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118.手記発見

 これは人間と魔物、それぞれの奮闘の記録である。

 以下、「」人間、『』ヨクルに伝えようとするフロスティ、《》魔物、でお読みください。


《我が主の住居に入ることを許可する。しかし、決して荒らさぬことを約束するがよい》


『えっとえっと……すみかを……きょかする! だって。それから、あらさぬことを……?』


「えーと……多分、入っていいみたいだ。その、雪女の住居に」


 相変わらず古めかしい銀狼の物言いを、フロスティがたどたどしく通訳する。それをヨクルがなんとか拾い上げているという感じだ。


《でもさ~荒らさぬってどこまでだろ~。僕たちの主は、情報が欲しいみたいなんだよね~》


《そうよそうよ! 荒らさないって難しいじゃないの!》


 そこへメリウールのモフモフたちが抗議の鳴き声をあげた。


《むぅ、確かにそれは我が主の意に反するか。では、我が主の知識や情報などが書き留められたものを持っていっても良いぞ。むしろそれらの類いのものは中途半端に残しておかれても困るでな。全て持っていくが良い》


『いにはんする? から、かきとめられたもの? 情報とか、すべてモッテクガヨイ! だって~』


「情報は全部持ってけ、だって。えーと、多分書物の類いなのかな」


「えっ、マジ!? 有難い!!」


《ただし! 得た物を努々悪用することなかれ。そのときは我が牙で八つ裂きにしてやろうぞ》


『ゆめゆめゆめ? あくよー、よくない。やつざきー!』


「えっ……こわ。恐らくだけど、得た情報を悪用するな、かな?」


「勿論! それは絶対約束するよ」


 以上、魔物と魔物使いとその従魔の奮闘記録である。

 メッセンジャーとなるフロスティが挟まることで、色々と難はあったが、どうにかこうにかここまでは理解できた。

 なお、これは雪女の住処に辿り着くまでの間の出来事であり、歩きながらの会話である。早々にバテたイエナは会話に加わることもできず、グッタリともっふぃーに身を預けていたりする。


(……体力、つけなきゃ)


 慣れない雪道でしかも上りではあるものの、同条件のカナタが多少息を弾ませながらもきちんと歩けているのが悔しい限りだ。

 そんなこんなでたどり着いた雪女の住処は、この地方ではあまり見かけない様式だった。


「何だろう? 土作り、かな?」


「多分」


 自信なさそうにヨクルが呟き、ヨロヨロともっふぃーの背から降りてきたイエナもそれを肯定する。

 雪に化粧されてしまっているせいで材質は少しわかりづらかったが、ペチュンの街でよく見る石造りレンガ作りとは全く異なる素材に見えた。雪を手で払い、コンコンとノックしてみると、思ったよりも硬質な音が鳴った。


「土だとは思うんだけど、なんかツルンとしてるし、音が硬いな」


「……もしかしたら、彼女のジョブは魔法使いだったのかもしれない」


「へ? なんで?」


 どうしてそう話が飛躍するのだろう。疑問に思ってカナタの方を振り向いてみる。


「ん、ずっと考えてたんだよ。雪が多くて、獣たちも強い地域に一人暮らしって絶対大変だろうって。まず、普通に暮らしてたなら寒いじゃん。それをなんとかできる方法は……って考えた結果、魔法使いかなってぼんやり思ってたんだ。魔法使いなら火を起こすのも水を出すのも自由自在だろ?」


「でもそれは魔石でも代用可能じゃない?」


「うん。でも、住居は魔石じゃどうにもならないだろ?」


「確かに。で、この住居を見てそうじゃないか、と」


 そう言われて改めて見てみる。不自然なほどに凹凸がないつるりとした土色の壁。これは確かに自然にできるとは考えづらい。しかし、土魔法であれば可能な範疇な気がする。といっても、この中に魔法使いというジョブはいないので想像するしかできないが。


「ともあれ、銀狼の許可もあるし、入らせて貰おうか」


「あ、フロスティ。君は冷凍庫の中な。万が一溶けちゃったら大変だ!」


 そんなやりとりを聞きながら中へと足を踏み入れる。

 かつて女性が住んでいた場所、ということもあってか男性陣2人は自然とイエナの後ろからついていく形になった。


「ちょっと埃っぽい……」


「何年も人の手が入ってないんだからそうだろうな」


「逆に良く残ってたと思うよ。人が住まなくなった家って、こっちだと大概雪の重みで潰れちゃうから」


 中はかなり簡素な作りだ。ベッドと、簡単な炊事ができそうなキッチン。それからしっかりとした机と、その上には紙の束がある。横には小さめの本棚があり、市場に出回っていそうな本がいくつかと、簡単にまとめられた冊子があった。


「それじゃあ有難く、このあたりの情報っぽいやつ頂いていきます」


 カナタが銀狼にそう声をかけると、許可する、とでも言うように尊大な頷きが返ってきた。

 

「それじゃあ、こっちもちょっと失礼しまーす」


 続いてイエナもルームを出した。もっふぃーたちを連れてくるときも見せていたお陰か、ヨクルの顔にそれほど驚きはない。

 代わりに、というわけではないけど銀狼がびっくりしたようだ。ガウガウと吠え立てる声が響き渡る。そこでやっと「あ、初見の銀狼にはびっくりする情報か」と思い至った。体力が削られると思考能力も鈍るのかもしれない。そんなことを考えているうちに、カナタとモフモフたちが説明しているらしい声が聞こえてきた。

 任せていいだろうと判断して、倉庫の空きスペースの確認を優先する。


(紙だし床に直置きよりはこの辺の棚に隙間あけた方がいいかしら。うーん、増設したいな。あと、結構埃っぽいし、小型掃除機持ってくか)


 イエナお手製の小型掃除機は市販されているモノよりも軽くて丈夫。何より吸い込む力が強い。うっかりぶちまけた木くず糸くずその他もバッチリ吸い取って証拠隠滅してくれる優れモノである。なお、その分ちょっぴり風の魔石の使用量は多めなことと、色々吸いすぎたときにめちゃくちゃ重くなるのが難点である。

 それを手にしたところで、ルームの外、つまり雪女の住処の方からカナタの驚いたような声が聞こえた。


「何かあったの!?」


 小型掃除機を持って、急いでそちらへと向かう。


「あ、いや。ごめん。ちょっと手記を見つけて……多分、暗号っぽい」


「暗号?」


 カナタの手元を覗き込むと、いつか見たような文字が並んでいた。


(これって……あ、もしかしてセイジュウロウのときと同じ!? そうか、転生者ってヨクルさんにバレたくないから暗号って言ったのね)


 やはり雪女と呼ばれていた女性は、転生者で確定のようだ。であればカナタに読み解いて貰うしかない。


「カナタそういうの得意でしょ? 私掃除しながら運んじゃうから読んでみてよ」


「あ、あぁ。ありがとう。そうさせてもらうよ」


「カナタくんはそういうのも得意なのか。凄いな。じゃあ俺はそっちの荷物運び手伝おうか?」


「あ、じゃあこれで埃とりお願いしまーす! カナタはこっちね」


 手に持っていた小型掃除機をヨクルに手渡す。

 とりあえず、上手く誤魔化せただろうか。カナタが集中できるよう、部屋の端に追いやってヨクルと掃除を開始する。

 なお、イエナは小型掃除機を渡してしまったため、どこかに隠れている書物がないかを探す係だ。


「え、うわ! 力強い!」


「あああ、それボタンで切り替えられるんです! ここのボタンを押すと弱めで、上に行くほど強くなってて……」


「もしや、というか、確実にこれイエナさんお手製だよね?」


「はい! もしご希望でしたら作りましょうか?」


 ここまで連れてきてくれた大恩を返すチャンスである。イエナはもう作る気満々だ。


「え、いや、ここまで強いのは……でも実は俺の掃除機壊れてるんだよなぁ……」


「もう少しパワー弱めだと風の魔石の消費量も少なくて良くなりますよ」


 イエナとヨクルが掃除機談義をしている間、カナタは真剣な表情で手記に目を通していた。


【お願い】


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