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116.銀狼の探し物

 まさに絶対絶命のピンチ。

 桁違いのレベルを持つ銀狼を相手に、一行はじりじりと後ずさることしかできなかった。

 いつ襲われるかわからない緊張感の中、それを断ち切ったのは――。


「めぇ~~~~~?」


 なんと、もっふぃーの鳴き声だった。緊迫した空間に、もっふぃーののんびりとした可愛らしい声が響き渡る。


「も、もっふぃーダメ! 食べられちゃうよ!」


 イエナの脳内で、か弱い草食動物のもっふぃーがデカくて凶暴な狼にバリムシャと食べられる様子がR指定に配慮した状態で流される。


(それくらいなら私が盾に……)


 そう思ったのも束の間、今度はゲンが鳴き始めた。


「メェッ! メェメェー!!」


 暫しの間のあと、それらの鳴き声に対する返事のように、狼が低く吠えた。その響きは先程までの威圧感たっぷりなものではなかった。


「もしかして、会話できてる、のか?」


「……みたいだ。たぶん、フロスティも会話に参加している」


 少しの会話のあと、凍てつくようなプレッシャーを発していた銀狼が、それを消して悠々とこちらに近づいてきた。それでも、漏れ出る強者のオーラみたいなものは消えてはいないけれど。


「何が起きているの……?」


 そう呟いたイエナの袖口を、もっふぃーが引っ張り始めた。


「え、なになに?」


「なんだ? どうしたんだ?」


 ゲンも同じようにカナタを引っ張っている。引っ張られているのが銀狼がいる方向なので、本能が拒んでしまうのだが。


「銀狼が、ついてこいって。フロスティが言ってる」


「な、なるほど?」


「え、でも大丈夫なのかな? 油断したところをガブリ、とか……」


「……いや、そんなまどろっこしいことする必要がないくらい、あいつは強いよ。わざわざゲンたちが会話してくれたから、行った方がいいと思う」


「俺もそう思うな。フロスティから銀狼に対する敵意は感じられないし。何より、なんか銀狼が困ってる、のかな? たぶんそんな感じ」


 カナタとヨクルにそう言われてしまえば、イエナとしても強硬に反対するつもりはない。多少の恐怖やら驚きやら戸惑いやらはあるが。


「じゃあ。行ってみよう」


 魔物たちの間で意思疎通がとれているらしく、颯爽と消えていった銀狼の後を3匹は迷いなくついていく。


「ヨクルさんとフロスティがいてくれて良かったな。俺たちだけだとゲンたちの言いたいことがわからずマジで危なかったと思う」


「魔物使いと使役した魔物の絆、すごいわよね」


「いやぁ、すごいのはフロスティだけど。でも、ほんと助かった。俺だって1人だったらガクガク震えながら食われてただろうし」


 銀狼は付かず離れずの距離で、深い雪の上も軽やかに走っている。しかしながら、人間には無理な芸当だ。

 フロスティに食べてもらいながら、結構な上りをゆっくりと進む。


「しかし、あんなに強そうな銀狼が何を伝えたいんだろうな?」


「さっきからフロスティに聞いてるんだけど、イマイチ伝わらなくて。やっぱり難しい単語は理解できないみたいだ。ただ、付いていけばわかるのは確かだと思う。ごめんな~?」


「あ。いえいえ。大丈夫です。ガブリとされなければ、それで」


「でも、困ってるなら初手であんな殺気を向けなくても……めちゃくちゃ冷や汗かいたよ俺は」


「ハハハ、それは俺も」


「ねぇ、もっふぃー。あの銀狼は困ってるの?」


「めぇ~!」

「メェッ! メェッ!」


 もっふぃーに尋ねればゲンも一緒に返事をしてくれる。表情や鳴き声の様子を見るに肯定している感じがした。


「うーん、困ってるっぽい。なら、助けてあげた方がいいのか。でも私たちにできることって?」


「んー。なんだろう。でも、あそこに立ち塞がってる感じだったから、困りごとを解決したら通してくれそうだよな。雪女の住処はあの先のはずだから」


 ゆったりとそんな会話をしながら進んでいく。ちょっと悔しいのは、3人の中でイエナだけが上りに息を切らせていたことだ。鍛えているヨクルは勿論、カナタも平然と話している。日頃の筋トレの成果だろうか。

 イエナが筋トレの更なる精進を決意したところで、少し開けた場所へ出た。


「ここっぽい、かな?」


 遠くに(そび)え立つ山の麓。木がほとんどなく見晴らしがよい場所だ。そこに、銀狼が佇んでいる。


「フロスティ、まだ食べられる感じではあるけど……無理はしないでくれよ?」


 ヨクルが声をかけると、雪だるまがクルリと回る。かなりの量を食べている気がするが、まだ余裕とはどういう胃袋なのか。いや、そもそも胃袋があるのか。なさそう……。


「ここら辺に何かあるのか?」


 最初ほど敵意を感じなくなった銀狼にカナタが尋ねる。すると、ガウガウと何やら鳴きはじめた。が、やはりわからない。通訳係のモフモフたちとフロスティを見る。

 どうやら3匹と銀狼とで話し合いが始まったようだ。


「言葉がわからないからハラハラするね」


「銀狼の敵意は感じなくはなったけど……怒らせないかこわいよ……」


 やがて会話が終わったのか、フロスティが雪だるまの姿から氷の結晶のような姿に変身した。


「おお、そうすると美人さんだなぁ」


 ヨクルがちょっとのんきな感想をあげる。

 同時に、もっふぃーとゲンがまたクイクイと袖口を引っ張ってきた。


「離れた方がいいのかな?」


「たぶん……。とりあえず言う通りにしよう。ヨクルさんも」


 促されるままに、フロスティを置いてその場を離れる。雪原の真ん中にはキラキラと光る雪の結晶のようなフロスティが1匹だけ。

 十分に距離が取れたことを見届けると、フロスティはくるりくるりと回り始めた。

 すると、辺りの雪が徐々に取り除かれていく。ただし雪だるまの姿の時のように食べているのではない。ただただその場の雪が移動している。周囲に押しやられているような感じだ。

 そうして見守ること数分。

 周囲の雪はすり鉢状に取り除かれていた。


「フロスティ、そんなこともできるのか」


「食べるのとこっちとどっちが疲れるかっていう問題はありますけど、使い分けられたら最強ですね……すごいな、スノースライム」


「すごいきれいだった。幻想的ー! タペストリーとかにしてみたい!」


 約一名、創作意欲を掻き立てられている者もいるようだが、それは完璧に無視された。


「て、あれ? 何か落ちてない? キラキラの……」


 フロスティが雪を避けた地点に、何かが光って見える。雲の薄くなった部分から差し込む弱々しい日光が、それを反射しているようだ。

 銀狼が「アオーン」と吠えて、それに近づいていくのが見える。

 イエナたちもその後に続いた。

 そこにあったのは2種類の宝石だった。


「何だろうこれ」


「パッと見はダイヤとルビーっぽい。でも、どうしてこんなところに?」


 雪原のど真ん中。それも、雪を掘り起こさなければ見つからないような場所に。


「あれ、もしかしてこれ、布? ……服か?」


 よく見ると、落ちていた宝石の周囲にはローブのような布が落ちている。ただ、かなり劣化していてとてもわかりづらい。

 そこでふと、イエナは見てしまった。

 その、宝石たちの詳細を。そして、理解できてしまった。

 思わず、銀狼の前に膝をつく。


「あなたは、この人を、守りたかったのね?」


 クラフタージョブであるイエナは、その素材の名前や、由来などのちょっとした情報が見える。

 だから、わかってしまったのだ。


「遺灰ダイヤと、魔力の結晶。これは、あなたの大切な人なんだよね?」


 イエナのその言葉を肯定するように鳴いた銀狼の声音は、どこか悲し気に響いた。

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