112.はじめての使役
「おお、俺でも一人で倒せるようになった……」
イエナ特製の鞭を持ち、ヨクルは感動に打ち震えていた。
魔物使いである彼はこの辺りの魔物をソロ討伐したことはないらしい。熟練の狩人や自警団の先輩たちが一通り経験を積ませてはくれたものの、やはり魔物使いというジョブが足を引っ張ってしまったのだとか。
カナタ曰く、魔物使いは名前の通り魔物を操るジョブで、どうしても魔物を倒すのに直接的に必要な筋力などのステータスが上がりにくい。ならば何が上がるのかというと知力なのだそうだ。魔物と共存しながら戦うには知恵が必要、というのはわかる気がする。
そんな彼が初めてソロ討伐を成し遂げた感動の場面なのだが、鋭いツッコミが入った。
「いや、倒しちゃダメなんですよ!」
カナタだ。
そう、今回の目的はあくまでスノースライムを使役すること。討伐してはいけないのである。
「あぁ、そうだったそうだった。倒さずに弱らせて捕獲だったな。すまん、嬉しくて」
「私たち見守ってるだけでしたから、正真正銘一人で討伐に成功ですね」
何かあったときのためにデバフをまき散らす薬剤だとか、ポーションをたっぷり用意してきたのだが、その出番はなかった。
「そうなんだよ! しかも、祝ってくれるみたいにドロップ品まで!」
「初討伐のお祝いってことで、それ是非持っていってください」
今在庫めちゃくちゃあるんで、という言葉をイエナはすんでのところで飲み込んだ。
ドロップしたのは、イエナたちにとってはもう見慣れた氷の魔石だ。だが、これは普通の感覚でいくとレアなのである。
(パーティ組んだらカナタの強運の恩恵はヨクルさんにもいくのね!? じゃあやっぱりあんまり倒しちゃダメじゃない!!)
この調子でボコボコ倒されてしまってはあまりよろしくない。イエナたちの異常なドロップ率がバレてしまう。
「えーっと今の感じだと、イエナの鞭で3発叩くと倒せるくらいになってましたね。ということは2発殴ったあと、何か弱めの武器で叩いて微調整すればいいんじゃないかな?」
「へーカナタくんよく見てるね。じゃあ次はそんな感じでやってみようか」
「そうやって試すのは全然いいんだけどなんかイエナの鞭って言われると……変な感じしない?」
女王様みたいというか。別にいいのだけれど。
「言われてみると確かに。じゃあ、なんだろ?」
「強い方と調整用とかでいいじゃない!」
「了解了解。次行ってみようか」
ヨクルはサクサクと雪の中を歩いていく。流石地元民といった足取りで先導し「ここから逸れると危ないぞ」と注意喚起までしてくれた。
雪の精タイプの魔物は敵を感知する能力が低いらしく、物凄く近くに寄らなければ攻撃されることはまずないらしい。ドロップもレアでなければ美味しくなく、戦ってみれば思ったより強い。それで近くに寄っても襲われないとくれば地元の人も積極的に戦う理由はないらしい。
イエナたちもそれに沿って、不要な戦闘は避ける。本音はカナタの強運スキルを発動させないためだが。
「あ、あっちにいる、かな?」
「へぇ、凄いな。まだ見えない位置なのに」
「これでも鍛えてるんで」
「あぁそうだった。ものすごく強いんだもんな。若いのにすごいわ」
カナタとヨクルがそんな会話をしながら、次のスノースライムの元へ向かう。
「よし、じゃあ行ってくる」
「頑張ってくださいねー!」
片面が雪で覆われた大きな木の根元にチョコンといる雪だるま。それがスノースライムである。正直見ているだけであれば心和む光景だ。ただし、一応アレでも魔物。警戒を怠ってはいけない。
直接戦闘に参加する気はないけれど、何かあればいつでも助太刀できるようにイエナも構えておく。
「せいっ!!」
気合の掛け声とともに、ヨクルが先制攻撃。ビュンとしなった鞭がスノースライムを襲う。雪の体はボロリと崩れ、壊れかけの雪だるまが反撃に出ようとした。そこにヨクルが追加でもう一撃を加える。レベルが上がったことで素早さが上がったのか、それとも鞭を扱う器用さが上がったのか。
ともかく2回の攻撃で既にスノースライムはボロボロになっていた。弱い武器であってももう一撃加えたら倒してしまいそうだ。
「ヨクルさん、網! 網使ってください!!」
「わかった!」
ヨクルには事前に捕獲用の網を渡している。投網も考えたが、意外と上手く投げるのは難しいと聞いたことがあった。反撃してくるかもしれないので距離をとれて、それでいて上手く捕まえられる網。そこまで考えたイエナが導き出した答えはこれだった。
「どこからどう見ても立派な虫取り網です本当にありがとうございました」
カナタが小声で呟く。
カナタの言う通り、ヨクルが取り出したのイエナ特製の魔物捕獲網だ。と言ってもまだまだ試作品で捕まえられるかはわからないが。
「相手は虫じゃなく魔物だから素材にはかなり拘ったのよ? 柄の丈夫さは勿論、スノースライムを捕まえなきゃなんだから網目もかなり細かくしたし」
ヨクルのレベル上げのための乱獲中、イエナはスノースライムをしっかりと観察したのだ。カナタが一撃で倒してしまうため、観察タイムはそう長くはない。その短い時間で得た観察結果の集大成である。
「よし、捕まえた!!」
「おおー。お疲れ様です!」
細かい網目の中で、スノースライムはうごうごと蠢いている。出せ、と暴れるにはヨクルの攻撃で体がボロボロになりすぎたようだ。
「で、これからどうするんだ?」
「え、えーと、対話でしょうかね?」
うちの賢い2匹のモフモフたちは、概ね人間の言葉をわかっている。それは手ずから果物をあげたお陰なのか元からなのかは不明だ。
ここから先は、未知の領域である。
「えーと……お前、俺に負けたのは、わかるよな?」
そう問いかけられると、顔だけしかない雪だるまはへの字口になった。そんな器用なことができるのか。
「お、言葉はわかるみたいだな。えーと、で、だ。このままお前をほっとくわけにもいかないんだけど、お前さえよければなんだ……使役? されないか?」
今度は雪だるまの顔のど真ん中に?マークが浮かび上がった。
「あまり難しい言葉はわからないのかも……」
「簡単な……うーん。お前、このままだと倒される。わかる?」
イエナのアドバイスに従って、ヨクルが簡単な言葉に切り替える。
すると、雪だるまの顔に縦線が何本も引かれた。どうやら青ざめているのを表現しているようだ。
「お前、俺の命令聞く。そしたら、俺はお前を倒さない。わかる?」
少し迷うように顔の上にあった模様が動いた後、!のマークになった。
「承諾したってことでいいか?」
もう一度!マークが表示される。ただ、これだと口約束にすらなっていない。どうにか契約っぽく縛れないかとイエナがやきもきしていると、ヨクルが驚いた声をあげた。
「おわ!? え、なんだこりゃ」
「どうしたんですか?」
「いやなんか、このスノースライムと繋がった感覚があるっていうか……すまん説明しづらい。でも多分、こいつ裏切らないと思う」
「わぁ、じゃあ成功したんですね! おめでとうございます!」
「ありがとう。でもコイツボコボコっていうか、ボロボロにしちゃったんだよな……もう一回体作り直してやればいいんだろうか? ……ってどうした? 出せって?」
どうやら、ヨクルはなんとなくではあるがスノースライムと意思の疎通がはかれるようになったらしい。網から出せ、と言われたらしく素直に言うとおりにした。
視界の端で、カナタが警戒するように武器に手を書けたのが見える。だが、それはとりこし苦労だったようだ。
「おおお、器用だなお前」
スノースライムは雪の上に着地すると、周囲の雪を吸収して再び雪だるまの姿になったのだ。
「大丈夫そう、か?」
「多分。あ、ヨクルさん名前とか付けてあげたらどうですか?」
カナタにそう言われたヨクルは数分悩み、最終的に「フロスティ」と名付けられた。ちなみに、イエナ発案の「オユキ」は即座に却下されていたりする。
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