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12.ビジネスパートナーとして

「ビジネスパートナーとして上手くやってくためにも、色々ルールを作っておきたいわよね」


 これからイエナとカナタは一緒に生活していくことになる。色々と最初に決めておいた方がスムーズにいくだろう。

 が、その前に。


「と、言いたいところなんだけど、私まず依頼された品を先に納品しなきゃいけないんだよね」


「あぁ、俺と会ったときって石の採取してたのかな。採取の依頼?」


「ううん、採取依頼じゃなくて、家具に使いたくってね。旅に出るための資金繰りも兼ねて請け負ったの。で、それを製作してる間はちょっと余裕ないかも」


 イエナは集中すると少々(少々?)周りのことが見えなくなるという自覚がある。それに、作品に十分に向き合うために一人きりで集中したい。

 しかし、カナタはルームで寝泊まりしたいだろう。何せそのためにあれだけの好条件を出してきたのだから。であればどうするか。


(ルームの扉って出しっぱなしにできるのかな。なら出入り自由にしておいて……あ、でも出入りするところを他の人に見られるのはちょっとダメじゃない? てことは私の部屋に招いて……あぁ、でも作業に集中したいし、その間カナタをルームに閉じ込めているってのもそれはそれでどうなの?)


 イエナはグルグルと頭の中で方法を模索する。

 だがその思考のループをカナタはあっさり止めてみせた。


「あーじゃあ正式にパーティ組んでどうのこうのっていうのはそれが終わってからにしよう。どのくらいで納品までもっていけそう?」


「だいたいは作ってるから、あと2日もあればいけるけど……。その間カナタはどうするの?」


「俺は街で情報収集でもしてるよ。2日後に冒険者ギルドで待ち合わせでどうだ?」


「えっ!? ルーム使わなくて大丈夫なの?」


 自室の割り振りだとか公共スペースだとか、どうすればお互いに気持ちよくルームを使えるか、そればかりを考えていただけに、思わず大きな声が出てしまった。

 そんなイエナを見てカナタは苦笑する。


「俺は確かにギャンブラーで、この先イエナに衣食住の『住』部分を全面的に協力してもらう気満々だけどさ。でも、俺、ヒモじゃないからね。少なくとも街に辿り着いたら自分一人食わせてくくらいの甲斐性はあるって。多分」


 ボロリとイエナの目から大きな鱗が何枚も飛び出ていく。

 そのくらいイエナにとっては衝撃的だった。なんやかんやとズークの世話を焼いていたせいで、どうしても「私が面倒みなければ」というような思考に自然と陥っていたらしい。

 よく考えたらカナタにだいぶ失礼な話である。


「そっか。なんか無意識に私がどうにかしなきゃって思ってたみたい。ごめんなさい、失礼な話だよね」


「いやいや。気持ちはありがたかったよ。ただ、ビジネスパートナーとしてできる限り対等でいたいからさ。俺の場合、今の時点ですでに借りが毎日積み重なってくのが見えてるし」


「レア素材払いに期待してます」


 茶化すように言うと、カナタは任せろと自信ありげに笑った。


「じゃあ街ではお互い自由行動ってことで。でも、どうやって稼ぐの? 冒険者だからやっぱり魔物狩ってくるとか?」


 先ほど聞いた話だとギャンブラーというジョブは戦闘職でありながらも戦闘には特化していなさそうだ。魔物との戦闘は当然ながら命がけだ。興味半分心配半分で聞いてみる。


「周辺の魔物のことがまだわかってないから、討伐依頼はたぶんパスだな。あとレベルの上がってないギャンブラーって弱いというか、戦う相手を選ばないとすごく苦戦するから。でも戦う術はあるし、そもそも戦うだけが冒険者じゃない。ま、その辺は転生者の知識を生かしてってところかな。ただ、俺の知識が全く通用しなかったらヘルプ出すかもしれないけど」


「じゃあその時のために私の今住んでいる家だけは知ってた方がいいわね。……それにしても転生者の知識が通用しないだなんてことあるの?」


 カナタの知識が通用しないなんてちょっと想像つかない。それくらい、出会ってから今までの短い時間で驚かされた。

 だが、カナタはケロっと笑って否定した。


「そりゃあるよ。というか通用してたらあんなボロボロになってないわけで」


「そういえばそうだった。三日もさ迷ってたんだっけ?」


 出会うなり意味不明なことばかり捲し立ててきて、最終的にはルーム内で崩れるように寝込んでしまったカナタを思い出す。


「知識があっても、それを実行するのは全然違うって思い知らされたよ。所詮ゲームだしって侮ってた部分も大きいな。イエナに出会ってなきゃ野垂れ死にコースマジでありえたし。魔物が徘徊している山を丸腰で越えるとか普通に考えたら無理に決まってた」


「それわかる!! 私も軽い気持ちで採集に来ちゃったけど、採集するにはそこまで歩く必要があるとか頭からスッポリ抜けてたもの。当然だけど森を歩くなら滑らない靴とか、予定が狂って夜になったときの備えとかしておくべきだったのよね」


「だなぁ。こりゃパーティ正式結成したら一番最初にやるのは冒険者の講習受けることかも」


 冒険者ギルドが初心者に講習をしているというのは聞いたことがある。何事も基礎を学ばなければ身に付きづらいのはどこの業界も同じらしい。


「賛成! ルームがあれば物資の補給とか休憩の問題はだいたい解決するとは思うけど、ルームが出せないシチュエーションも想定しておくべきよね。周りに人がいるときにルーム出したいとは思わないもの」


「だよなぁ。下手したらどっかの国に監禁コース」


「えっそんなに物騒!?」


 妙な噂が立ったら面倒かも、くらいしか想定してなかったイエナは慌てて尋ねる。


「そりゃそうだよ。転生者の俺も大概危険だけどイエナも相当やばいぞ? 例えば戦争のときの物資補給、イエナがいるだけでどんだけ助かると思う?」


「あ、そっか。インベントリと比べ物にならない量運べるもんね」


「それだけじゃない。イエナが許可したら何でも入れられるってことになれば、要人の誘拐にだって使えるし、希少生物の密輸なんかはお手の物だ」


 続けざまに思ってもみなかった例を挙げられてゾッとした。新しく開発された技術は悪用しようと思えばいくらでも出来るという話は職人見習いだったので一応聞いたことはあった。けれど、それはどこかの開発者の話で自分には関係ないことだと思っていたのだ。


「俺の知識も広めたらこっちの世界は便利になるかもしれないけど、反動がやばそうなんだよな。だから当面、俺らは内緒で目立たず騒がずただの冒険者しておこうぜ」


 戦争だとか誘拐だとか密輸だとか。

 ほんの少し前まで弟子入り先をクビになったと落ち込んでいた人間にはあまりにもスケールが違いすぎる。

 イエナは無表情のまま頷いた。

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