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154.戦闘開始

『ピョエ~~~~ピョエ~~~~~』


 地下空間に、なんともうるさい、それでいて間抜けな音が響き渡る。


「気が抜けるよなぁ。ロックバードの鳴き声」


「いや、アレはイエナの笛の音だから」


 響き渡る音を聞きながら、ガンダルフとカナタは呑気な会話を繰り広げる。戦闘直前にそれはどうなのだろう、と突っ込む者はいなかった。そもそも、大きな戦闘の前だからといってガチガチになるような者はここにはいない。齢80は越えるドワーフ族のベテラン戦闘ジョブばかりなのだから。


「そんなことより、号令でもかけてくれよ」


「俺がぁ?」


「この会のトップはアンタだしな」


「ま、まぁそうか。んじゃ――」


 何しろこの集まりは『ガンダルフが何かやらかさないか見守る会』だそうで。看板に名前が挙がっている以上、トップと言えなくもないだろう。

 そして会の名前さえ出さなければガンダルフもまんざらではないらしい。特にトップという言葉にはくすぐられる何かがあるようだ。一度咳ばらいをして、皆に向き直る。


「おい、何やってんだ、ガンダルフ! 行くぞ!」

「マジでロックバードの鳴き声に似てるよなぁ」

「喋ってねぇであのカメ野郎ぶちのめすぞ!」


 ガンダルフが心の準備を整えている間に、ドワーフ族の戦闘員たちはさっさとボルケノタートルに突撃していた。

 大変しまらない。


「……お前らぁ!」


「まぁ出遅れても良いことは1つもないな。行くぞ、ガンダルフ」


 一応ガンダルフを立ててやろうとしたカナタだったが、その気遣いは無残に散ったのだった。


「くっそ、かてぇぞ!」

「おい、ツルハシもってこい! 武器がイカれちまう!」

「ちっくしょー。これなら採掘師の奴ら呼んだ方がよかったんじゃねぇか!?」


 動きの鈍くなったボルケノタートルに次から次へと攻撃するドワーフたち。しかしながら、歴戦の彼らであっても、ボルケノタートルの甲羅にとても苦戦していた。

 ボルケノタートルが蓄えていた溶岩が急激に冷やされて固まり、甲羅と一体化してしまったのかもしれない。ともかく、とても硬い。

 そんな中でも活躍するのがガンダルフだ。


「おらぁ!!」


 気合いとともに、甲羅に一撃を繰り出す。武器はイエナお手製の拳闘具である。原型はバーニンナックルという、ガンダルフのレベルに合わせて製作手帳からピックアップしたものだ。だが、彼の意見を取り入れて重くするなどの改良をしまくった結果、全く異なる武器に進化してる。

 なお、イエナの名づけは断固として断ったため名前はない。しいて言うなら素材に一番多く使われているのがアースフォージという鉱石であるため「アースフォージ・ナックル」だろうか。

 ガンダルフはそれを用いてガンガン力任せの攻撃を加えていく。すると、ピキリと甲羅に亀裂が入った。


「おお!」

「流石の馬鹿力!」

「なんだよ、おめぇ! 武器壊さなくても攻撃できるんじゃねぇか」


「いや、これはイエナとかいうのの武器がよ……うるせぇうるせぇ! 俺は他のとこもヒビ入れてくっからお前らはここから甲羅引っぺがして中身ぶん殴れ!」


 ひとまず説明する気はあったらしい。だがいきさつを話すのが面倒くさくなったのか、はたまた女に作ってもらったと言うのが気恥ずかしくなったのか、途中で怒鳴り出すガンダルフ。

 一方、カナタは露出している足や、甲羅の隙間から確実にダメージを入れていた。


「くらえっ!」


 バカラは短剣なため、この巨体相手では分が悪い。だが、着実に露出している本体部分を攻撃しているためダメージは蓄積しているように見える。


「やるじゃねぇか坊主!」

「俺らも負けてらんねぇな」

「足の一本でも切り落としちまえばだいぶ有利だ、行くぞぉ!」


 勿論ボルケノタートルだって黙ってやられているわけではない。

 ただ、普段反撃に用いている溶岩の甲羅は凍結し使えていない。自慢のトゲも溶岩と一緒に固まってしまい、飛ばせないでいるようだった。

 そもそも変温動物である亀には凍結状態自体が相当なダメージなのだろう。こちらの攻撃からなんとか逃れようともがいている様は確認できる。しかし、それこそ亀の足である。のろ、のろ、という動きで全く逃げ切れていない。

 現状、ボルケノタートルにできているのは鈍い動きながら攻撃を避けようともがくことと、足元に近づいて来た小さな敵を踏み潰そうとするぐらいだろう。尤も、歴戦のドワーフたちがそのようなへまをするはずがなかったが。


「攻撃、順調そうですか?」


「そうだな。少なくともボルケノタートルは有効な反撃ができていないように見える」


「良かったぁ」


 少し離れた高台にて。イエナはヘプティとそんな会話をしていた。

 ひとまず第一段階が成功したということで、イエナは力が抜けそうになる。本当に力を抜いてしまうとうっかり高台から転げ落ちてしまうような惨事を招くので踏ん張るけれど。


「油断は禁物だぞ。少なくとも、今一方的に攻撃できているのは凍結状態が維持できているからなんだろ?」


「そうですね。でも、ここからならきちんとボルケノタートルの様子が見えますから……あっ」


 話している最中、ボルケノタートル周囲の霜が降りていたはずの場所が溶け始めているのが確認できた。イエナはすかさず笛を口に咥えて思い切り吹く。


『ピョエ~~~~ピョエ~~~~~』


 その音を聞いて、戦闘員たちは素早くその場から離れた。凍結に巻き込まれないためだ。彼らが避難している間も凍結の範囲は狭まっていき、ちょっと焦ってしまう。

 全員がいなくなったのを見届けてから、もう一度『ダトウカメ』に魔力を流し込んだ。


『ゴアッ!?』


 もう一度凍らされると思っていなかったのか、ボルケノタートルが鈍い鳴き声をあげる。

 そこからはまた同じ作業の繰り返しだ。どうにか甲羅を叩き割るか、露出している部分へ攻撃を加えていく。

 一方、ボルケノタートルも何も考えずに攻撃を受け止めているだけではない。露出しているからこそ集中攻撃を食らっているのだ、と理解したようだ。甲羅に手足と首を引っ込めてしまった。


「あ~くそ、めんどくせぇカメだな」

「あちらも生き残るのに必死なんでしょう」

「とはいえ、ちょいと持久戦になりそうな気配だな……」


 その様子を見ていた巨岩崩しのメンバーが口々に囁き合う。


「あの……ここ、私1人でも大丈夫です。皆さんもあちらに加わってもらえませんか?」


 戦力は少しでも多い方がいい。何より、持久戦に持ち込まれた場合、イエナの魔力が持つかがわからないのだ。

 それは巨岩崩しのメンバーも感じていたようで一瞬考え込む素振りを見せた。そして、ヘプティが口を開く。


「俺が残る。お前ら、頼んだぞ!」


「しゃあねぇなぁ」

「さっさと倒して勝利の祝い酒と洒落こみましょう」

「んじゃ、リーダー。お嬢さんのこと、頼んだぜ!」


 リーダーの掛け声にメンバーたちは武器を持ってボルケノタートルへと向かっていく。


「みんな、がんばって……」


 多少手こずっているとはいえ攻撃はほぼ一方的で、今のところ負傷者も出ていない。計画通りに進んでいると言って間違いないだろう。このまま攻撃を続けていけば、いかに大型魔物でも倒れるのは時間の問題のはず。

 なのに、イエナの胸からは重苦しい不安が消えてくれなかった。

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