156.討伐完了
――ドォォォンッ
周囲の地面が揺れるほどの衝撃が走る。
だが、イエナはそれどころではなかった。
(やばい、魔力切れ……でも、倒れるわけには……)
ぐわんぐわんと揺れる視界。とても立っていられず、へたり込んでしまっている。なんとか「ダトウカメ」の紐は握っているはずなのだが、感覚がとても遠かった。
周囲のドワーフたちが声をかけてくれているような気がするが、言葉として聞き取れない。
(だめ、たおれちゃ……)
気持ちとは裏腹に、視界も真っ暗になっていく。
そんな中で、カナタの声が聞こえた気がした。
「イエナ、大丈夫だぞ!! ~~~~~~~~~!」
最後の方は、もう意識を保てなかった。
(カナタが大丈夫っていうなら、きっと大丈夫……)
本当はダメなことなのかもしれない。無責任なのかもしれない。けれど、イエナはその言葉に安心して、意識を手放したのだった。
「おめぇら、チャンスだ!! ぶちのめせー!!!」
直後、ガンダルフの号令が響き渡る。
そう、イエナは見事にチャンスを作り上げたのだ。
「嬢ちゃんは俺が撤退させる! お前らきちんと仕留めろよ!! 目が覚めた嬢ちゃんに不甲斐ない報告するワケねぇよなぁ!?」
イエナが倒れ伏す直前に支えてくれたヘプティがそう叫ぶ。そのままイエナをひょいと抱え上げるとヌテールたちが待機している場所まで下がっていった。
「聞こえたよな、おめぇら! いくぞ!」
「あぁ、あのデカガメが伸びてる今がチャンスだ!」
「頭をブッ潰しちまえばこっちのもんだ」
ボルケノタートルは今完全に伸びている状態にあった。長い地底暮らしの中で生まれて初めて墜落するという経験をしたのである。しかも、本来攻撃されるとは想定していない腹側への衝撃だ。そのせいで、亀にあるまじきことではあるが、四肢も頭も甲羅からでろりとだらしなくはみ出ているのである。
しかも、カナタたちは知らないことではあるが、凍結状態はかなり強く保持されていた。
というのも、イエナがボルケノタートルを浮かせた際に「ダトウカメ」と接触してしまったのである。そもそも、この「ダトウカメ」に使われている魔法図案は、ミコトの護身用のものだった。「不意打ちで接近戦に持ち込まれた際に、触れた者を氷漬けにする」というのが本来の用途である。つまり、図らずも本来の力100%を発揮できたというわけだ。
だったら最初からそっちの方法を使えば良かった、という話なのだが、残念なことにこの方法には「次」がない。対象に接触すると仕掛け自体も凍結してしまうのだ。いくら強力でも1回こっきりでは大事な戦いには使えない。そのためイエナは継続性のある使用法を選んだのだった。
様々な偶然が重なり、今まさに絶好のチャンスが訪れていた。
「くっそかてぇ……」
「凍結状態ってのは防御力も上がんのかぁ?」
「泣き言いってねぇでぶちのめせ!」
対象が伸びているせいか、戦闘現場とは思えないくらい和気あいあいとしている。とはいえ、皆きちんと口以上に手を動かしていた。いつボルケノタートルが動き出してもおかしくないのだ。
イエナが離脱した今、手負いのボルケノタートルを大人しくさせる術は残っていない。ここで倒し切るしかないと皆承知している。
しかし、チャンスではあるものの、素の防御力が高いボルケノタートルである。ドワーフたちの攻撃では軽い傷がつくのみだった。
「どけ、てめぇら! うおおおおお!!」
そこへガンダルフがイエナから渡された武器のひとつ、大斧に切り替えて攻撃を試みる。
ガキィンと良い音がしたかと思うと、ボルケノタートルの左頭部に大きな傷が入った。
その代わりに、斧は一撃で柄の部分からポキリと折れてしまう。
「お前武器を大事にしろとあれほど……」
「ばか、説教はあとだ。チャンスだぞ!」
「傷口を広げろ! 毒ねぇか毒!」
頭をガンダルフに任せ、無防備な四肢に攻撃を仕掛けていたカナタだったが、毒という言葉に反応した。
「ボルケノタートルは毒耐性が……いや、傷があればワンチャンいけるか?」
カナタが持つのはあくまでゲームの知識である。ボルケノタートルは凍結以外の状態異常に耐性を持っている、というのもまさにその知識からだ。
しかし、ここはゲームの世界ではない。そのことを何度も何度も、イエナと一緒に痛感してきている。
ゲームの知識は役には立つけれど、完璧ではないのだ。
その証拠に気絶という状態異常にも耐性があるはずのボルケノタートルが、予想外のことに伸びているのだから。
「やってみよう……。おーい、でかい傷口はどこだ!?」
インベントリからイチコロリの矢を取り出す。毒針がいくつも束ねられた凶悪な矢だ。今まで結構な巨体の魔物であっても、一撃で倒してきたイエナ作の心強い相棒である。
ボルケノタートルの表皮や甲羅は、毒を弾くかもしれない。けれど、傷口に直接毒を撃ち込まれればあるいは……。
「こっちだ! ……なんだそりゃ? 妙ちきりんな形ってことはイエナ作かよ」
「風変わりだと全部イエナって思うのちょっと失礼じゃないか? まぁ。イエナ作なんだけど」
ガンダルフの失礼な問いを嗜めるが、否定する材料がないのは痛いところだ。
「アイツにはもう『奇妙』は誉め言葉だろ。別に『規格外』でもいいが」
「それでも女の子に言う言葉じゃないだろ。で、傷口は……アレか」
「あぁ、やっぱアイツの武器はいいな。一撃でダメにしちまったが、切れ味は今までで一番良かったぜ」
「それ本人にも言ってやってくれよ、な!!」
気合いとともに、ガンダルフが付けた大きな傷口に向かって直接矢を刺し込む。
(……なんかこれ注射みたいだな)
そんなことを考えながら、ダメ押しとばかりに更に数本打ち込んでいくと、変化があった。真っ赤な傷口の断面が徐々にどす黒い紫、そして緑に変化していったのだ。
「効いてるんじゃねぇか?」
「みたいだ。ガンダルフ! 片っ端から傷作ってくれ。そこにコレをブッ刺す」
「任せろ!」
言うが早いかガンダルフは予備の武器を取り出し、ボルケノタートルに打ち付ける。毒が効いている様子を見て、ドワーフたちの士気も上がった。
カナタはそのドワーフたちにイチコロリの矢を配り、同じ戦法を取ってもらう。ガンダルフほどの大きな傷は作れなくとも、表皮より深い位置にイチコロリの矢を刺せれば同じ効果が得られるはずだ。
「おらぁ!! 」
ガンダルフが思い切り武器を振るう度にそれらはまるでオモチャのように壊れてしまう。が、ボルケノタートルを倒す切っ掛けとなれれば武器としても本望ではないだろうか。製作者が嬉々として直してくれるだろうし。
そんなことを数回繰り返したあと、ビクンとボルケノタートルが動いた。
「くそっ、ダメか!?」
「いや、違う見ろ」
ボルケノタートルの巨体から、淡い光が浮き上がってくる。この世界で、魔物がいまわの際に放つ光だ。
しばしその光に見とれていると、最後に一瞬だけ強く光り輝き、そして次の瞬間にボルケノタートルは姿を消していた。
「やった、討伐したぞおおおお!!!!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
この勝利の雄叫びはノヴァータの街を揺るがせたと後に語られたという。
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