17.元師匠の目
店舗の外に出ると、そこにはこの一年毎日のように顔を合わせていた人がいた。
「えっと、何か御用でしょうか。マゼランさん」
眉間の皺も、不機嫌そうに見える表情も相変わらずだ。
ずっと師匠呼びだったせいで、名前を思い出すまでちょっとだけラグがあったのはナイショである。
「……碌でもないのと切れたかと思ったんだが、また引っ掛けたのか」
元師匠マゼランはチラリとカナタに目をやった。いかにもやれやれと溜め息を吐きそうな雰囲気に違和感を覚える。つい先日までは弟子だったとはいえ、自らクビを言い渡した相手に、わざわざ出向いてきてまで何故そんなことを言い出すのか。
色々と目が覚めた今、ズークがロクデナシだったことは全く否定できず、要するに図星を指されている状態だ。だが、元弟子の私生活が今更何の関係があるのか、と言いたい。
「まぁ、普通の洟垂れなら嫌がる雑用依頼をいくつも受ける気概があるだけ前のよりはマシか」
彼の表情がフッと和らいだ、気がする。いつだってしかめっ面で、独り立ちした弟子が会いに来ても表情を崩さなかった彼が。
一瞬すぎて、見間違いだったのではとすら思える。
あと洟垂れが嫌がる依頼とはなんだろう。言っているのはカナタのことだとは思うが。そんな疑問が表情に出ていたらしい。カナタが説明してくれた。
「雑用依頼っていうのは、冒険者ギルドで不人気な依頼のことかな。冒険者って名乗るならやっぱ華々しく討伐とかしたいって気持ちはわからなくもないし。だから地味な作業系の依頼が結構残っちゃうんだよ、街道の草むしりとか」
「若いのはすぐ基礎は嫌だのごねるからな」
カナタの説明を受けてマゼランが軽く肩を竦めた。
(そういえば工房でも「自分には才能があるのだから雑用なんぞそこの不適格にやらせてさっさと教えろ」ってやつもいたなぁ。人のこと指さして不適格って、ジョブとかなんとかいう以前に社会人として不適格だよね)
なお、その特大失礼野郎はそのセリフの直後にマゼランに叩き出されていたが。
「多少は認めて貰えたようで何よりですよ。最近俺らの周囲を嗅ぎまわってる人いるなーって思ってたんですけど、さっさと姿を現していただけて助かりました。それで、何の用が? 俺じゃなくて、イエナに用事っぽいですけど」
「その通りだ」
嗅ぎまわってるって何? とか、カナタそれ挑発してる? とかツッコミどころはあった。
だがツッコミに回る前に、アッサリ頷いたマゼランに向き直られる。
「お前に彫金は極められない」
いきなり、頭ごなしにわかりきっていることを言われた。ただ、その言葉は今のイエナに何のダメージも与えない。
カナタと知り合って知識を得て、登録したてとはいえ冒険者になった。
僅かかもしれないけれど、そのための資金も稼ぐことができた。
全部『ハウジンガー』としてのイエナの成果である。口に出すことはできないが、ルームの中にはイエナの作品がいくつも並んでいる。いずれも生活の質を向上させるのに適した作品だと自負できるシロモノだ。
もう「何に向いているかわからない」と鬱鬱としていたイエナとは違うのである。
(大体、なんでわざわざ会いに来たんだろう。まさかわかりきったこと繰り返してトドメ刺したかったワケじゃないだろうし……)
イエナが気になったのはむしろ別のことだった。マゼランは注文が引きも切らないほどの彫金師である。こんなところで油を売っている暇はないはずだ。
(それにカナタは『嗅ぎまわってる』って言ってた。それって他にもあちこち出向いたってことだよね。一体何のために……?)
「だが、製作の才能がないわけじゃない。お前は昔、クッションを一体化した椅子を作ってたな」
「え? あぁ、はい。よくご存じで」
頭の中で疑問符を浮かべていたイエナは、続くマゼランの言葉を聞き逃しそうになって一瞬慌てた。
成人前のイエナは、自分のジョブに対してずっと不安を感じていた。まるでどこへ歩いていっても壁にぶつかってしまう、みたいな。そんな息苦しい不安を。そんなイエナに、両親は何かの指針になれば、と自分たちの技を教えてくれたのだ。
父親からは木工技術を、母親からは裁縫技術を学ぶうちに、ふと「この技術をかけ合わせたらどうだろう」と思いついた。
家具屋に並ぶ椅子は大抵木工職人の作った木の椅子だ。そこに裁縫職人の作ったクッションを結びつけるというのが主流である。
イエナは、最初から座面に埋め込んでみたらどうだろう、と考えて作ってみたところ、それがそこそこウケた。今は実家で両親の合作として売られている。熟練の職人二人の合作から比べると、イエナの作品は文字通り子供のお遊びみたいなものだったわけだが。
(これが大分黒字だったせいか、母さんが「最悪出戻ってきてもいいわよ!」って言ってくれたものね。父さんもウンウン頷いちゃってさぁ……親ばかなんだから。嬉しかったけどさ)
家を出るときの、見送ってくれた二人の様子を思い出す。
だが、それはそれ、これはこれである。
世間様は出戻りになかなか厳しいのだ。自分だけならいざしらず、両親までも巻き込みたくはない。
なお、これはイエナの知らないことなのだが、イエナの両親、特に父親の方は
『俺の弟子ってことにしていつまでも家にいていいのに。わざわざ別の街に行って苦労しなくても……』
とまで言っていたりする。
ちなみにその発言の直後に奥さん、つまり、イエナの母に後ろ頭を叩かれていた。イエナだけが知らない家族会議の話である。
「職人界隈じゃお前のそれで合作が流行り出したんだ。嫌でも注目する」
「えっ!?」
今の言葉を聞くまでは「よくまぁ他の街でちょっと売れた程度の家具の話なんかを知ってるもんだ」と呑気に思っていた。
(な、なんか、たまたまの思い付きが、大事になってない?)
だが、それで納得がいったこともある。
「だから私の弟子入りを認めたんですか?」
「……」
マゼランはムスッと黙り込む。
そして突然話題を変えた。それこそが、肯定している証だろう。
「お前の作品を見た。彫金技術を転用した、装飾付きの家具。あれは、俺にはできん代物だ」
「わざわざ見に行ったんですか!?」
マゼランはどういう伝手を辿ったのか、先日大家さんに納品した家具を見たらしい。その上で、自分には作れないと断言してきた。
これでもイエナは木工職人に幼い頃からみっちり教えてもらった身の上だ。対してマゼランは彫金一筋。家具そのものを作ることは恐らくできない。もし作ろうと思ったら木工職人との合作になるだろう。
「でも、装飾部分だけならししょ……マゼランさんの方がよっぽど上手にできるじゃないですか」
「当然だ……と、言いたいところだがわからん」
「へ?」
「アレをもっと華美に、豪華に、あるいは依頼人の希望通りにすることはできる。だが、それが家具として使えるかは別問題になる」
「あー……確かに」
イエナも大家さんの希望を聞いたが、いくつかは強度の問題でお断りしている。
マゼランが同じものを作ろうとすれば、木工職人との合作になるだろうが、そこに問題が生じる。
基本、熟練の職人ほど頑固なものだ。妥協点を探るのは困難を極めるだろう、というのは容易に想像できた。
「お前は、彫金師としては大成しない。だが、新たな何かを生むことができる人間だ。だから、これ以上うちの工房に置いておくわけにはいかない。そう思った」
そう言いながら師匠がインベントリから何かを取り出し、イエナに差し出してきた。
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