閑話 143.5 みんなで身づくろい
時は少しさかのぼり、ワタタ街を出たあたり。
さぁ、これからドワーフの国カザドへと向かうぞ、と気合を入れていた頃。
「カナタ。そろそろ切るわよ」
シャキーンとハサミを手に、イエナは宣言した。
対象は、カナタの髪の毛である。
「あーーー……確かに伸びてきたな。じゃあお願いするか。……ついでに、暑い地域に行く前にゲンともっふぃーの毛刈りもしてやるべきかもな」
そんな2人の会話から、本日はパーティの身づくろいデーになることが決定したのだった。
まずは、カナタの髪から、ということでサラサラとした布の敷物の上にクッションを置いて、その上に座ってもらう。勿論この敷物もクッションもイエナお手製だ。切った髪がくっつきにくいように工夫して作っている。
「ちょっと気分変えたいとかある? って言ってもあんまり難しいオーダーされても困っちゃうけどね」
「いや、いつも通りで。前髪が目にかからないのが最重要」
「りょうかーい」
ショキショキと音を立てながらハサミを入れていく。本職の床屋のようにはいかないだろうけれど、イエナの器用さはカナタの知識のお陰もあってズバ抜けて高い。少なくとも大失敗な髪型にはならないはずだ。
「相変わらずキレイな黒髪よねー。直毛だし。羨ましい」
エキゾチックなカナタの黒髪はツヤツヤでサラサラだ。こんな風になりたいと憧れる女子はきっと多いことだろう。
イエナは自分のオレンジがかった金髪に対して文句はないが、やはり羨ましく感じる。当の本人は「ドライヤー忘れるとハネやすいんだよなぁ」とボヤいていたが。
「イエナって自分の髪は自分で切ってるんだろ? 難しくない? 後ろ髪とか」
「私の場合はそうでもないわよ。作業するときに括れる長さにしたいから、カナタほど頻繁じゃなくていいし。作業の邪魔になるなーって思ったら切ればいいだけだもの」
「そういうもんか」
「そういうもんよ。長さがあるからこんな感じに下向いて、梳かして、好きな長さに揃えればいいだけだもの」
散髪の途中だが、ちょっと実演してみせる。前かがみになって、髪を前に落として見せれば納得の声があがった。
「長さがあればそういうこともできるのか。でもな~……自分の髪が長いのは想像できないな……」
「カナタはサラサラだから括るにしても紐がスルンッて落ちちゃいそうよね」
イエナの調合するシャンプーが合っているのか、カナタの髪は本当にサラサラだ。このまま伸ばしてもカッコいいとは思うが、括るのには向いていなさそうである。
「じゃあやっぱり伸ばすのは却下だな。毎度迷惑かけるけど……」
「気にしなくていいわよ。結構楽しいもの」
そんな会話をしていれば、散髪はあっという間に終了する。
「あ、そうだ。身づくろいと言えば、なんだけど……イエナ、この爪切りに蓋って作れない? 蓋っていうか、カバーっていうか」
「カバー?」
イエナに髪を切ってもらっている間、手持無沙汰ということでカナタは自分の爪の手入れをしていた。料理担当だから衛生的に、と気を遣ってくれているらしい。
だが、カバーとは?
「今の状態だと爪があっちこっち飛んでくだろ? ゴミ箱抱えてやってるけど、この部分にカバーが付いてたらそこに落ちてくから飛び散るの気にしなくていいなぁって」
「あ、あぁ! なるほど! カナタ天才!」
言われてみて気付いたが、確かにカナタの言う形の方が便利そうだ。早速話しながら手を動かす。
「……いや、実は俺の世界のスタンダードそっちなんだ」
「そんな細かいところまで至れり尽くせりなのねぇ、カナタの世界って。はい、できた。こんな感じでどう?」
「相変わらず早いな。うん、バッチリ。と言ってももう俺切っちゃったから試せないけど。今度使わせてもらうな」
「はいはーい……あ、そうだ。もっふぃーとゲンちゃんも爪っていうか、蹄の手入れってした方がいいのかしら?」
普段から頑張ってくれている2匹。馬や牛には蹄の手入れが必要だと聞いたことがある。彼らにもそういったものが必要なのだろうか。
「どうだろう? 普段はかなり走ってもらってるからなぁ。あ、でも街で長期滞在するのであれば、手入れはしてあげた方がいいかもな」
普段の旅のように、長い間走っているのであれば蹄は自然と削れるだろう。しかし、街に長期間滞在していれば伸びてしまうかもしれない。
そんな会話をしながら2人は一旦地下へと向かい、それぞれのペットを迎えに行く。
「もっふぃー。暑いところ行く前にサッパリするよー」
「ゲンもな。ついでにシャンプーと蹄のケアも考えような」
「メ、メェッ……」
「めぇ~~~」
毛を刈られることがわかったのか、ゲンはやや消極的に、もっふぃーはいつも通りに2人についていく。室内でやるとモフモフの毛が飛び散って掃除が大変になるので、基本毛刈りやシャンプーは外でやる。カナタが気配察知のスキルを持っているからこそ為せる技だ。
「はあ~、モフモフとお別れ寂しい~!!」
「多分それゲンが一番思ってるんじゃないか?」
「メェ……」
言われてみれば、確かにショゲている様子のゲン。
「だよねぇ! ゲンちゃんもほんっとうに素敵なモフモフだもの。勿論もっふぃーもよ!? あーん、寂しい~~。でも暑い地方に行くんだから少しでも涼しくしてあげたいし……熱中症になんかさせたくないー!」
きちんとヒエヒエマモリを準備してはいるものの、できる準備は全て整えて万全の状態で旅に臨みたいものだ。例えそれが癒しのモフモフとの別れに繋がるとしても。
「めぇ~~~」
もっふぃーの方はあまり気にしていないようで、しきりにゲンに話しかけて励ましているような様子が窺える。もっふぃーは気遣いのできる優しい子、なのかもしれない。いや、きっとそう。
一通り毛刈りも終わり、シャンプーもしてサッパリすると、2匹はもう別の生き物のように見えた。
「メェ……メェ……」
「めぇ~~」
「あ、そうだ。サッパリしたところで、ゲンももっふぃーも、蹄の調子はどうだ? ちょっと見るぞー?」
「私も私も。もっふぃー、ちょっと足見せて~」
2人で蹄の状態も確認する。と言っても、専門家ではないのであからさまな異常でなければわからないが。
「痛いところとか、違和感があるところはないか?」
「メェッ!」
「もっふぃーも大丈夫っぽいかな」
「めぇ~~~」
「ゲンには良く戦闘のサポートもしてもらってるからなぁ。伸びすぎてるってことはないとは思うけど……なぁイエナ。ゲンたちが自分で蹄手入れできるように、地下に何か作れないかな?」
「街の長期滞在時用にってことね。オッケー。とりあえず一旦中に戻りましょうか。で、もっふぃーとゲンちゃんに合わせて大き目のやすりになりそうなの作るわ。美蹄になろうねー」
「メェッ!」
「めぇ~~~?」
美と聞いて反応するゲンと、イマイチわかっていなさそうなもっふぃー。
その後、地下室の一角には2匹の高さに合わせたセルフ蹄研ぎ場が完成したのであった。
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