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155.長引く戦闘

「っかー! クッソかてぇなこの甲羅はよぉ! 一部ヒビ入れたと思ってもその先がなげぇ!」


 持ち前の馬鹿力でボルケノタートルの甲羅を殴り続けていたガンダルフが吠える。戦闘に参加しているドワーフたちの脳裏には「マジで採掘師を呼んできた方がいいのでは?」と浮かぶくらいに、硬い岩盤に攻撃を加えているような状況だった。


「けど、ボルケノタートルが防御姿勢に入るくらい、攻撃は効いているぞ!」


 ガンダルフの愚痴に、カナタがわざと大声で返す。周囲のドワーフを鼓舞する意味もあるのだろう。

 実際、手足も頭も甲羅に引っ込めているのだから、ボルケノタートルもこの状況を危機として受け止めているはずだ。


「そうだ、坊主の言う通りだ!」

「そこの作業小屋からツルハシ持ってきたぞぉ!!!」

「ナイスゥ! 多少でも採掘経験あるヤツは誰だぁ!?」


 カナタの鼓舞と、採掘用ツルハシを発見したことにより一同がワッと盛り上がる。

 が、そこへ水を差すような音が響き渡る。


『ピョエ~~~~~~~ピョエ~~~~~』


 イエナの吹く笛の音だ。これが聞こえたときは撤退という取り決めである。


「なんでぇ、盛り上がってきたところなのによ」

「ならお前だけ残っていいんだぜ? 氷漬けになってこいや」

「ばっか。嬢ちゃんが遠慮なくできねぇだろうが。さっさと移動すんぞ」


「……まぁアイツは味方がいたら凍らせるなんぞできねぇよなぁ」


 すぐさまぶん殴ってやるという姿勢をとっていたガンダルフすら撤退の構えを見せる。周囲のことなどお構いなしのように見えて、この短い間にイエナの気性を飲み込んだようだ。


「イエナはそういうコだし、それでいいと思う。一応俺が『こおりなおし』のポーションを持ってるって知ってるはずなんだけど……まぁやらないよ」


 速やかに退避しつつ、カナタも同意する。

 どれだけポーションやこおりなおしがあろうとも、イエナは人を傷つけられるようなタイプではない。それに、万が一にもやらかしてしまったら一生気に病むだろう。そんな風にはさせたくないからこそ、皆協力してくれた。

 それに驚いたのはボルケノタートルだ。

 今まで借金取りの乱暴な取り立てのように押し寄せていた攻撃がまるでなくなり、何事か、と首を出してきた。


「あぁ、いいなこれ。ちょうどよく出てきた首なんかも凍りそうだ」


 カナタのセリフと同時に、辺りにキィンという氷の音が響く。正直これは氷ではなく魔力が周囲を振動させているのかもしれないけれど、ともかく、その音を合図にまたピキピキと辺りが凍り始めた。


「アイツの魔力もいつまで使えるかわからねぇ、野郎ども、ブッ倒すぞ!!」


 ガンダルフの鼓舞とともに、ドワーフたちはまた一斉に攻撃にかかった。

 その様子を、イエナは高台から見つめている。


(どうしよう、思っているよりもボルケノタートルが硬い……凍結状態だと固まってる分防御力が上がっちゃうとかあるのかしら……)


 カナタから事前に聞いてはいた。

 カナタの世界では、ボルケノタートルのような大規模討伐の対象の大型魔物は、数十人集まって討伐するものだ、と。

 そしてその数十人というのは、カナタの世界基準である。要するに、今集まっているメンツでは、圧倒的にレベルが足りていないのだ。だからこそ、きちんとレベルを上げてステータスを増加させているカナタと、規格外のガンダルフの力が重要だった。

 そのために、2人には今用意できる限りで最上の武器を揃えたのだ。特に、カナタはこの一戦のためだけに幸運のサイコロを手放している。

 けど、それでもまだ足りない。少なくともイエナの目にはそう見えた。


(長期戦になるとは覚悟してたけど……)


「……もう少し、近づきたいんですけど、いいですか?」


 イエナは護衛に残ってくれたヘプティに尋ねてみる。


「構わんが、いいのか? 高台から降りて」


「縮小版で実験したとき、凍らせる目標と術者である私の距離が近い方がより凍結の効きが良かったんです」


「なるほど。降りて少しでも近づこうってことか。なら構わんが、転ばないようにな」


「はいっ!」


 布が下がりすぎてボルケノタートルに接触しないように気を付けながら、イエナは高台から降りていく。幸いなことに、一度浮かび上がった「ダトウカメ」は安定して高い位置にいてくれた。

 紐を手繰り寄せるようにしながら、ボルケノタートルに近づいていく。

 戦いの喧騒が、近くなった。

 そんなときだった。


「おい、何しに来てやがる!」


 ガンダルフの声が響いた。そんな近くまで来ていたのか、と思った瞬間。すぐ横でヘプティの焦ったような声が聞こえてきた。


「しまった! マグマ魚か!」


(マグマ魚ってなんだっけ……あぁそうだ。食堂のメニューに載ってたんだっけ? 名前の通りマグマに住んでいる魚で、火傷しそうだなって思ったような……)


 ボルケノタートルから少し離れた場所のマグマは、残念ながら「ダトウカメ」の範囲外だった。だが、ボルケノタートルが凍結状態になるほどに周囲の空気が冷えている影響で、マグマの温度も一時的に下がってしまったらしい。

 驚いた魚が、ビチビチと跳ねたのだ。

 普段であれば何の気にも留めないような光景だろう。水辺から魚が跳ねた。ただそれだけのことである。

 しかし、ここは地底で、相手はマグマ魚。そしてそれが上げる飛沫は、水ではなくマグマ。


「危ない!」


 ヘプティが咄嗟に盾を構えて飛沫となったマグマを防ぐ。だが、突然の温度変化についていけなかったマグマ魚たちはまだいたらしい。

 周囲の小さな溶岩溜まりから、なおも跳ね出る姿がいくつか見えた。

 そして跳ねる飛沫も目に映る。

 そこでようやく、イエナの思考が追い付いた。


(え、やだ。みんな火傷しちゃう……折角ボルケノタートルが倒せそうなのに!!)


 跳ねるマグマ魚に周囲のドワーフたちも対応しようとした。

 目視できるマグマ魚の数は数匹。しかしマグマ溜まりに何匹いるかなど、確認のしようがない。

 マグマの飛沫は避けられまい、とその場で皆が腹を括った。だが、頑丈な自分たちはともかく、イエナだけは無事に逃がさなければ――ドワーフたちが皆同じ思いで動き出した瞬間。


「う、浮いててーーー!!!!!」


 響き渡ったのはイエナの声だった。

 その声に呼応するかのように、跳ねたマグマ魚が空中で静止したままスーーーッと浮き上がっていく。まるで見えない網にでも掬い上げられたかのように。

 そしてイエナの声に応えたのはマグマ魚だけではなかった。


「……あの、浮いてないか? 亀」


 そう呟いたのはヘプティだっただろうか。確かに、何故かボルケノタートルも浮いているのである。


「重力魔法……浮力ってことか?」


 カナタが1人冷静に分析している中、ガンダルフが叫んだ。


「おい、イエナ!! もっと上げて落とせ!! 他の連中は一旦退避だ!!」


 一瞬何を言われたのか理解できなかったイエナだが、あっと声をあげて言われた通りにする。ドワーフたちも何をするか気付いたようで、ガンダルフの指示に従って退避し始めた。


「もっともっと浮いてーーーーー!」


 イエナの掛け声とともにボルケノタートルが更に浮き始める。そして、全員がある程度距離を置いたことを確認してから、イエナは大きな声で叫んだ。


「落ちろぉ!!!」


 一瞬の間の後に、ボルケノタートルは大きな地響きとともに異常な勢いで落下したのだった。


【お願い】


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