115.雪山の脅威
バクンバクンと雪を食べて進むフロスティ。
雪だるまが大きな、いや、巨大な一口で雪を食べる度にどんどん雪がなくなっていく。雪がなくなったそこは人がギリギリ2人並んで通れるような道となっていた。
「すごーい」
地面が出ているわけではないけれど、少なくともブーツがとられるような事態にはならない。フロスティが作った道の両脇は、腰の高さまで雪があった。自分がハマった場所はそれ以上に降り積もっていたことに気付いて、イエナは今更ながらにゾッとする。
とりあえず目の前をピョコンピョコンと雪だるまが飛び跳ねながら歩いている様を見て心を落ち着かせた。もっふぃーほどではないが、とても可愛らしい光景だ。
「お腹壊したりしないんですかね。どんな仕組みになってるんだろう?」
カナタが疑問に思って聞いてみると、ヨクルが本スライムに聞いてくれたようだ。
「仕組みとかはよくわからないけれど、とりあえず余裕だって感じはするからまあ大丈夫なんだと思う。先に無理っぽくなったらすぐに言うんだぞって話はしてるしな」
ヨクルは本当にフロスティを可愛がっているらしい。可愛いペットに無理をさせたくないという気持ちが伝わってくる。この数日間で随分仲良くなったようだ。
イエナたちも、無理をさせてまで先に進むつもりはない。時間がかかると、その分ヨクルの休みが潰れてしまうのは本当に心苦しいけれど。
(その分何かお返しできたらいいなぁ……後で何か欲しいものないか聞いてみようかしら)
フロスティのお家となっている冷凍庫をもっとオシャレにする、だとか。氷の魔石をもっと効率的に使えるような工夫もしたいところではある。
「それじゃあ、フロスティに無理のかからない範囲でどんどん進んでいきましょう」
カナタの言葉に皆頷いて、先へと進んでいく。
一行はトナカイやモフモフたちから降りて徒歩だ。フロスティの食事速度に合わせるためである。
歩いて行くうちに少しずつ登っていくような感覚になってきた。微かに山の稜線が見えるので、そちらに向かうことになるのだろうか。
「フロスティの食べる速度と雪かきってどっちが速いんでしょう?」
ちょっと息を弾ませながらのイエナの素朴な疑問に、ヨクルが熱弁を返してきた。
「フロスティの方が速いよ。でも、フロスティの素晴らしさは速さじゃないんだ! 人間がする雪かきと比べては駄目なくらいに楽! だって俺フロスティについてってるだけだもん。ただ歩いているだけで、腰は勿論、腕や肩も全然使ってないんだからね。もう天国だよ! フロスティ、最高!」
上りになっても全く息切れナシの長口上。おまけに、辺りの雪が溶けるのではないかという程の熱量。そのくらい雪国の人は雪に悩まされているのだなぁと感じる。
「そういえば、雪かるクンのときも腰への負担を熱弁してましたもんね」
「フロスティがいれば色んな負担がなくなるんだな」
やはり雪国の皆様の腰を守るためにも、フロスティには頑張って欲しい気がする。のだが、当のヨクルが慎重な姿勢を見せた。
「ただ、楽すぎてありとあらゆるトラブルが出てきそう……。君たちに事前に止めてもらえてよかったよ」
フロスティの雪の処理速度はだいたい徒歩と一緒。つまりフロスティのお腹がいっぱいになるまで街中をお散歩をしていれば、街の雪かきは終了となる。
ただ、ペチュンの街はそこそこ広い。最北の港もあるため歩き回るにしても結構時間がかかるはずだし、フロスティの限界量も気になるところ。やはり優先順位は決めなければなるまい。
そうなると、街の利益として港を優先するか。それとも福祉の観点で高齢者の家から中心に始めるか。悩みは尽きなさそうだ。
「スノースライムを使役する方法は人に教えてもいいんだよな?」
「それは構わないです」
「冷凍庫はスノースライムを飼うためにあった方が便利だと思うので、いくつか作っておきますよ」
「あ、それはとても助かる。ありがとう! ……後はどう街に言うかなんだよな」
「そこのところは俺らはちょっとどうしようも……すみません。基本的には地元の方々で解決してもらうしかないので」
「口利きができるとしたらアデム商会の店長さんくらいかしら? でもあんまり商売に組み込むのどうなんだろう?」
「そこは雪かるクンを売ってもらってるから今さらな気もするなぁ」
そんな雑談をしながら先へ先へと進む。旅はとても順調そうに思えた。
が、突然カナタが鋭い声をあげる。
「皆、止まれ!! フロスティもストップだ!」
「え、何?」
危機察知で何かを感じ取ったのだろう。イエナは何も感じないが、カナタの言うことなら間違いないはずだ。
ヨクルもまた、何かを感じ取っていたらしい。
「なんだこの悪寒……睨まれてるような……」
フロスティやモフモフたちも周囲を警戒している。
(何が起きてるの……? ……ひぇっ!?)
警戒している皆に倣って、イエナも視線を巡らせる。そこに、鋭い鳴き声が響いた。
―――アオーーーン
鳴き声が耳に入ると同時に、ゾクリと寒気が襲ってきた。アタタマモリを身につけているはずなのに、鳥肌がとまらない。全身の毛が逆立つ、というのはこのことかというくらいに。
「冒険者でギルドで聞いたやつだ。強い魔物か何かがいる」
「今の遠吠えは、雪狼か? でも、こんなプレッシャーは……」
「ですね。それに、雪狼はこの辺りにはいないってギルドの地図にありました」
声を潜めてカナタとヨクルが会話をしている。イエナはもう恐ろしくて声を出せる気がしなかった。
チラリと視線を向ければ、2人の顔が青ざめているように見えた。
レベルが上がったヨクルも、この辺りの魔物であれば瞬殺できるカナタでさえも、だ。
「に、逃げる? ルーム出す?」
「そうしたいのは山々なんだが、背中を見せた瞬間にヤバいことになりそうで……」
「同感だ。とりあえずジリジリ後ずさりはしてもいいとは思うけど……」
ヨクルの提案を受けて、ほんの少しずつ後退する。だが、一行が膠着している間に、その気配の主がゆったりと姿を現した。
白銀の世界の中でも、埋もれることなく輝く艶やかな毛並み。こんな状況なのにも関わらず思わず見とれてしまいそうだ。そうさせてくれないのは、強い敵対心を持った真っ赤な瞳。あまりにも綺麗で、同時に、恐ろしい存在に思えた。
「あれは……雪狼、いや、銀狼か?」
事前にこの辺りの魔物を予習していたカナタが、自信なさげに呟く。
銀狼、シルバーウルフ。雪狼の上位種で、金持ち御用達のコートの素材として有名だ。イエナでも知っているし、なんなら今着ている防寒具にも使われている。
ぼんやりとそんな情報を思い出しているところに、ヨクルの鋭い声が響いた。
「いや、ただの銀狼じゃない! 普通の銀狼なら自警団の皆で倒せるくらいなんだ! なんだ、あんなの! 皆が集まっても絶対に倒せない!」
半ばパニックになって叫ぶヨクルの横で、カナタは冷静に目の前の魔物を見つめていた。
「レベルカンストの銀狼なんて絶対に自然発生しない。どういうことだ?」
ただその呟きは恐怖に飲まれている2人には届いていなかった。
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