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110.使役計画

「あー……うめぇ」


「ですね。これなんのハーブなんだろ。こういうお店で味の秘訣聞くのは失礼かな……」


 仕切り直して本格的に食事を始めることになった。ほぼお任せ(ヨクルのアルコールのみ、彼が自分で選んでいた)でお願いしたのだが、どれもこれもとても美味しい。

 特にカナタはシチューが気に入ったようだ。艶やかな茶色のスープで、メインとなる何かの獣肉がゴロゴロと入っていた。野性味を残しながら臭みを消す手法あたりが気になっているっぽい。

 イエナのお気に入りは燻した香りが素敵なポテトサラダだ。燻製肉は旅のお供としてお世話になっているけれど、まさかポテトサラダ全部を燻すなんていう発想はなかった。これがとても美味しい。燻製料理にハマッてしまいそうだが、ルームがメインの旅暮らしでは少々きつそうだ。


(出来の良い消臭剤か、匂いが漏れない燻製器作らないとこれは無理よね。うーん、全然仕組みが思いつかないなぁ。でも、いつか作ってみたいわ)


 そんなことを考えながら料理を楽しむ。


「美味しいですねぇ」


「だなぁ。けど前菜のときは、ちょっと緊張してて味がわからなかった。オマケにいきなり精霊証書とか言われるし」


「ああああああ。すいませんすいません」


 ちょっと悪戯っぽくヨクルは言ってくるが、その節は大変申し訳ないことをしたという自覚がある。アワアワと謝罪をするしかない。


「ははは、冗談冗談。お腹も満ちてきたし、眠くなっちまう前に詳細を聞いてもいいか?」


 ヨクルは仕事上がりで、アルコールも入っている。夜勤明けであればそろそろ寝る時間かもしれない。手短に話を終えた方が良さそうだ。カナタに目線を向けると、同じようなことを思っていたのか頷きを返された。


「はい。えーとまず、ヨクルさんは魔物使いですよね?」


「あれ? 俺言ったことあったか? そうだよ、俺のジョブは魔物使い。だから、あんまり強くなくって街の門番兼今の時期だと雪かき係をしてるってわけ」


「魔物使いが強くないかは、まぁ一旦置いときましょう。ヨクルさんにはそのジョブの特性を活かして、スノースライムを使役して欲しいんです」


「使役? って馬とかトナカイみたいに飼うってこと? 魔物を? いくら魔物使いって言ったってそんなことは……」


 カナタの言葉に苦笑いを浮かべるヨクル。まぁ、信じられないのは当然だろう。今までの常識を覆されるのだから。その気持ちはよーくわかる。

 でも、信じて貰わないと話が進まない。


「できるんです。これが、俺たちが他言して欲しくないやつなんですよ」


「あ、正確に言うと、方法自体は誰かに教えても大丈夫です。街にいる知り合いの魔物使いさんにも教えてあげた方が雪かきはかどりますからね。ただ、私たちから聞いた方法だと教えないで貰えれば」


「え、えぇ? いや、えーと……とりあえず使役ってどうやってするの?」


 かなり困惑している様子だが、なんとか飲み込んでくれたようだ。不安や不満ではなく、具体的な方法を聞いてくる。

 話が先に進められそうで、まずは一安心だ。


「対象の魔物、今回だとスノースライムになりますね。これを弱らせた上で、魔物使い固有スキルの『とらえる』ってやつで捕まえるんです」


「へ? 固有スキル? 魔物使いにそんなのあるの? 魔法みたいな……?」


「どうやって、とかは俺もよくわからないんです。ただ、弱らせるにしてもとらえるにしても、ヨクルさんにはまずちょっとレベルを上げてもらわないといけなくて、ですね」


「レベル上げに関しては、今からパーティを組んで頂ければお仕事していても上がるようにできます!」


「え? レベルって? ……は? はぁ!?」


 大混乱するヨクル。恐らくイエナの説明と同時に、パーティ勧誘の半透明の枠が出てきたのだろう。


(わかるー、あれびっくりするよね)


 とカナタと出会った時を思い出して、ちょっぴり懐かしくなってしまったイエナだが、今はそんな場合ではない。


「それでパーティを承諾してください。これであとは俺たちが魔物を倒しまくったり、製作しまくったりすれば経験値が流れ込みますから」


「いや、カナタ展開早い早い」


「パーティを承諾……? うわ、なんだこれ! なんだこれ!?」


 今度はパーティメンバーの情報が出たのだろう。イエナとカナタの情報、たとえば体力だとかレベルが見えてびっくりしているはずだ。


「目の前が大変なことになってると思いますが、それいらない情報なんで全部消えろーって念じてもらえれば消えると思います……どうでしょう?」


「あ、うん。ほんと、消えた……。びっくりした、俺幻覚でも見せられてるのかと……」


「ですよねぇ。もう全然、見えなくてもいいものなんで、忘れてください」


 経験者としてしみじみと同意する。あんなのいきなり見せられて驚かない方がおかしい。


「わかった。わかったけど、なんもわからん」


 この先の計画としては、まずヨクルのレベル上げだ。彼のレベルは現在43で、スノースライムを使役するには心許ない。あと2つ3つは上げる必要がある。だが、仕事がある彼をレベル上げに駆り出すわけにはいかない。ただでさえ休みを潰して目的地まで連れて行って貰うのだから。

 そこでカナタはパワーレベリングなるものを実行することにした。パーティを組んでいればレベルと貢献度に応じて経験値が貰えるというシステムを利用するのである。

 具体的には、昼間はカナタが中心となり街周辺の魔物を狩って経験値を稼ぐ。そして狩りを終えた夕方以降はイエナがガンガン製作して多少でも経験値を送る。更にカナタ手製の経験値バフ料理であるジンジャークッキーのオマケ付きだ。

 とは言え、この計画の全容をヨクルが知る必要はないので。


「……要するに、俺がスノースライムを使役するためには、そのレベルとやらがちょっと足りないわけだ。それで君たちが協力してくれる、と。けど、そのために俺がすることは特になくて、普段通りに生活していればいい。……これで合ってる?」


「はい、合ってます。レベルが上がったよっていうお知らせが見えると思いますが、その都度さっきのように「消えろ」と念じて貰えれば消えますので」


「ただ、何もしてないのに自動的にレベルってのが上がるのは……いいのか? レベルが上がるって普通いいことだとは思うんだけど……」


「少なくとも法には触れてないですね。そもそも知られてない知識ですし。あ、こちらも他言無用でお願いします」


「しないよ。ってか、できないよ。頭おかしくなったと思われそう。……あ、もしかしてイエナさんが物凄く作業速いのもこれのお陰?」


「えーっと……?」


 どうなんだろう、とイエナ本人は首を捻る。カナタと出会ってから様々な製作レシピに触れてたくさんの物を作ってきた。その過程で作業が早くなったと言われればそうだ。けれど、自分には才能がないと思ってた見習い時代は「それならば他の弟子よりも1つでも多く作って経験を積もう」と心がけていた。その経験があるからこそだとは思うのだが……それをどう表現しよう、と迷う。


「イエナの場合は彼女の努力が形になっただけです。この知識がなくてもいつかはあのスピードでバカスカ作りまくってたと思いますよ」


 イエナが迷っている間に、カナタがキッパリと否定してくれた。それはもう、本人よりも確信を持って。

 それが、なんだかくすぐったくて口元がもにゃもにゃと緩みそうになった。


「このよくわからないシステムに努力を上乗せした結果かぁ……すごいな」


 ヨクルもカナタの言葉を聞いてあっさり納得した上で褒めてくれる。口元だけじゃなく頬も緩んでしまいそうで、顔が大変なことになっている気がした。


「と、とにかく! そんな感じで私たちが責任もってスノースライムを使役できるように頑張らせていただきます! ので、次のお休みの日、スノースライムの使役頑張りましょうね! お休みの日、いつか教えてください!」


 照れ隠しでちょっと語気が強かったかもしれない。

 そんなイエナをカナタは勿論ヨクルまでしょうがないな、という生温かい目で見ているのだった。


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