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117.遺された宝石

 悲しげな狼の鳴き声の前で、ヨクルは戸惑った表情で尋ねてきた。


「イエナさん、今のってどういうこと? 宝石とどういう関係があるんだ?」


 確かに、2人に何も言わず話を進めてしまった自覚はあった。それに、イエナがそう直感的に思っただけで、全てが正解であるとは限らない。

 考えを整理するために、1から説明したほうがいいはずだ。


「私は、クラフターに属するジョブを持っています。なので、素材の名前がわかるんです」


「えぇと……一部の商人とかが持っている鑑定みたいなものかな?」


 正直商人の持っている鑑定スキル自体を良く知らないのだが、ここはヨクルの言葉に乗っておく方が吉だと思う。今伝えたいのはそこではないのだし。


「似たような感じです。それで、私はこの宝石の名前を知ることができました。こちらの赤い宝石が「魔力結晶」と言います。そして、こちらの透明な宝石が「遺灰ダイヤ」という名前だとわかりました」


「いかいダイヤ?」


 聞き慣れない言葉にヨクルだけでなくカナタも首を傾げる。

 イエナが理解できたのは、文字情報がいつもの透明な枠でわかったということもある。だが、それよりなにより、イエナの今までの経験があるからだ。


「遺された灰から作られるダイヤです。以前彫金師のところに弟子入りしていたんですが、そこで聞いたことがあります。大切な人の骨からずっと身につけられるアクセサリーを作れる技術があるって」


「俺も聞いたことがあるよ。ただ結構特殊な技術だった気がするけど……」


「そうね、結構特殊。やってる人も限られてるし……。でも、実際にできる技術があって、これの名前が遺灰ダイヤになってるから間違いないはず。これが多分、銀狼の困りごとなんじゃないかな。いくら強い銀狼でも、この広い場所を掘り起こして探すのは難しそうだから」


 カナタに頷きを返して、改めて辺りを見回す。

 高く(そび)える山の登り始め。2合目くらいだろうか。

 太く強そうな幹の木しか見かけない、ややひらけている場所。目印でもなければ小さな宝石は見つけられないと思う。


「でも、どうしてこんな場所にあるんだろう?」


「それはわからない。でも、服のようなものがあるから、ここで事故か何かに遭って、魔法的なもので遺体がこの宝石になっちゃったって言うのが一番合ってる気がする。傍に魔力結晶もあったし」


 その考えを補足するように、ヨクルが語りだす。


「ここら辺、雪崩の到着地点なんだよな。街の人間も近づかないように言われてる。風向きや傾斜の関係で、山頂から落ちてきた雪が集まってくるんだ。そこに夏の間、雪の精タイプの魔物がワラワラやって来るもんだから、この辺りはガチガチの万年雪になるらしいよ」


 フロスティはヨクルが暮らしている部屋の室温だと、溶けかかって危なかったと聞いている。それは他のスノースライムや、アイスフェアリーなんかも同じなのだろう。

 少しでも快適な環境を求めるのは、人間も魔物もきっと変わらない。生き延びるために集い、そのために気温が下がって雪が残り続けた。結果、宝石は埋もれたままになったのだ。


「でも、この銀狼なら集まった雪の精を蹴散らせないか?」


「どんなに弱くっても数が集まれば凄いんだよ? ゴブリンに滅ぼされた国の話もあるくらいだもの」


「え、そうなんだ!?」


「カナタくん、知らないの? 意外だな。結構有名な逸話なのに。小さい魔物でも舐めるなって教訓だよ」


 大陸では小さい頃に一度は聞かせられる昔話なのだが、この世界で生まれ育ったわけではないカナタが知らないのも無理はない。

 ヨクルにちょっと違和感を持たれてしまったかとヒヤヒヤしたが、カナタ本人は自然に話を続けていった。


「はぁ~そんなのがあるんだ。小さな魔物でも舐めるなっていうなら、雪の精って結構強いからそらもう舐めたらダメだよな。よく考えたら銀狼って回復手段ないだろうし、連戦きついか。んじゃ雪が少なくなった頃に此処にくるのは得策じゃないな」


「だから今の時期に、たまたまスノースライムのフロスティがいる私たちに助けを求めたんだと思うの」


「つまり、フロスティのお手柄じゃないか! あとで一杯褒めねば……」


 なんだか話が脱線してきた。

 イエナは一度咳払いをしてから軌道修正をはかる。


「ともかく、これは銀狼の探し物なんだから、ちゃんと返してあげないとね。……でも、あなたこれ持ち運ぶの難しくない?」


「……グルル」


 指摘すると銀狼が明らかにしょげた。その様は可愛い気がする。というか可愛い。その素晴らしい毛並みちょっと撫でさせては貰えないだろうか。

 そんな私欲に塗れた考えが浮かぶ中、イエナの脳内に素晴らしいアイデアが降ってきた。


「そうだ、ちょっと待っててね」


 言うが早いか、イエナはインベントリから裁縫道具とあり合わせの素材を取り出す。そして、あっという間に巾着を完成させた。

 宝石を前に一度冥福を祈ってから、手に取る。そして、巾着の中に収めた。


「これならあなたも首にかけれるでしょう? かけてもいい?」


「ガウ!」


 銀狼は「よかろう」とでも言いたげに吠えた。

 これで合法的(?)に素晴らしい毛皮を味わうことができるという寸法である。実際巾着の紐の長さを調整するために触らなければならないわけだし。役得、というやつだ。……ものっすごい素敵な手触り!!

 イエナの微調整を見守っていたカナタが納得したように呟く。


「その銀狼、妙に強いなって思っていたけど、多分その宝石の主に使役されてたんだろうな。銀狼が使役されるなんて聞いたことないけど……魔力とか貰ってた、のかな?」


「なんかカナタくんって何でも知ってそうだったけど知らないことってあるんだねぇ」


「そりゃあ、ありますって!」


 実はイエナも同じように「カナタにもわからないことあるんだなぁ」と思っていたのは内緒である。もう何度目になるか忘れてしまったけど。

 そんなこんなで、銀狼に宝石を持たせてあげることができた。


「私たち、雪女って呼ばれてた女の人を探してここまで来たのね。で、多分なんだけど、あなたのご主人なんじゃないかと思うの」


 こんな雪深い場所に入り込むような変わり者、そうそういるはずがないと思うというのは銀狼には言わないでおく。

 相槌のように銀狼がクゥンと鳴いた。


「私たちはその人を訪ねてここまで来たんだけど、もしよかったら案内して貰えないかな? 多分最初に私たちを威嚇したのも、この人のお家があの先にあったからなんだと思うんだけど……」


 イエナがそう話しかけると、何やらまた魔物たちで相談が始まったようだ。銀狼を中心に、モフモフたちと雪だるまが額を突き合わせた。


「ゲンともっふぃーには俺たちがなんの目的で雪山に行く、とか話してるから、多分通じると思うんだけど……通じてるといいな」


「フロスティ、もしかしたらまだ生まれたてとかなのかもなぁ。難しい単語とかよくわからないみたいだし」


 保護者のように魔物たちの話し合いを見守る。

 やがて、納得したらしい銀狼がついてこい、と言いたげに鳴き声をあげたのだった。


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