118.5 閑話 雪女の手記
やぁやぁ初めまして。
この文字が読めているということは、君は転生者かな? 転生はしてないって? まぁ便宜上そういうことにしといておくれよ。いつの間にか世間でそれが定着しちゃったんだからさ。
そうじゃなければ、転生者に文字を教えてもらった奇特な人物ということになるだろう。それ以外の可能性は、今の私には思いつかないな。
まず、私の自己紹介をしておこう。
いらないって? そんな冷たいことを言うもんじゃないよ。私はミコト。ノイルバーン帝国の魔法軍団長を務めていた者だ。そう、元軍団長ってやつだね。今はしがないただの世捨て人だよ。
というのも、私はこの年になって元の世界に帰りたい、という望みを持ってしまってね。それで帝国を捨てた、というか、追われた、というか……。その辺りは割愛しておこう。さして面白い話にはならないし、君も興味はない話題だろう。
さて、君がこんな雪深い場所にまではるばるやって来た、ということは……。
お目当てはズバリ、私が編み出した魔法図案のことではないかな?
違っていたら赤面ものだが、君が読む頃には、私は既にこの世にはいないだろうし、ヨシということで。
私は一国の軍団長になるまで魔法を極めた人物ということで、それなりに有名だった自覚はある。この文字が読めている君にはもうバレているとは思うけれど、ジョブは勿論魔法使いだ。
そんな私が何より心血を注いだのは、魔法が使えない者、ようするにMPがない者であっても魔法が使えるようになる技術だ。今は魔石が広く使われているけれど、燃料がなくても魔法が使えるようになったらより素晴らしいことだと思わないかい?
そして実際に、何種類かその方法を見つけたんだよ。
ほらゲームに風の羽衣とかあっただろう? 風がいつでも吹いていて、ヒラヒラと動き、そのお陰で敵の攻撃がかわせるってやつ。実は偶然あれを手に入れてから、その研究がはかどってね。
詳しくは別紙にまとめてある。よければ有効活用してほしい。そして願わくば悪用しないでほしい。
私はこの世界が今のままであるのが望ましい、と考えている。そういえば君はどの立場なんだろうね。できることなら同じスタンスであることを願うよ。
この世界はゲームではなく現実だ。
この世界で出会う誰もがNPCなんかじゃなく、現実を生きている人間なんだ。だから、この世界の主役は彼らであるべきだろう?
……かくいう私も、このことに気付くのにかなりの年月を要した。
「この世界に召喚された私は、主人公なんだ!!」なんて思ってた時期もあったね。今思えば完璧な黒歴史。それこそ厨二病ってやつだ。今思い出してものたうち回って記憶を消してしまいたいね……。
もし、もしもだよ。君が同じようなことを思っているのであれば、その考えは即刻捨てた方がいい。繰り返すが、この世界はゲームではなく現実だ。
そして、君もこの世界に沿って生きるべきだと思う。ほら「郷に入っては郷に従え」って言うだろう?
そうじゃないと手痛いしっぺ返しを食らうよ。私みたいにね。
もしどんなしっぺ返しがあったのか知りたいのであれば……これもまた別に記しておこうかな。ただ、これは私の黒歴史との戦いになる。あまり期待しないでほしい。事実だけを抜き出してもあまりに痛すぎて……正直書ききれる気がしない。書いてる最中に燃やしてしまいそうだ。
それから、もし君が元の世界へ帰りたいと願っているのであれば私が知る限りの情報も伝えておきたいと思う。
この世界で元の世界に行けるとしたら、その場所はほぼ「次元の狭間」があるエバ山だと思って間違いない。ただ、そこに行けば絶対に帰れるとは言わないよ。だって私は辿り着いていないし、帰れてもいない。ここにこの手紙があるから当然なのだけれどね。
それでも、可能性があるならそことだけ、と言っておくよ。というのも、あそこは今帝国とは別の国が有していて、ほぼ禁足地みたいに扱われているんだ。
そういえば、君はこの世界にも様々な国があるのはちゃんと把握しているかな?
まあ都にでも近寄らなければ国を意識することもあまりないだろうが。私たちがゲームで冒険の拠点としていたのは全て街だったのも納得できる。商業の都ヴァナも都という通称なだけだしな。
しかも国を行き来するのにパスポートだって必要ない。だから普段はあまり意識してないと思うんだ。けれど、国の直轄地は別だ。国の許可が必要になる。
次元の狭間があるエバ山は私が知る限りベンス国の所属だ。あそこは割と閉鎖的な国として知られている。知っての通りエバ山はイベントでもない限りプレイヤーが立ち寄らない、オイシクナイ地域だ。これはこちらの世界も同様で、だからこそ、国が管理しているらしい。
もし次元の狭間に行きたいのであればきちんとした下調べをすることをお勧めするよ。私が知ってる方法を書き記してもいいんだけど、時代が変われば手続きの方法もまた変わるというもの。
どうにか君が帰れることを祈っているよ。
そのときは是非、私に線香の一つでも上げてほしいね。……あぁ、でも私の墓はあちらにないか。
最後になるがこれは同じ転生者としての誼で聞いてもらいたい話なんだ。
私はノイルバーン帝国の魔法軍団長を務めていた者である、と最初に述べたよね。私はその地位を利用して、あちこちに現れた転生者らしき人間たちを調べていたんだ。詳しくはそちらも別に書き記しておこう。
本題はそこじゃなくてね。
この歴代転生者は、男女比率、人数、現れる間隔。それらは全てバラバラだ。そうそう、同時代に生きた奴らもいたみたいだ。けど、結託はしなかったっぽいな。まぁ同じプレイヤーであっても、プレイスタイルが合わないとキツイだろうっていうのはわかる。
実は、私にも「コイツは転生者なんじゃないか」って思う人間が一人心当たりがあるんだ。そしてソイツは、私とプレイスタイルが合わない。
もし、君にも同期(という言葉が当てはまるかわからないが、まぁ便宜上こうしておこう)がいたとしたら、ソイツとは安易に接触をはからないことをお勧めする。致命的に合わなかった場合がヤバイからだ。君もソイツもゲームの知識を活用して、この世界の人間には信じられない力を持っているわけだからね。そんな2人がぶつかってしまったら目立たないはずがない。
目立ってしまえば最後、どちらも望まぬ形でどこぞの国に縛りつけられると思って間違いないよ。
だから、その同期がいたとして、もし馬鹿をやるようなら止めてもらいたいんだ。同郷の誼ってやつだね。
私も同行したいところだが、それは叶わないだろう。何せ、心臓の病を患ってしまったようでね。あちらの世界は良かったな。すぐに病院にいけるんだからさ。君も病気には気を付けるように。
余談だが、私は今自分の最期を美しいものにする術を準備中だ。具体的には遺灰ダイヤモンドって知ってるかな? あれになりたいと思っていてね。他の人間にデロデロの腐乱死体の私を発見して貰いたくない。
残りの魔力も結晶にしたいと考えている。というわけで、そこらでもし赤い宝石が転がっていたら、この近辺に住み着いているだろう銀狼に渡してほしい。ちょっと傷ついてるのを手当てして魔力をわけてやったらどうしてか懐いてしまってね。ついついルプスという名前までつけてしまったんだが……私は魔物使いじゃないから、どうしても細かいニュアンスがなぁ。伝わっていたら嬉しいとは思うけれどね。
多分襲ってこないとは思うから、退治しないでやってくれると嬉しい。調子に乗って鍛え過ぎてしまってね。今さら群れにも戻れないだろうから……。ルプスには悪いことをしたと思っているよ。私の残す魔力結晶を持って、好きに暮らしてくれればいいんだけどね。
ここまで読んでくれてありがとう。同郷の友人。
もしこの世界で生きていくことに不都合が生じたら「私の手記を読んだ」と言ってくれて構わないよ。君がうっかり目立ってしまっても、あのミコトの教えか、なんて思ってもらえる程度には有名……だといいんだがね。
どうか、この世界はそのままに、自由に楽しんでほしいと願う。
ミコトより。
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