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117.5 雪の精と3モフモフ

「全くもう! この狼が話が通じる狼だったから良かったものの、一体何考えてるのよ! もっふぃーのばかー!」


 真っ白な雪の上、ゲンはダンダンと足を踏み鳴らしたくて、けれど、事前にフロスティ経由で雪崩の危険などを教わっていたためできなくてプンスコ怒っていた。賢いメリウールであるゲンは、例え不本意であっても言われたことはきちんと守るのである。


「えー? でもー、なんとかなったよ~?」


「なったなったー。わーい」


 のんびり返事をするのはもっふぃーと、先ほど大仕事を終えたフロスティだ。


「結果的には間違いではあるまい。我としてもヌシらに協力をして貰った方が都合が良かったのだしな」


「そんなのたまたま運が良かっただけじゃない! 普通なら狼なんてアタシたち食べちゃうでしょお!」


「普通の狼であればそうであろうな。しかし我は必要以上の食料を求めることはないぞ。主の遺した魔力を手にした今、我は満ち足りておる」


「結果オーライだよね~」


「おーらいおーらい」


 フロスティが楽しそうに雪の精姿でクルクル回る。他種族とおしゃべりできるということが嬉しくてたまらないらしい。


「もう、なんなのよー!」


 3対1の形勢で分が悪いゲンがキーッとなる。その様を2匹は幼子を見るような目で見ており、もう1匹は新しい遊びだと思ったのか真似をしていたりする。大変心温まる光景だ。


「そのように苛立つこともなかろう。ヌシらの主人は、我が主に用があったのだろう? であれば利害の一致というもの」


「それは、そうだけど……」


「あ、ねぇねぇ。それなんだけど、僕ら君の主さんのお家って行っていいのー?」


「むぅ……」


 もっふぃーに尋ねられて、銀狼は少し悩むような素振りを見せた。

 銀狼の首には、イエナお手製の巾着がかかっている。そこには彼の主人が眠っていた。


「我が主をいつまでも雪の中に眠らせておくのは心苦しかった。それを助け出してくれたヌシらには感謝しておる。しかし……我が主人にはちと厄介な事情があってな」


「事情って、転生者ってヤツ?」


 悩む銀狼に、ゲンがズバリと突っ込んでいく。


「む? もしや、ヌシらの主人もそうなのか? スノースライムを使役している時点で珍しいと思っておったが……なるほど。転生者の知識があれば不思議ではない」


 ウンウンと一人納得する銀狼に、ゲンが食ってかかった。


「ちっがーう! そこのスノースライムのチビちゃんの主人も、ぼーっとしてるメリウールの主人も転生者じゃなーい! この、アタシのご主人こそが転生者よ! 勘違いしないでよね!」


「なんと、そちらだったか。何にせよ、転生者がよき相棒と巡り会えているのは喜ばしいことだな」


「よろこばしーよろこばしー!」


 キャッキャとフロスティが復唱する。意味が理解できているかは怪しいところだが、楽しそうなのでヨシとしよう。なお、得意気にふんぞり返っているゲンも、主人のカナタを「転生者」と思い込んでいる時点で、フロスティとあまり変わりがないようなものなのだが。


「そんなに君のご主人はお友達いなかったの~?」


 もっふぃーがコテリと首を傾げる。ゲンの主人であるカナタは人当たりも良いし、色んな場所で好かれているように魔物目線でも思う。故に、ちょっと不思議だったのだ。主人たちが、自分たちの能力を隠そうとすることに。


「ヌシらの群れでも同じようなことは起きなかったか? 異質なほどに強いものは、どうしても群れから弾かれてしまうものだ」


 ゲンはいずれは群れのリーダーになれるはずだ、という期待の目で見られていたお転婆娘のレア種だ。しかし、その強さは並外れていたかというとそうでもない。ただ、群れの中では一番になれるだろう、というくらい。

 そうではなく、飛びぬけて、異質と呼ばれるほどに強く生まれた個体がいたと仮定すると。


「何よそれ。強いのなんていいことじゃないの!」


「ある程度であればな。しかし、飛びぬけて強いとなると、畏怖されるものだ。何より、転生者の場合は単純な強さだけではない」


「あー……そっかー。僕らのご主人、強いだけじゃなくちょっと変わってるもんねぇ」


 再び食ってかかったゲンをよそに、もっふぃーは意外なほどあっさり納得してしまった。

 少なくとももっふぃーの主人、イエナは異質だ。快適な空間をいつでも取り出せるニンゲンなんて他にいるとは思えない。

 とっても頑張ってナイショにしている理由が、ちょっとだけ理解できた気がした。

 だが、この話はフロスティには少し難しかったようだ。


「……フロスティ、わかんない。フロスティ、つよくなると、ヨクルこまる?」


 フロスティはまだ発生したての魔物らしい。知識も経験も色々と足りておらず、理解が追い付いていないようだ。


「さて、どうだろうな。ヌシの場合は、従魔術で繋がっておるだろう? だからよくよく話し合えば良いのではないか」


「じゅーまじゅつ?」


「主人とヌシは我らと違いきちんと意思を伝え合うことができる。何を望むか、しっかり話し合うのだ」


「うん、はなすー!」


「……大丈夫なのかしら? フロスティはちっちゃすぎない? アタシたちですら「ニンゲンってそうなのねー」ってこと多いのに」


 嬉しそうにクルクル回り出したフロスティに、ゲンは気遣わしげな視線を向ける。なんのかんのと言っても放っておけない性格なのだった。


「うーん、それは心配かも~。でも、僕らにできることってないからなぁ~~」


「だいじょーぶ! フロスティ、はなす!」


 自信満々な様子のフロスティに皆苦笑を浮かべつつ、話を戻す。


「して、なんの話だったか……」


「君の主人のおうちにいーれーてーって話だよぉ~」


「そうよ! 同じ転生者であれば事情とやらもおんなじでしょ!」


 2匹のモフモフに言われて、銀狼は目を閉じ暫し考える。


「我が主は、己の知識を悪用されることを危惧しておった。だが同時に、折角の発見を未来に継ぐことができないと嘆いてもいたのだ。全く、難儀なものよ」


「何よ! カナタが悪用なんてするわけないでしょ!」


「イエナもしないんじゃないかなぁ~。わかんないけど~。少なくとも、僕たちのご主人は自分たちの影響力ってやつを考えて、地味ーにやろうと頑張ってる、っぽいよ?」


 2匹の主人はブラッシングの傍らいつも色んな話をしてくれていた。

 今日起きた出来事、困ったこと、目立ちたくないという愚痴も含めて、色々。


「そうか……」


 2匹の主張を聞き、銀狼は一つ頷いてみせた。


「よかろう。我が主の知識、持ってくが良い。我が死した後、見も知らぬニンゲンに悪用されるよりは、まだ主を雪の中から助けてくれたヌシらの主人の方が望ましいというものよ」


「やったぁ~」


「そうと決まれば伝えなきゃね! フロスティ、あんたの主人に教えるのよ!」


「はーい、おしえるおしえる~!」


 キャッキャとはしゃぐフロスティと、最早お目付け役のようなゲン。

 ちょっぴりお姉さんをしているゲンを見て、もっふぃーはニコニコと微笑むのだった。


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