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146.意外な接点

「げっ……」


 宿の受付前のちょっとしたスペースに、少々窮屈そうな顔でガンダルフは座っていた。窮屈なのは、傍に立つ女将に首根っこ掴まれて何やら言われていたせいか、それとも座っていた椅子が一般的なドワーフ用だったせいかは定かではない。

 ただ、イエナの顔を見た瞬間に露骨にイヤそうな顔をしてきた。元々底辺を這っていた好感度が更に下降する。

 が、そんなガンダルフの頭に、女将がゴンとゲンコツを落とした。女将の拳が少々心配になる。


「人の顔見てそりゃあないでしょうに、全くおバカなんだから。ごめんなさいねぇ。態度も頭も口も悪いけど性根はそこまでひん曲がってないから仲良くしてやっておくれよ」


「え、あ、ええと……」


 女将の言葉に素直に頷くには、ちょっと抵抗があった。かといってスルーもできず、イエナがあわあわしていると。


「……わるかったよ」


「はい?」


 当のガンダルフ本人がボソリと小さく呟いた。一瞬、何か幻聴でも聞いたのかと思って聞き返してしまう。


「いっつもあんだけデッカい声だしてる癖になんだい、ちっさい声だねぇ。そんなんじゃモテないよ」


「うるせぇよ、いつまでいんだよ!!」


「ここはアタシん家兼店なんだからいるのは当たり前さね。ほら、積もる話あるんじゃないのかい? そこの部屋使っていいから、ちゃんと謝るんだよ!」


 バチーンと痛そうな音を立てながら、女将はガンドルフの背中を叩いた。激励のつもりなのだろう。


(女将さんだったり、ダンさんだったり、スーズリさんたちも含めて、出会ったドワーフの人たちはガンダルフのことなんだかんだフォローしてるんだよなぁ。……ホントの悪人だったらそうはならない、よねぇ。たぶん)


 根っからの悪人ではないのだろうとは思う。

 しかも、ちょっとしこりになっていた謝罪も受けた。だとしてもモヤモヤしてしまうのは、やはりカナタへの態度が悪すぎるからなのだろう。

 女将に促されるまま、ガンダルフを含めた3人で受付の脇にある個室に入る。宿への来客があったときに使う部屋のようだ。室内は落ち着いた雰囲気で、女将の気遣いが感じられた。


「……その、なんだ。アレだ。いきなり殴りかかって悪かった」


 さて、どう話し始めたものか、と言葉を選んでいると先にガンダルフが再度謝罪をしてきた。

 きちんと謝ることはできるらしい。それだけでも少し好感度は上向く。ほんの少しだが。


「謝罪は受け取る。許すとまではいかないけど」


「あ? お前に謝ってねぇよ。そもそもお前だったら簡単に避けられるような攻撃だっただろうが。ただ、避けれねぇ弱い女を巻き添えにして悪かったっつってんだ」


 イエナの代わりにカナタが答えると、この言いぐさである。本人なりに謝る気はあるのかもしれないけれど、余計な一言二言に三四言葉くらいくっついているではないか。


「あのっ! なんでそんなにカナタにつっかかるんですか!? 初対面ですよね? 誰かと間違えたとか言ってましたけど、文句ならその人本人に言えばいいじゃないですか!」


 頭にきて思わず強めの語気で言ってしまう。隣にいるカナタが面食らっている気配がしたけれど、ちょっと止められなかった。

 すると、さっきまでの勢いはどこへやら。ガンダルフが静かになった。


「……言えたら苦労しねえよ」


 眉間に皺を寄せ、ボソリと呟いた。

 その言葉に、イエナの勢いが萎む。文句を言いたくても言えない相手、というのを想像してしまったからだ。

 ガンダルフはなおも呟くように続ける。


「あの野郎、俺から勝ち逃げして姿をくらませやがったんだ。ただの人間の癖に馬鹿ほどつえぇんだ、あいつは」


「その人が、カナタに似てるんですか?」


「顔は別に似てねえな。だが真っ黒な髪ってのはこっちじゃ勿論、人間でも見かけねぇじゃねぇか。そのせいで後ろ姿とか、雰囲気がそっくりに見えたんだよ。それにわけわかんねえ知識だの裏技だのを勿体ぶるところなんざ、セイジュウロウのパクりかよと思うぜ」


「「セイジュウロウ!?」」


 イエナとカナタの声がキレイにハモる。

 まさか、ここでその名前を聞くことになろうとは。


「知ってんのか!? まさかガキってオチじゃねぇだろうな?」


 2人のハモりを聞いてガンダルフが目を剥いた。


「違う違う!」


「えぇと、まず私たちが知ってるセイジュウロウと同一人物か確認させてください。その人のジョブって盗賊ですか?」


「あぁそうだ。くそ雑魚卑怯野郎と言われてた盗賊の常識をひっくり返した上に、戦士のこの俺に引けを取らねぇ強さでよ……あ~~くそ、思い出しただけで腹立ってきた」


 またイライラとしてきたガンダルフをよそに、カナタは座っていたソファの背もたれに体重を預けて深く息を吐いていた。


「はぁ~~……なるほどね。少なくともセイジュウロウは黒髪だろうし、俺と似たような髪の短さの方が性に合うよな。それに変な知識を持っている、か。なるほどね」


「何一人で納得してやがる」


「ちょっと確認したいんだけど……」


「お前人の話聞けよ」


「そっちだって聞かないからお互い様だろ。そんなことよりいいから質問に答えろ。アンタとセイジュウロウはどんな関係なんだ?」


「どんな関係って……パーティを組んでたんだよ。暇さえあれば手合わせしてたな。あの野郎ひょろっとした盗賊のくせに馬鹿みたいに強ぇんだ。しかも後半目潰しやらえげつねぇ攻撃をしてきやがってよぉ」


「そりゃあ盗賊だから得意な技はそんな感じだろうな」


「腹が立つのがそれを寸止めしやがることなんだよ。舐めやがって……パーティは一時的なものだったんだが、あいつは強くて面白ぇからな。見かけるたびに再戦挑んでたんだ」


「なるほど……」


 話を聞いている限り、ちょっとしたストーカーのような気もする。それか、気を抜くと現れる災厄というか。ただ、何度も手合わせに応じているあたり、セイジュウロウも楽しんでいたのかもしれないけれど。

 それと、セイジュウロウの文句を言いつつも彼の強さを語るガンダルフは物凄く楽しそうだ。当時を思い出しているのか、少年のように見えた。

 だが、その楽しそうな表情は消え、また眉間に皺が寄る。


「けど、あいつはいつもと同じ手合わせのあとで突然『もう会うことはない』とか言ってきやがったんだ。その後、マジでいなくなりやがった。噂すら全く聞こえてこねぇ。あれだけ強くて目立つ野郎なのに、だ」


 恐らくその頃にはセイジュウロウは海底に移り住んでいたのだろう。もしかしたら、ガンダルフにだけはきちんと別れを告げにきたのかもしれない。


「ちなみにその時セイジュウロウがいくつくらいだったか覚えているか?」


「知らねえよ40は超えてねぇくらいじゃねぇか?」


「あ~~~……なるほどな」


「何がなるほどなんだよ」


 苛立った様子でガンダルフが睨んでくる。


「セイジュウロウがアンタの前から消えた理由が、なんとなくわかったって話」


「えっ、わかったの!?」


 イエナにはさっぱりわからなかったが、カナタは理解できたらしい。やはり異世界人同士通じるものがあるのだろうか。


「おい、どういうことだ? 言いやがれ!」


「カナタ、私も気になるんだけど……」


「イエナがそう言うなら仕方ないな。ただ、これはあくまでも俺の推測だっていうことは念頭に置いてから聞いてくれ」


「勿体ぶってんじゃねぇよ。そういうところもセイジュウロウそっくりだぜ……」


 ブツブツと文句を言いつつも、理由が気になるのだろう。ガンダルフもきちんと向き直ってきた。


【お願い】


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