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13.カタツムリの一歩目

 カナタに自宅と冒険者ギルドの場所を教えてから丸一日。

 何かあれば連絡するが、集中しているのを邪魔したくないから極力連絡はしないとカナタは言ってくれた。この街に不案内なカナタの心配をしつつも、イエナはすぐさま製作を始めた。

 本来ならすでに完成品と言ってもいい仕上がりなのだが、市場調査に訪れた露店で見かけた石に一目惚れ。どうしても飾り石として使いたいと思ってしまったのだ。以降の苦労はご存じの通り。とはいえ無事に目当ての石を手に入れた上に、カナタと知り合って様々な事実を知ることができた。


(若いうちの苦労は勝手にしろ、だっけ? 買ってでもしろだっけ? なんかそんな感じに上手いこといった! 気がする!)


 手に入れた石を見つめてうんうんと頷く。やる気は満々だ。もちろん、今までやったことがない試みなので慎重に試作をするしかない。

 ただ、試行錯誤の繰り返しはやはり楽しいものだ。

 そうして集中して、また寝食を忘れてしまったのは仕方のないことだろう。マルマルマジロ再び。

 だが、そのお陰で満足のいく仕上がりになった。

 椅子は背もたれの後ろに細かな飾り石をはめ込んで、華やかな印象に。座面にはふんわりとしたクッションをとりつけた。

 テーブルは逆にシンプルに。もちろん天板は顔が映るほど丁寧に磨き上げたが、それだけでは物足りない。脚に一つずつ大きめの飾り石を配した。スッキリとした高級感溢れる逸品になったと自負している。

 最後のサイドテーブルは実用重視。引き出しの開け閉めにストレスがないよう配慮したのは当然として、取っ手の形にもこだわった。

 仕上がりを再度確認して、イエナは満面の笑みを浮かべた。

 それから一度仮眠と食事を挟み、今に至る。


「これは……素晴らしい出来じゃないか」


 完成を報告するなり、大家さんはいそいそと部屋にやって来た。栗色の瞳がキラキラと輝いている。


「ホントですか? 喜んでもらえて嬉しいです。もし微調整が必要であれば今月中なら頑張りますよ」


「いや、十分だ。ありがとう。支払いはぜひ色をつけさせてもらうよ」


「ありがとうございます。あ、そのまま持って行かれますか?」


「あぁ、そうさせてもらおう」


 大家さんはウキウキと家具たちをインベントリに収納する。素材や試作でごちゃごちゃしていた部屋がかなりスッキリした。


「本当に街を離れてしまうのかい? いやぁもっと早く君の腕を知りたかったよ。惜しいことをしたな」


 そんなことを言いながら大家さんは料金を支払ってくれた。


「え、こんなに!? いいんですか?」


「構わないさ。きっと君の作品は将来プレミアがつくんじゃないかな? そうなったらこんな金額はした金になってしまうかもしれないよ」


「ふふふ、それは職人の夢ですね。そうなれるように精進したいです。お世辞でもすっごく嬉しいです」


 名のある職人になるとプレミアがついたりなんてこともたまにある。同じ作品でも出来が明らかに違うのだ。所謂『会心作』と呼ばれるものである。そういう域にまで達するのは、全ての職人にとっての憧れだ。

 大家さんの気遣いに感謝しつつ、月末までのとりきめを確認した。


「これでもう心残りはないかな」


 いつでも出ていけるように私物は全てルームに放り込んだ。そのせいで今はルームの中が雑然としている。広さは十分あるので、気にならない程度ではあると思いたい。


「……二人で使うことになるんだから、まずは仕切りを作って個室を作らないとね。あ、でも部屋の位置とか広さも相談しなきゃだから、しっかり話し合わないと」


 ゴミ出しや掃除なんかの後始末に勤しんでいると、いつの間にか約束の時間になっていた。今後の話し合いをスムーズにするために、筆記用具をカバンにいれて家を出る。

 冒険者ギルドはこの街の中でもかなり大きな建物だ。石造りの重厚な雰囲気で、人の出入りも活発。戦闘職ではないイエナからすると少し尻込みしてしまう場所でもある。


(はーなんか緊張する。いやいや、これから冒険者登録もするんだしここで尻込みしててどうする私!)


 気合を入れて建物の中に入る。今は混んでいない時間帯なのか、思っていたよりも人は少なかった。ここまでくると気おくれよりも好奇心が勝ち、キョロキョロとあたりを見回してしまう。

 たくさん受付があるようだが、よく見ると冒険者向けや依頼者向けに細かく区分されているようだ。奥にあるスペースで大きなものを取引したりするらしい。


「そんなにキョロキョロしてると変なのにひっかかるぞ」


「うわっ!? ちょ、カナタ!? 驚かせないでよ」


「ははは、悪い悪い。納品は終わった?」


 全く悪びれない顔で笑うカナタにちょっと一発いれたくなる。これでも職人を目指して腕を磨いてきた自負があるし、もしかしたらいいダメージが与えられるのでは。


「ちょっと、なんか不穏なこと考えてない!?」


「考えてナイナイ。納品は無事終わったわよ。そっちはどう?」


「それなりに収穫アリだな。まぁそのあたりはおいおい。まずはイエナの冒険者登録と、そのあと二人で初心者講習を受ける感じでいいか?」


「もちろん」


 頷いたあとでこそっと「間取りの相談もしたい」と耳うちしておいた。誰が聞いているかわからないために一応小声だ。

 はたから見ると付き合いたてのカップルに見えなくもないということには、双方気付いていなかった。


 冒険者ギルドといえば定番のイベントである登録阻止や難癖付けなどもなく、無事にイエナの冒険者登録は終了。ただやはりハウジンガーという未知のジョブで冒険者を志願する理由は尋ねられた。それに対しては「職人として素材を採集した際に、余剰分を買い取ってもらうため」と答えておいた。今後作ったものを露店を利用して売ることも本当にあるかもしれない。

 今ではもうハウジンガーというジョブを口にした際、漏れなく怪訝な顔をされることにも動じなくなった。特性を知る前であればかなり憂鬱だっただろう。けれど今は大っぴらにはできないが、とても有用なジョブであるとわかっている。結構な心境の変化だと少し面白かった。

 無事冒険者として登録され、カードをもらう。その流れで初心者講習についても教えてもらった。


「え、わざわざ講習受けてくれるんですか? ありがとうございます。冒険者って今じゃかなりポピュラーな職業じゃないですか。今更講習なんてって人も少なくなくて……ここだけの話、私講習やったことがないんですよ。よかったーやらないまま別部署に異動したらどうしようって思ってたんですよー」


 と、かなり心配になる返答をもらった。一応、マニュアルに沿って二人に対応してくれるらしい。

 今すぐだと準備もできていないということで日を改めて、ということになった。


「ポピュラーだからって基礎を置き去りにしていいものなの?」


「う~ん。こっちの世界の常識ってよくわからないけど、俺もゲームのチュートリアルは飛ばす派だったからなんとも……」


「私もちゅーとりあるがわからないけどね」


 微妙な空気のまま、二人は冒険者ギルドをあとにした。

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