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158.戦いのあと

 ノヴァータの街はその日、お祭り騒ぎだった。

 ボルケノタートルが出現した場所は正直流通にはあまり影響が出ない位置だ。それでも、近くにいた脅威が倒されたとあっては皆浮かれもするだろう。

 それに何より、ここは酒好きのドワーフたちの国である。何かにつけて祝い事をし、酒を浴びるように飲んでいる彼らが、こんな絶好な機会を逃すはずもなかった。

 が、そんなお祭り騒ぎとは関係なしに、イエナとカナタはさっさと引き上げている。魔力を使い果たしたイエナへの配慮だ。

 いつも通り宿に入ってからルームを開き、モフモフたちを労わりモフモフさせてもらって癒されながら今日一日のことを説明した。戦闘に参加できなかったゲンが少々不満げに鳴いたものの、概ねいつも通りである。もっふぃーも相変わらずの素晴らしい毛並みだ。その後、ゆっくりとお風呂に入って早めに就寝。そのお陰ですっかり魔力も回復して、体調もバッチリ整った。

 そうやって少し遅くに起きてきたイエナたちに、宿の女将が声をかけてくれたのだ。


「聞いたよ~! 昨日は大活躍だったんだって? それで悪いんだけどねぇ、起きたら冒険者ギルドまで来て欲しいって伝言預かっちまってさ。申し訳ないけど朝ご飯食べたら行ってきてくれるかい?」


「はい、それはもちろん」


 昨日は戦後の報告も何もせずに宿に直行してしまった。冒険者ギルドからしてみれば話の一つ二つ聞かなければ業務に差しさわりがあるだろうことは予測できる。


「そんじゃ、朝ご飯食べてっておくれよ。そうそう、今日は街に酔っ払いが大勢繰り出してるだろうから、気を付けて行っておくれね」


 幾分心配そうな女将の言葉を受けて、食事を済ませてから街の冒険者ギルドへと向かう。


「ホントだぁ……酔っ払いがたくさん」


「今、朝……少なくとも昼前だよな?」


 カナタに確認されるが時間はそれで合っているはずだ。けれど、肩を組んで調子外れの歌を歌っている2人連れがフラフラ歩いていったり、流石に道の端に寄ってはいるものの座り込んで酒盛りをしている集団がいたり。しっかり歩いているのでシラフかと思いきや片手に酒瓶を持っていた者も。どうも行き交う人々の8割くらいは飲んでいる気がする。


「仕事、いいのかしら?」


「う、うーん。でも、ドワーフだし」


 ドワーフは体質的に人間よりも酒に強いと聞く。きっと多少の酒なら仕事に影響はでないのだろう。

 ……昨日の晩から飲んでたとすると多少じゃ済まないと思うけれど。

 そんな会話をしながら冒険者ギルドの扉をくぐる。すると先日採掘手伝いを勧めてきた受付の人と目が合った。


「人族の方……もしかしてガンダルフさんが言っていたボルケノタートル討伐の、作戦の立案の方々ですか?」


「あ……はい、そうです」


 カナタは少し躊躇いながらも答える。確かに作戦立案はカナタが担当した。そもそもあの討伐部隊で人族だったのはイエナとカナタだけだ。流石に言い抜けることは難しい。できることなら目立ちたくないのだが、その辺りは受付のこの人に言えば多少口止めは可能なのだろうか。

 イエナがそんなことを考えているとは知らず、彼女は上機嫌に言葉を返してくる。


「なるほど、昨日はお疲れ様でした。魔力切れを起こされ、体調不良だったそうですが、その後お体の様子はどうですか?」


「はいもう大丈夫です。ピンピンしてます」


「それは良かった。……あ、一応冒険者カードの確認をさせていただけますか?」


「えっと、それはなんのためでしょう?」


「あれ? ガンダルフさんから聞いて……聞いてないか。あの方ですもんねぇ。すみません」


「あ、いえ。なんかそれは予想できる……」


 目立ちたくない一心で恐る恐る尋ねると、逆に受付嬢から謝られてしまった。

 ガンダルフにきちんとした伝言ができる気がサッパリしない。戦闘時の味方であれば心強いことはわかるけれど。それにしても本当に顔が広いな、ガンダルフ。


「私も取りまとめをしてくださったヘプティさんに念押しすれば良かったです。気が利かなくて申し訳ありません。改めてご説明させていただきます」


 なんでも、ボルケノタートルには冒険者ギルドから討伐依頼を出していたのだとか。確かに、よく考えればあれだけの大型魔物であれば国か、冒険者ギルドの管轄になるだろう。

 ただ、今回の場合カザド国としては討伐にはあまり積極的ではなかったらしい。今の国のトップがどちらかといえば穏健派かつ職人肌だそうだ。なので、ドワーフの技術があれば安全な迂回路ができるだろう、とそちらに力を入れていたという。


「とは言え、大型魔物に何の対策も講じないわけにはいかないじゃないですか。でも、最初の討伐失敗あたりから諦めムードではあったんです。それが昨日! 倒されたというじゃありませんか。勿論ギルドからも職員を派遣して、討伐したことは確認済みです。稀に現れる大型魔物は討伐した皆のインベントリに直接ドロップ品が届くそうですが、それもお2人以外は確認いたしました」


「……そういえばドロップ品のこと忘れてたわ」


「俺もだ。そういや見慣れないモノがあったような……」


 2人してインベントリを探し始める。だが、イエナのインベントリには何も入っていなかった。


「私、入ってないんだけど……もしかして気絶してたせい!?」


「あ、あ~……そうだ。イエナはそのあと避難のためにあの場離れたっけ……そうなるとヘプティさんにもドロップ品なかったんじゃ?」


「はい、そう伺っております」


「えっウソ!? 何かお詫びしなきゃじゃない!!」


 ガンダルフに押し付けられたとはいえ人集めをしてくれて、その他にも偵察やら何やらを請け負ってくれた功労者が、最後の最後にイエナを助けたばっかりにまさかのドロップなし。それは申し訳なさすぎる。


「あの、俺たちはその懸賞金いらないので、ヘプティさんにその分お渡しすることは可能でしょうか?」


「あ、それいい! あとその他にも一緒だった皆さんの装備品を是非修理させて欲しいです!」


 可能であれば新規で武器を作ってもいいのだけれど、やはり手に馴染んだ職人ならではの武器というのもあるかもしれない。なので、そこは要相談である。

 が、目の前の受付嬢は少々困った顔をした。


「えーと、はい。双方の同意があればできますね。……でも、そのヘプティさんから『功労者の2人にはちょっとイロつけてやってくれ』と言われていますので……同意を得るのは難しいのではないでしょうか?」


「えぇ……」


「うーん……」


 確かにボルケノタートルを倒すための作戦立案はしたし、そのために仕掛けも作って現場にも赴いた。が、イエナたちはあまり目立ちたくないのだ。何を今更と思うかもしれないけれど、できることなら隠密カタツムリ旅を続けたい。というか、目立ってしまった過去の転生者たちの轍を踏みたくないのである。そのために、隠れるよう努めてきたのだ。

 だが、ここで懸賞金を受け取ってしまえば公の記録にも関わったことが残ってしまう。それは、あまり嬉しくない。どこかの国を害するなんて大それたことは考えてもいないけど、ミコトだってセイジュウロウだって、害そうと思っていたわけではないはずだ。どこで何がどうなるか、未来は予測できない。だからこそ、あちこちに痕跡を残したくないだけなのだが。


「一旦ヘプティさんたちを探してみない?」


「それがいいかもな。すみません、この件は少しの間保留にしてください」


 報奨金は彼らに受け取ってもらうのが一番な気がする。何より、イエナの気絶のせいでヘプティにドロップ品がいかなかったのだから、そのお詫びの気持ちも込めて。

 そんなわけで、イエナたちはまたあの酔っ払いたちがごった返す街へと取って返したのだった。

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