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159.説得成功

「巨岩崩しの連中だったら今頃『閃緑亭』ってところで飲んだくれてるんじゃないかい?」


 街で何件か聞き込みをしてやっと居場所を突き止める。教えてもらった通りの居酒屋にて、ヘプティたちは文字通り飲んだくれていた。


「……やっと見つけたんだけど、これ出直した方がいいかな?」


 宿の女将推薦の店とは違って、地元のドワーフ御用達のお店なのだろう。ドワーフ用にこじんまりとしており、大衆向けといった雰囲気だ。ところどころに机に突っ伏していたり、床に転がされていたりするドワーフが見える。大丈夫なのだろうか。

 店内にはボルケノタートル討伐時に見知った顔がいくつもあった。その中にはガンダルフもいる。


「あ、お前ら! やっと来やがったな!!」


 一旦撤収し、酒が抜けた頃に再度訪問するか、と考えていた矢先に運悪く見つかってしまった。あのデカい図体に相応しい大声を上げるものだから、周囲の酔っ払いドワーフたちもこちらの存在に気付いてしまう。


「皆さん、こんにちは」


「昨日はお疲れさまでした」


 気付かれたからには挨拶ナシもおかしいだろう、ということで軽く会釈をする。そんな2人を飲み会の輪に入れようと、まだ意識のあるドワーフたちがワラワラと集まってきた。


「立役者たちじゃねえか」

「よしみんな祝い酒だ! 飲み直すぞ!」

「おい、転がってる連中も起きろ! 酒だ!」


 そう言って音頭を取り始めたのは他ならぬヘプティと、そのパーティメンバーたちである。これには困ってしまった。


「あ、私たちお酒は飲まなくって……」


「あと、ちょっとヘプティさんにご相談したいことがあって来ただけなんです」


 焦って声をあげるとヘプティが不思議そうな顔をした。


「うん? よくわかんねえが真面目な話っぽいか? しゃーね-な。おーい、ちょっと水くれや」


 奥にいる店員に叫んで水を注文する。


「お水飲んで酔いってなんとかなるんですか?」


「なるに決まってんだろ。そんでまた気持ちよく飲み直せばいいってわけだ。がはは」


 改めて店内を見回すと酒は飲んでも飲まれている様子の者はおらず、皆陽気に楽しくやっていたようだ。そんな中に真面目な話を持ち込んでしまってちょっと申し訳ない気持ちになる。だが、こういう流れになった以上、きちんと話を通しておいた方が良いだろう。

 ヘプティは届いたジョッキの水をゴクゴクと飲み干していく。確かに、少々赤かった顔が元に戻ったような気がしなくもない。どうなっているのだろうか、ドワーフの肝臓は。


「んで? どうしたんだ?」


「この度は本当にありがとうございました。そして、大変申し訳ありませんでした!」


 言い終わるとイエナは深々と頭を下げる。気持ちの上では飛び込み前転からの華麗な土下座を決めたい気分ではあるが、流石にそれをしたら引かれてしまうことは予測できる。それに、自分の運動神経で飛び込み前転を華麗にキメられる自信がなかった。


「おいおいおい! ちょっと顔を上げてくれよ! 立役者殿に頭を下げられるようなことは何もなかっただろ!?」


「ですが、私が倒れたせいでヘプティさんがボルケノタートルのドロップ品を貰えなかったと聞いています」


「そんなのまあ……気にしてないといえば嘘になるがよ。無事にアレを倒せたって事実にゃ変えられねえだろ」


「倒せた事実は確かに大事なんですけど、それじゃあ私の気が済まないんです! なので是非、私たちの分の褒賞金を受け取ってはいただけませんか?」


 これは閃緑亭までの道中でカナタと話し合って決めたことだ。冒険者ギルドに記録を残さないため、お詫びがてらへプティに報酬を受け取ってもらうこと。そして、その交渉はイエナが頑張ること。何故ならドワーフ族はなかなかに紳士的だからだ。イエナが押せば受け取ってくれる確率は上がるはず。勿論、カナタも加勢してくれるとは言っていたが、メインはイエナだ。

 その効果が出ているのか、ヘプティはオロオロしている。


「いやぁ……いや、それは受け取っちゃなんねえだろ……」


 断りのセリフではあるものの、語気がとても弱い。歴戦のパーティリーダ-とは思えない弱腰だ。表情も困り切っているように眉が下がっている。あと一押し!


「いいえ! それでは私の気が済みません。あんなことにならなければヘプティさんだってドロップ品を貰えていたはずなんです。私が護衛がいらないくらい強かったら良かったのですが……というわけで、貰って下さい、お願いします!」


 イエナは再度頭を下げる。カナタも同じように頭を下げてイエナの案に同意していることを示した。

 と、そこにチャチャを入れてくるのは、やはりガンダルフだった。


「ほー。んじゃ、ヘプティがいらないって言うんなら俺がもらってやってもいいぜ!」


「バカタレ! なんでお前なんかに……」


「そりゃあアレだろ。デカガメに最大ダメージを与えたのがこの俺だからじゃねえか?」


 与えたダメージを計る機械なんていうものは存在しないが、戦闘の様子から見ればガンダルフが最大ダメージを与えたというのは概ね合っているだろう。彼がいなければあの硬い甲羅はビクともしなかった可能性すらある。

 ガンダルフは本気で言ってるのか、それとも冗談なのかがわかりづらい。彼なら例えシラフであっても言い出しそうな気もしてしまう。


(お金に困っているみたいなことも前に言っていた気がするしなぁ……。まぁ受け取ってくれるならガンダルフでもいいんだけど……そこは筋が通らないし)


 記録に残したくないけど、お詫びしたい気持ちは本当だし……とイエナの気持ちが揺らぎ始めたところで、ヘプティが大声をあげた。


「それくらいなら俺がもらうに決まってんだろが!」


「んじゃあ、それで決定な」


 ヘプティがそう言った途端、ガンダルフはあっさりと引き下がる。それこそ、ヘプティが動揺するくらいに。


「おいそれとこれとは話がちが……」


 ヘプティがなおも食い下がろうとしたところに、イエナとカナタがすかさず畳みかけにいった。


「受け取ってくださり、ありがとうございます、へプティさん!」


「それじゃあ冒険者ギルドで手続きがスムーズに済むようにその旨をキッチリ伝えておきますね!」


「羨ましいねぇ、臨時収入。巨岩崩しの奴らはヘプティに奢ってもらった方がいいんじゃねぇかぁ?」


「くそっハメやがったなガンダルフ!」


「何のことだぁ? 喧嘩なら買うぞ?」


 このように恙なく(?)へプティに報奨金の引き渡しが決定した。


(もしかしたらガンダルフは私たちを思いやってあんなこと言ってくれた……とか? えーまさかなぁ……)


 ガンダルフの思惑はわからないけれど、助け船になったのは事実である。もしかしたら、意外と気が回せる男なのかもしれないような、そうでもないような。いつもと態度が変わらないので確信が持てない。

 そんなことを考えていると、またガンダルフの大きな声が店中に響いた。


「小難しい話は終わったな? んじゃ、祝い直しといこうや! お前ら酒持てー!!」


「え? あ、待って待って。私たち飲めないわよ?」


「あぁん? そういやそうだったか。んじゃ適当にジュースと、あと飯食ってけ。祝いもなしじゃつまらねぇだろ。おーい、オヤジ、ジュース2つと適当なつまみ頼むー」


 断る隙もなく、ガンダルフが注文を済ませてしまった。

 どうしようかとカナタを見ると、苦笑しながらも頷いている。


「お祝いなら仕方ないよな」


「まぁ、お祝いだしね」


 そうやって笑い合っていたところ、ジュースがジョッキで運ばれてきた。


「よし! てめえら祝い直すぞ! ジョッキ持ちやがれ! 乾杯するぞ!」


 ガンダルフの乾杯の音頭とともに、ジョッキを合わせる豪快な音が店のあちこちから響いてきたのだった。


【お願い】


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