16.旅立ちの前に……
冒険者の初心者講習も受けた。
最低限の話し合いも終わった。まだまだ色々聞きたいこと、話し合いたいことはあるが、それはその都度でいいだろうとなっている。ここからカナタが望む強さを手に入れるまで、あるいは次元の狭間とやらに到達するまでの長い付き合いになるわけだし。
だから、もう出立してもいい、はずなのだ。
しかしながらイエナたちはまだ街に滞在していた。
「ごめん! でも、コレだけは欲しいんだ!」
パンッと両手を合わせてイエナを拝むのは、この度正式にパーティメンバーになったカナタである。
「いやまぁ、私もその点は同意だから」
今二人は出発にあたりあるものを手に入れるために奮闘している。
ルーム内の部屋の割り振りは、大まかながらも既に済んでいた。イエナとカナタ、それぞれの個室が一つずつ。共用のリビングルーム予定の部屋が一つ。狭くてもいいからゆくゆくは風呂が欲しいとカナタが贅沢を言ったので、それ用にも小部屋を作っていた。あとはもう一つ何かあったときのために空き部屋を用意していた。今はもっぱらイエナの製作道具を押し込む倉庫として活用している。
イエナの使うスペースの方が広いが、カナタ本人が「プライベートな空間で眠れれば全然文句言わない!」と言うのでこのような配分になった。
そして、そんなカナタの要望を満たすために足りないものがある。
それは、寝具だ。
「イエナのレベルであれば、材料さえあれば作れるはずなんだよぉ」
と訴えるカナタから教えてもらった「製作メニュー」というモノで恐る恐る確認する。
なぜ恐る恐るかというと、この呪文? が大変曲者だったのだ。教えてもらって何の気なしに呟いた瞬間、あまりの情報量の多さに大げさでなく眩暈で気を失ったのだ。
「本っ当にごめん! イエナはハウジンガーなんだから単純に『製作メニュー』って言ったら作れる全部の種類のリストが脳内駆け巡るんだってことすっかり頭から抜けてた!」
意識を回復した直後、自分の方が倒れそうな顔色をしたカナタに平謝りされた。
その後、製作メニューを呼び出すときは先に限定することを覚えた。例えば「寝具に関する製作メニュー」だとか。
(時間ができたらこのメニュー隅から隅まで見てやるんだから……)
そんな野望を胸に秘めているということを、カナタは知らない。まぁ知らなくてもいいのだが。
ともかく、寝具である。
このルーム。広さは申し分なく、しかもどんな素材でできているかはわからないが非常に丈夫だった。あやまって工具を落としたときも傷一つつかなかったくらいだ。一瞬強度を試してみたくなったが、カナタから「これでルームに不具合が出たら俺たちの旅は頓挫するぞ!」という必死の懇願により諦めた。イエナとてこの安心安全な場所が無くなってしまっては困る。
その安心安全なルームだが、残念ながら不便な点も存在する。
その一つが、備え付けの家具が全くないこと。
テーブルや椅子、ベッド等の生活必需品と思われる家具が一切見当たらなかった。というか、キッチンすらなかった。
「ユーザーの自由度を高めるための運営の配慮だからまぁしゃあないよな」
とカナタは言っていたが、なんのことだかさっぱりである。
だが、その代わりと言っては何だが、ハウジンガーであるイエナはこの世界で製作できるものの作り方を、先程の製作メニューから知ることができる。その中には勿論家具も含まれている。
そして、冒頭の寝具が欲しいという話題に戻るわけだ。
「俺がもうちょっと稼げば一番作りやすいマット二人分の材料は買えるから!」
寝具といっても、どういう技術からかルームの中の気温や湿度は一定に保たれている。いざとなれば掛け布団はなくても済む。ただ、それでも敷布団がないと結構きつい。
初めてカナタに出会い、そしてルームを出したときは二人とも疲労困憊だったため気にならなかった。だが、健康状態が良好な今、床に直で寝るのは大変しんどいのだ。腰のあたりが特に。マルマルマジロからの寝落ち経験者は語る。ベッドフレームは後回しにするとしても、せめてマットレス的なものだけでもないと今後の旅に大いなる影響が出るのは必至である。
しかし、残念ながら作り方を知ることができても材料がなければ製作はできない。なければ自力で採取しようと考えたが、この街周辺では見当たらない素材らしい。ただ、比較的安定して流通しているそうで、街中の店で購入することは可能だとのこと。そのためのお金をカナタは一人で貯めている最中なのだ。
「私だって自分の分くらい出せるのに」
「その気持ちは嬉しいんだけど、イエナにはイエナにしか出来ないことをやってほしいんだよ。今後の快適な旅のために。前言ってた冒険者用の靴とかはマジ期待してる」
「え~。期待値が大きいとちょっと困っちゃうんだけどなぁ」
口ではそう言ってみたものの、やはり期待されるのは嬉しいものだ。口元が緩むのを抑えられない。
ちなみに、現在は進捗報告のランチ会である。ベッドマットの材料を買うという野望のために、本日の会計はイエナ持ちだ。カナタは「あとで倍にして返すか、素材返しするから!」とツケ台帳まで作っているらしい。結構律儀な男である。
本日のお昼は食堂の中でも一番安いホットドッグとクズ野菜のスープのセットだ。クズ野菜と侮るなかれ、色んな野菜の切れ端から出る旨味はなかなかのものである。栄養も摂れてお腹も満たされ、懐にも優しい。単独行動の間に見つけたこの食堂の看板メニューだとカナタが言っていた。
「あと依頼2,3個達成で多分買えると思うから。そうしたら街を出よう」
「いよいよって感じね。楽しみなような、不安なような……」
「まぁなんとかなるだろ。それより……」
大きな一口でホットドッグを完食したカナタが、チラリと店の外に目をやった。本日はとても良い天気なため、店前のテーブルも解放している。カナタの視線を何気なく追うと、驚きの人物がそこにいた。
「えっ……!?」
「ここから移る前に、話すことがあるんじゃないか? たぶん」
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