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119.お目付け役

「ねえねえ、なんて書いてあったの?」


 荷物をあらかたルームに運び終え、ついでに雪女の住処も軽く掃除する。掃除機も出したことだし、お礼のつもりで。掃除がお礼になるかはわからないけれど、埃だらけよりはきっと気分はよい、はずだ。

 結構時間は稼げたと思うので、カナタに尋ねてみた。


「ええと、そうだなまず一番大事なのは……銀狼、ルプスに対してかな」


 言いながらカナタは銀狼の方に歩いて行き、視線を合わせるためにしゃがんだ。

 ルプスというのが、雪女のつけた彼の名前なのだろう。


「君への感謝が書かれていた。宝石を受け取って、これからは自由に生きてほしいみたいなことがあったよ」


 銀狼はぐるると唸った。なんとなく不服そうな……いや、これはダメな子を見るような感じだろうか。やはり、細かいニュアンスはフロスティとヨクルの通訳が必須なようだ。


「それから、やっぱりここにある彼女が書き留めた書物とかは悪用しないで欲しい。できれば全部持ってってくれってさ」


「そっか。本人からの許可も得られたなら少しは安心ね」


 ペットの銀狼はヨシとしてくれたけど、もしかしたら本人の意思はまた別かもしれないと危惧していたのだ。取り越し苦労でなによりである。

 同じようなことを皆思っていたらしく、ホッと息をついて笑顔になった。

 そのあと、手記にあった内容をかいつまんで教えてもらう。この場所の主はミコトという女性であることや、やはりジョブは魔法使いであったこと。軍団長にまで昇りつめた人ということには流石に驚いた。


「それから、もし何かあれば「ミコトから聞いた」ってことにしても構わない、とまで書いてくれていた。……ちょっと申し訳ないけれど、お言葉に甘えようかなって思ってる」


「えーと……どういうこと?」


 カナタの言いたいことがピンと来ず、ヨクルが疑問符を浮かべる。


「あっ、もしかしてフロスティのこと?」


「正解!」


「……あ、フロスティの使役方法をここで見つけたってことにするのかい?」


「はい、その通りです。俺らがペチュンの街で仲良くなったヨクルさんに道案内して貰ってここまで辿り着いた。そこには魔物使いの使役方法が書かれていて、ヨクルさんが使役できるように俺たちもサポートした、と」


「私たちが、って言うよりは雪女さんのペットの銀狼が助けてくれたって言った方が信憑性あるんじゃないかしら」


「イエナさん、それいいね!」


 ある意味で最強の言い訳を手に入れた。ちょっと怪しいことがあっても「雪女の手記に書いてあった」とすればいい。


「でも手記を見せろって言われたら?」


「……ちょっと申し訳ないけど、ルプスがめちゃくちゃ吠えたってことにしたらどうかな? 嫌がっていたから持ち出すことはできなかったって」


「それ、あとからここに来て見たがる人増えないかな? ここに大勢が押しかけることはルプスも望んでないだろうし……第一危険だ」


 カナタの提案に、ヨクルが僅かに首をひねる。地元の人間が危険地帯に足を踏み入れることへの懸念もあるのだろう。


「……読んでいるうちに朽ちてしまったっていうのはどうかしら? 魔法使いならそういう細工できそう」


「あぁ、じゃあそのセンでいこう」


 三人寄ればモンジュウの知恵という言葉がある。

 モンジュウというとても賢い猿型の魔物がいるのだが、3人で相談すればモンジュウであっても罠にかけられるということから転じて、3人で話し合えば大概のことは何とかなるという意味になっている。

 その言葉が示す通り、3人で話し合い、全員が困ることなく知識を伝えられるように知恵を出す。イエナたちが変に目立たないというのは当然だが、ただ巻き込まれただけのヨクルにも不利益がなく、そしてペチュンの街全体に利益がいきわたるように。


「多分大丈夫、だとは思うんだけど……ひとつだけ懸念点があるんだよなぁ」


 色々と話し合って、恐らくこれでいけるだろうというところまではやってきたのだが、ヨクルが少し困ったように笑う。


「懸念点、ですか?」


「そう。……フロスティが、素直すぎて全部喋りそうっていう」


「そんなに素直なんですか?」


「んー……多分だけど、あの子生まれたてなんじゃないかな、と思う。無邪気で可愛いし天使なんだけど、話してると凄く幼く感じるんだ」


「あぁそうか。種族が違っても会話ができるっていうのは、さっきから俺たち見てましたもんね。今後魔物使いが増えたときに、魔物同士の何気ない会話から他の魔物使いに伝わるかもしれない、っていうのを心配しているんですね?」


「そう、まさにそれ。素直でとっても可愛いけど、何かを秘密にするっていうのは難しそう……」


 街でもよく聞く話だ。

 お母さんにはナイショだよ、と言われて与えられたお菓子を自慢気に母親に見せる子どもだとか。幼くて無邪気であれば、そういうこともあり得るかもしれない。


「うーん……でも、やっぱりスノースライムを使役する方法は画期的じゃないですか。できればこの街には広まってほしいです」


「俺もそう思うよ。そしたら万一俺がいなくなってもこの街の雪かきは安泰になるわけだし。でも、リスクがなぁ」


「ですが、広めなければヨクルさんの負担が増えてしまいませんか? それはあまり良くないかと……」


 3人寄っても知恵が出ないこともあるようだ。

 煮詰まってきた場の空気を変えたのは、それまでおとなしくしていたルプスの一吠えだった。


「アオーーーーン!」


「うわ、びっくりした」

「ひえぇ……」

「いや、こわいって……」


 突然の咆哮に3人は縮み上がる。


「ガウ! ガウガウガウ!」


「いや、わかんないって……」


 何かを伝えようとしているのはわかるが、その何かがまるでわからない。フロスティがいなければ。

 イエナとカナタの視線が、同時に部屋の隅に置いてある冷凍庫に向かう。


「まってまって。フロスティ今出したら溶けちゃうかもしれないだろ」


 そこで焦ったのは主人であるヨクルだ。ちょっと過保護の()も出てきているかもしれない。ペットが可愛いのはよくわかるけれど。


「えーっと……ちょっと扉を開けたくらいでは、冷気は簡単になくならないよう設計してあります。それに布でも被せれば十分だと思いますよ」


 そんな説明をして、インベントリから大きめの布を取り出した。実はアタタマモリと同じ模様を刺繍している。寒さが酷くなった時の対策のひとつとして作っておいたのだ。これを冷凍庫に被せれば空気の流れはそこそこ遮断できるだろう。


「まぁ、それなら……」


 ヨクルは渋々といった表情ながらも頷いてくれた。

 ちなみに、彼が口を開くたびに白い息が出てくるくらいにはこの場所は寒いのだが。先日フロスティを溶かしかけて以来かなり心配性になっているようだ。

 冷凍庫の扉を開けて、ふわりと布をかぶせる。


「フロスティ、ルプスがなんて言っているかわかるか?」


「ガウ。ガウガウガウ」


 先刻より余程穏やかに、銀狼が鳴く。それを聞き取ったフロスティはヨクルに言葉を伝えたようだ。

 だが、そのヨクルが困惑に満ちた顔をする。


「どうしたんですか?」


「いや、その……本当にか?」


 信じがたいものを見るように銀狼に問いかけるヨクル。


「がう!」


 言葉はわからないが、肯定しているように思えた。それに観念したように、ヨクルは言葉を続ける。


「そのルプスが、フロスティのお目付け役として、俺についてきてくれる……って言ってる」


「え、あ、あ~~~~! 確かに、適任かも!! でも、あなたはそれでいいの?」


 長年ミコトの傍にいたルプスならば、異世界の事情にも明るいだろう。その上、フロスティとヨクルには恩を感じている様子だ。少なくともヨクルたちの不利になるようなことはしないだろうと思える。

 しかし、同時にいいのだろうか、とも。

 だって、ミコトは彼が自由に生きることを望んでいたのに。


「アオーン」


 だが、当のルプスはイエナの心配もなんのその。悠々と吠えてみせた。

 まるで「万事任せるが良い」と言っているような貫禄。

 こうしてヨクルはなし崩しにスノースライムだけでなく、銀狼をも従えるようになったのであった。


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