147.セイジュウロウとガンダルフ
ガンダルフが真剣な表情になったのを見てから、カナタは話し始めた。
「セイジュウロウはアンタのライバルのままでいたかったんじゃないか?」
「はぁ? ライバルゥ? 勝ち逃げクソ野郎がどうしてそんな……」
ライバル、と言われてガンダルフは困惑した顔をする。話を聞いている限り、彼にとってセイジュウロウは越えられない壁であり、ライバルと表現するにはかなり違和感があるようだった。
「じゃあ例えばだけど、アンタがいともあっさりとセイジュウロウに勝てたらどんな気持ちになる?」
「んなことあるワケねぇだろうが!」
「例えばって言ってるだろ。いちいち怒鳴るな。想像してみろって言ってるんだ」
ガンダルフはゴツい手を顎に当てて黙り込む。カナタの言う通り素直に想像してみているようだ。
「……怪我隠してるとか、体調がおかしいとかか? 怪我隠しっつーか、呪い隠しは一回あったな」
「え、その話詳しく聞きたい! ていうか呪いって本当にあるのね」
ややあって幾分頼りなげに吐き出されたガンダルフの言葉に、イエナがいきなり食いついた。
ジョブについて調べまくった際に見かけた神父というジョブのことだろうか。かなりのレアジョブで大概が教会に仕えることになると書いてあった。稀に冒険者として各地の呪いを解いて回る人もいるらしい。
彼らはどちらと出会ったのだろう。
「ダンジョンに眠ってるお宝にたまに呪われてるのがあるんだよ。手間暇かけてダンジョンに潜ったのに呪われた品つかまされたっつってたな。ヤキでも回ったのかってからかいながら街の教会に連れてったぜ」
「教会で解呪してもらえたのね」
「そりゃ天下の大盗賊だぜ。金はあったしな。順番待ちとかうっとおしいこと言いやがるヤツは数人ぶん殴ったが」
「……よく解呪してもらえたわね」
案外話が合っている2人をカナタが冷静に引き戻す。
「えーと、話が逸れたけどいいか? アンタがもしも勝負に勝ったりしても、まぁ納得がいかないってことだよな」
「そらそうよ。お前はあいつの強さを目の当たりにしてねぇから、俺が勝つだのなんだの言い出せるんだ」
何故か自慢するように胸を張るガンダルフ。
そんな彼に、カナタはビシリと指を突き付けた。……散々やられた意趣返しだろうか?
「それが理由」
「は?」
「アンタは弱いセイジュウロウを認めない。そのことを、セイジュウロウ自身も良くわかっていたんだろう。まぁアンタ強いからな。自分より強い相手に執着する気持ちはわからないでもない。多分、ドワーフの国から出ても暫くは喧嘩で負けなしだったんじゃないか?」
「そりゃあ……俺は強いからな。セイジュウロウがバケモンなだけで」
「セイジュウロウが物凄く強かっただろうことはわかるよ。イエナから聞いたけど、伝説の盗賊とまで言われてるわけだし……だよな?」
カナタに話を振られて、人間の国でのセイジュウロウの話をガンダルフに教える。
「私くらいの世代なら、ジョブの説明をされるときに必ず引き合いに出されるくらいの人よ。あまりアタリとは言えないジョブであっても、彼のようにそのジョブの印象をひっくり返せるかもしれないって。名前は知らなかったけど、盗賊の常識を塗り替えた人って言われれば誰もが想像する人だと思う」
イエナの口からセイジュウロウのことが褒められると、彼の機嫌は上昇したようだ。饒舌に盗賊としての彼のことも語ってくれる。
「あぁ、そういや馬鹿つえぇだけじゃなく器用でダンジョン探索の斥候が上手かったなぁ……。俺がなんとなくイヤな感じがするから行きたくねぇって言った道を調べて罠解除とかもしてた」
「イヤな感じで罠を避けようとするアンタも大概だよ」
話を聞いて、カナタは小さく肩を竦めた。
もしかしたらガンダルフは危機察知のスキルを習得しているのかもしれない。戦士のスキルツリーにはなさそうな気はするが、幾度となく危機を乗り越えている彼ならあり得る――とはカナタの心の中だけの声だ。
「うるせぇよ。それより、それのどこが理由だっつーんだ」
「アンタが、弱いセイジュウロウを認められないってところだよ」
「あぁ? そらおめぇ……セイジュウロウは強いに決まってんだろうが」
「そりゃピーク時はそうだっただろうさ。彼の素早い動きと手数についてこれる奴は少ない、魔物に至っては初撃で命を刈り取られることの方が多かったと思う」
「あぁ、そうなんだよ。あいつマジで一撃で魔物を狩ることが多くってよぉ。俺の出番が少ねぇこと……」
「何度も言ってるけど、それはピークの話だ。アンタが最後にセイジュウロウに会ったのは彼が40前くらいって言ってたよな」
「あ、あぁ……なるほどね……。そりゃあそうよ」
そこでイエナは腑に落ちた。そして、ガンダルフが未だに理解できないといった表情を浮かべている理由も。
「おい、どういうことだよ」
「えぇと……人間の寿命は、だいたい長くて70前後なんです。これは非戦闘ジョブも込みの話で、戦闘ジョブの人に限るともっと短いって言われています」
「は? なんでだよ。っつか、人間の寿命そんな短いのか……俺らなんざ150はカタいってのに……」
そう言いながら、ガンダルフの表情が段々と変わっていく。彼もまた、気付いたようだ。イエナはなおも言葉を続けた。
「戦闘ジョブの人は、非戦闘ジョブに比べて若い頃に無茶をする傾向があるから、らしいです。無茶をしてそのまま帰らぬ人になる場合もありますし、無茶がたたって足腰にくる、なんてパターンもあります。大体の冒険者はピークを迎えたと悟ると引退しますが、その年齢の平均は30半ばくらいとされています」
自分のジョブを知りたくて調べた雑学が、まさかこんなところで発揮されるとは思っていなかった。
「ここまで言われればわかるよな。アンタと最後の手合わせをしたとき、既に彼は冒険者のピークを超えていたんだ。これは俺の憶測も加味してるけど、アンタの言うえげつない攻撃を使い始めた頃からもうピークを過ぎていたんだと思う。盗賊ならではの小手先の技を交えて怯ませないと、勝負にならなかったんじゃないかな」
「なんでそんな……」
「だからさっきも言っただろ。『アンタとライバルのままでいたかった』からじゃないかって」
「勝ち逃げのままいなくなれば、あなたはセイジュウロウの影を追い続ける。それはあなたの成長につながるんじゃないかしら……セイジュウロウなりの気遣いって気がするわ」
セイジュウロウがガンダルフの事情をどれだけ知っていたかはわからない。ただ、短くはない時間をともに過ごしてきた相手だ。何かしら察するところはあっただろう。
「気遣い……そうとも表現できるな。俺は男の意地って感じがしたけど。まぁどうとるかはアンタ次第だよ。俺らが言ったことを大嘘だって断じても別に構わないし」
「…………」
最初の勢いはどこへやら。ガンダルフは不気味なほどに無言のままだ。
そうして暫く考え込んでいる様子だったが、唐突に立ち上がった。
「帰る。んで、一旦頭冷やす」
「わかった」
彼らしくない静かな声音に、カナタも言葉少なく返す。本当であれば、ボルケノタートル討伐に向けて色々話し合いたいところだが、今のガンダルフはそれどころではないのだろう。
と、その足が戸口のところで止まった。
「最後に一つだけ聞かせてくれ。お前なら知ってんだろ? あいつは今……」
振り返ってきた目にはいつもの鋭さが消えていた。どこか縋るような色さえ見える気がする。
その眼差しに向かって、カナタは一度だけ首を横に振った。
「そうか…」
部屋から出ていく背中を、イエナは複雑な気持ちで見つめていた。
「相当ショックだったのね」
「あ~~……ボルケノタートル倒したあとに言った方が良かったかな。あのまま腑抜けられても困る」
「流石にそれはなくない? ない、わよね?」
「だといいな」
短く答えてきたカナタの横顔は、沈んでいるように見えた。
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