっかり返事をしてしまったほどだ。慌ててカナタの方に顔を向けて確認をとる。すると、笑顔が返ってきた。
「うん、余裕で。それにイエナはそのくらい時間あった方があちこち勉強に行けていいんじゃないか?」
カナタの言葉にイエナも笑顔で頷く。
やはりドワーフ族の技術はとても勉強になるのだ。しかも親切な人が多いようで、口調は荒くともちゃんと教えてくれるのである。
ただし、これは職人特有の不機嫌そうな仏頂面や荒い口調に慣れているイエナと、イエナのことを手ごわい大型魔物を凍結させた技術者であると認識しているドワーフ族という組み合わせだからである。ごく普通に弟子入りしてきた人間がドワーフ族の対応に心折れて去っていくというのは割と良くあることなのだ。
もしかしたら、イエナはドワーフ族との相性が良いのかもしれない。
「ではその方向で話を進めよう。動きが早まれば君たちの泊まっている宿に使いを出す。そうでなければ10日後に君たちの方からギルドに来てくれ」
「あ、折角アドバイスも頂いたので、俺はこちらで少し依頼を受けようかなと思ってます。なので、多分毎日顔は出しますので使いは結構です」
確かに、イエナがあちこちを見学するのであれば、カナタは暇になってしまう。その時間に冒険者ギルドで依頼を受けるのは非常に合理的だ。
「ふぅ……君たちくらい素直にアドバイスを受け入れてくれる新人ばかりであれば楽なのだがなぁ……」
話がまとまったあと、ニーイは小さく息を吐いた。
冒険者ギルドの長ともなると、なかなか苦労が絶えないのだろう。そんな中で気にかけてアドバイスまでしてくれたのだから感謝に堪えない。
ただ、突然の呼び出しというのは今後もない方が心臓に良いな、と考えてしまうイエナであった。
「……もう少しでこの街ともお別れなのね」
ギルドからの帰り道、イエナはポツリと呟く。
「そう考えるとちょっと寂しいよな」
「ねー。後悔しないように一杯学んで、あと、美味しいものも食べようね」
「地底産のキノコとか根菜とか、気になった食材を買ってみるのも良いかもな。あっ、あとスパイスも気になってたんだ」
イエナが努めて明るい声を出すと、カナタも明るく応じてきた。そうして2人はノヴァータの街に紛れていくのだった。
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