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143.小さな地底の世界

「ドワーフ族にもどうにもできない災難、ですか?」


「それは一体……?」


「地中に眠っとる魔物だよ」


「魔物…さっき言ってたマルマルマジロとかロックモールとかですか?」


「そいつらくらいならよっぽど気を抜かない限りなんとかなるってもんさ。こう見えても多少の心得は皆あるからね」


「うわぁ…」


 そう言いながら見せてきたスーズリの力こぶは説得力抜群だった。特にカナタは感銘を受けたようで、素直な羨望の声をあげている。筋トレの道はなかなかに厳しいものらしい。


「私たちの手に負えないような魔物は、巣なんか作らずに単体で地中深く眠っているんだよ」


 スーズリの話によると、火山の地熱を好む魔物がこの辺りには相当数眠っているのだという。それが地中に響く採掘音で目覚める可能性があるそうなのだ。そのため彼ら採掘師とは別に警備担当者を雇うのが規則になっているらしい。今回はガンダルフがその役目として送られてきたわけだが、あろうことか当人は採掘をやらせろとゴネているということになる。熟練の採掘師である彼らでさえ魔物を起こす不安があるというのに、ガンダルフが力任せにツルハシを振るえばどうなるか。


「で、でも、あの人がいれば返り討ちにできるんじゃないですか?」


「返り討ちは可能だろうね。素行はどうあれ、あいつは強いからなぁ。だが、あいつだっていつまでもここにいるわけじゃあない。いなくなってから時間差で強い魔物が現れることだってある」


「そっちの方が大変じゃないですか!」


 思わず大きな声が出てしまった。採掘専門のドワーフたちしかいないところへ強い魔物が現れてしまったら、多分ひとたまりもないだろう。


「彼に迂回路ができるまで留まってもらうことはできませんか? 金欠みたいなことを言ってたようですし、それなりの金額を提示すればなんとかなるんじゃないですか?」


「カナタくん。私はね、ガンダルフはここに留まるべきではないと思っているんだ」


 イエナも同じことを思ったのだが、スーズリは緩く首を振った。


「それは何故ですか?」


 カナタが更に突っ込んで聞いていく。確かに気にはなってしまう。優しそうなスーズリが、故郷の国ではなく外へ向かわせようとする理由。彼のことだから、追い出そうと思っているわけではないだろうけれど。


「別にいざこざを怖れているわけじゃあない。確かにきかん気が強くて暴れん坊だが、ああ見えて根は素直な子だ。本気で話せばちゃんとわかってくれる」


「だったら余計――」


「あの子にこの街は狭すぎるんだよ」


 横でカナタの小さく息を呑む音が聞こえた。同時にイエナも理解していた。スーズリの言いたいことを。

 自分たちと同じくらいの背丈があるガンダルフ。恐らくドワーフとしては相当珍しいのだろう。言葉は悪いが、規格外と言ってもいいかもしれない。そんな彼がどのように生まれ、どのように育ったかは知る由もない。けれどヌテールが引く馬車から眺めた街の景色は、彼にとって窮屈だったのではと思えてきた。身体的にも、もしかしたら精神的にも。


(地元なのにっていうか、地元だからこそ、手足を縮こまらせて窮屈に生きるのは確かに息苦しいわよね……)


 イエナだって、外の世界の広さにはとても感動した。場所を変えれば自分の製作品を受け入れてくれる人がいることを知った。それは、ずっとあの街に留まっていたらわからなかったことで。

 彼の力も、外の世界のどこかで必要としてくれる場所がある。ストラグルブル討伐はその良い事例だ。


「おいおめぇら、俺を差し置いて話し込んでんじゃねぇよ! いいから俺の話を聞けって!」


「ガンダルフ、お前というやつは……」


 いつの間にか説教の輪から抜け出してきたらしいガンダルフが、場の雰囲気を読むことなくいきなり割り込んできた。これにはスーズリも頭を抱えたが、本人はやっぱりどこ吹く風だ。


「要するにクソガメを倒しゃ万事解決ってことだろ。めんどくせぇ迂回路を掘る必要もねぇ。俺もこんなとこでチンタラしなくて済む。万々歳じゃねぇか」


「そうは言うが、討伐部隊が一度失敗しておるからのう。少なくとも、また戦うなんて酔狂な者はおらんよ」


 やはり、ノヴァータの人々も討伐を試みたようだ。その結果が失敗であれば、多少の危険を押して、時間をかけてでも迂回路を掘ろうというのも頷ける。


「そりゃあおめぇ……対策ってやつをしときゃ倒せるんじゃねぇか?」


「お前の口から対策なんて言葉が出るなんてねぇ。して、その対策というのは、どんなものなんだい?」


「そういうのは俺の仕事じゃあねぇ」


 確かに、そういった対策を立てるだとか、作戦を練るだとかといったことはガンダルフは得手ではなさそうだ。だが、そこまでドキッパリ断言してしまうのはどうなのだろうか。潔い、と言えなくもないかもしれないが。


「じゃあ誰の仕事なんだ?」


「そんなんソイツにやらせりゃいいだろうが」


 ガンダルフがカナタを指さす。先程注意されたにも関わらず繰り返すとは、ドワーフたちの説教攻撃も大した効き目はなかったようだ。その様子にその場にいた全員が深い溜め息をついたのだった。


「いきなりそんなことを言われても困る」


 カナタは困惑の表情を隠さず、ややうんざりした声で言葉を続ける。


「確かに倒せるものなら倒したい。俺たちの目的もあの亀の向こう側にあるらしいから。だからと言って、たった2人で倒せるような相手じゃないだろう?」


「その口ぶりだと2人じゃなきゃいける感じじゃねぇか」


「それは……」


 意外と鋭いガンダルフに口籠るカナタ。

 カナタはボルケノタートルに弱点があると知っている。そこを上手く突けば不可能ではないとわかっているだけに、はっきり無理だと言えなかったのだろう。


(凍らせればいいんだよね。でも、私たちに氷魔法の使い手はいない。ドワーフは魔法使いのジョブが生まれにくいって聞いてるから、この近辺にいることは考えづらいし……今、私たちの手持ちで何かできる? 私は何か作れる?)


 考え込むイエナ。

 一瞬何か思いつきそうになったところで、スーズリの声が響いた。


「見学者を困らせてはダメだと言っただろう、ガンダルフ。すまないねぇ、お2人さん。今日はもうお帰り。ガンダルフが無茶を言わないようによーーーーーく言い聞かせておくからね」


 スーズリの笑顔にただならぬ圧を感じる。

 圧を受けたガンダルフが後ずさった瞬間、イエナとカナタの見学は終了と確定したのだった。


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