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109.ヨクルと精霊証書

 イエナが雪にズボリしてから数日。

 2人はヨクルに協力をお願いするために色々と話し合いをした。引き受けて貰うために提示できる条件や、その場合に考えられるメリットデメリットを紙にまとめる。


「頑張って色々書きだしたけど、やっぱりあんまりヨクルさんにメリットない気がしてきた……」


「第一に、ヨクルさんがセイジュウロウ化しないことだよな」


 一番頭を悩ませたのが、ヨクルの今後に不利益がないようにするという点だ。

 手間がない方法は普通に全てを教えてしまうこと。しかし、そうなると彼はこの世界の人間が知らない情報などを強制的に目にすることになってしまう。それは、この地でずっと生きていくであろう彼には不要な知識であるばかりか、害になる可能性すらある。

 イエナやカナタにとって、自分たちの秘密の保持は最優先だ。そのために精霊証書での契約を考えていた。けれど、それが成った場合ヨクルはどうなるか。望みもしない能力を持たされ、そのことを誰にも話せない。相談や愚痴すらも言えず、秘密を抱えたまま生きていく。もしかしたら通常の転生者よりも辛い道になるかもしれない。それは絶対に避けなければならないことだ。


「まず、ステータスもスキルも見えないようにしないと! パーティ組んだら強制的にパーティメンバーのレベルとかは見えちゃうけど、そこは割り切って……確か目について邪魔だなぁ消せないかなぁって思ったら消せたから」


「そうだったな。俺は逆にあるのが普通の感覚だったから気にしてなかったけど……」


 カナタと出会ったばかりの頃を振り返りながら、できるかぎりヨクルの今後の生活に影響が出ないよう知恵を絞る。


「……これで大丈夫、だと思いたいけど……どうだろうな」


「出尽くした、と思う……」


 散々話し合ったけれど、どうにも抜けがあるような気がして不安はなくならない。

 そもそも、ヨクルが引き受けてくれるかどうかもわからないのだ。


「うん、条件諸々これで大丈夫だと思う。で、ヨクルさんに断られたら雪女の件は一旦諦めよう。氷の魔石と、気温に対する対抗策自体は見つかったわけだから火山ルートを先にしてもいいんだし」


 そんなこんなで、ヨクルの仕事終わりをめがけて突撃することになった。


「お仕事お疲れ様です~! ヨクルさん」


「お、君たちか。いやぁ、お陰でそこまでヘトヘトにはなってないよ。すっげぇ評判良いよ、雪かるクン」


「え、ホントですか?」


「ホントホント。特にサイズ別なのがありがたいって街の人たちも。雪かるサンに雪かるチャン、むちゃくちゃ評判いい。たまに雪かるクンにのった子どもたちが運搬されてるけど」


「えぇ……? こ、壊れないかな」


 製作者の意図しない使用方法にちょっと困惑してしまう。が、好評なのは純粋に嬉しいことだ。実は、ヨクルに対する交渉のために頭を悩ませている間に、アデム商会から「女性用や子ども用はできないか」と打診されたのだ。そこで軽量化及び、取り回しのし易い大きさに調節したのが先ほどヨクルが言っていた雪かるサンと雪かるチャンだ。名を付けたときにカナタがまた生暖かい目をしていたりする。解せぬ。


「ヨクルさん、立ち話もなんなんで、ご飯いきませんか。奢ります」


「逆に俺が2人に奢らなきゃいけない気がするんだがなぁ」


「えぇと……実は追加のお願いがありましてですね」


 心の中は揉み手をする悪徳商人だ。詐欺を仕掛けるようなことは断じてしないけれど。なんというか、心持ちがそんな感じ。


「お、いいよ。俺にできることなら」


 今までのやり取りがあったからか、ここまではスムーズだ。しかも、内容を何も話していないのに快諾してくれそうな雰囲気。これは滑り出し好調かもしれない。

 彼の気が変わらないうちに、と場所を移動する。


「え。此処……?」


 店の前に着いたとき、ヨクルは困惑した表情を見せた。

 今回はできれば個室でお話したい。そう思ったのだが残念なことにイエナたちはこの街の店に明るくない。そこで、ペチュンのアデム商会店主に相談したところ、ここを紹介してもらった。


「個室で気兼ねなくご飯が食べれるって聞いたので!」


「えぇ……でも、ここは……」


 ヨクルが戸惑う理由はただ1つ。ここが庶民が利用するには少々躊躇う高級店だからだ。ちなみに、当然のようにアデム商会系列店である。

 そんな場所へ躊躇なく入っていくカナタとイエナ。後にヨクルは「タダ者じゃないっていうか、常識が違うんだな」と語ったという。単純にかなり耐性ができてきただけで、根っからの庶民ではあるのだが。


「ゴホン。それで、なんの相談?」


 大変品の良い個室にて。ガチガチになりつつも、自分の飲むものだけはしっかりと注文したヨクルが切り出してきた。


「あ、はい。実は……ヨクルさんに協力して欲しいことがありまして。でも、ちょっと他言しないで貰いたいんです」


「他言しないって……そりゃそう言われればしないけど」


「そう言ってもらえると助かります。ではこちらの精霊証書に……」


「えっ!? 精霊証書!? 重要書類に使うやつじゃないっけ? なんでそんなの持ってるの!? もしかして君たち詐欺師!?」


「ち、ちがいますー! 限りなく怪しいけど詐欺じゃないですー!」


「イエナ、緊張してるのわかるけど段取り全部すっとばしてるって!」


 失敗した。滑り出しは好調だったのに!

 そう気付いても後の祭りで、ちょっとしたパニックになる。やはり個室をお願いしていて正解だった。

 丁度そのとき、店の人が「私は何の騒ぎも聞いておりませんよ」という顔で料理を持ってきてくれた。お陰で一旦場が仕切り直しとなる。ありがとう、店員さん。

 なお、イエナは懲りたのでカナタに丸投げするスタイルに変更だ。


「えぇと、どうしようかな。とりあえず、ヨクルさん、雪かきがもっと楽になる方法について興味ありませんか?」


「そりゃあるよ。こうやって勿体ぶるってことは、雪かるクン以上なんだよね?」


「それは保証します。ただ、これ以上の情報はちょっと他に漏らして欲しくなくって、だからイエナがさっき先走って『精霊証書』って言ったんですよ」


「順番を間違えました。ごめんなさい」


「いや、それはまぁいいけど……」


 今度はカナタが順を追ってくれたお陰で、頼んだ料理に手を付けるところまでは漕ぎ着けた。とりあえず、ここの料理は物凄く美味しい。流石アデム商会の系列店。

 ただ、精霊証書という言葉の重さに、ヨクルは味わうどころじゃなくなっているようだった。大変申し訳ございません。


「契約を結ばなくても聞ける条件はどこまでだろう? 例えば、その方法は雪かるクンみたいな道具で皆が助かるもの?」


「いえ、これは汎用性は……微妙なところですね。表現しづらいです」


「じゃあ引き受けることに対する俺のデメリットってある?」


「えーと、俺たち目的地がありまして。実はそこに連れてってほしいので、雪かきの方法を伝授したいって感じです。でも、秘伝の方法なので、そこはナイショにしてほしいなーみたいな」


「あぁなるほど。雪かきをしてそこに連れていくまでがそっちの依頼なわけね」


「あ、その目的地に連れてってもらう、の部分は冒険者ギルドの護衛依頼にのっとったお金をお支払いさせていただきます! 必然的にお休みの日を潰してしまうことになるのでその辺りも考慮して!」


 この辺りは抜かりなくギルドで調べてきた。護衛依頼の基礎料金に雪かき分や休日出勤になってしまう分を上乗せしての依頼料を支払う予定である。特に休みを潰すという点において、カナタがめちゃくちゃ熱弁していた。ブラック依頼は良くない、と。意味はよくわからなかったが、神妙な顔で頷いておいた。


「うーん、汎用性がないのは気になるところだけど……いやでも君たちにはお世話になってるからなぁ……。うーん、いいよ。他者に口外せず、休日に君たちに付き合えばいいんだね」


「いいんですか!? ありがとうございます!」


「えーと、じゃあ精霊証書出しますねー。あ、その前に詳細な条件書いてある紙見せたほうがいいか……」


「いいの? そういうのって契約してからの方がいいんじゃ……条件見て契約しなかったら俺が口外するとか思わないの!?」


「えっ、あれ!? でも、流石にそれって不誠実というか、詐欺っぽいのでは……」


 わちゃわちゃとしながらなんとか精霊証書にサインをしてもらい、契約をする。傷をつけた指先を治すためのポーションを受け取りながら、ポソリとヨクルが呟いた。


「なんていうか、別にこんな回りくどいことしなくても良かったんじゃ……」


「言わないでください。実は私も思ってたんで」


「俺も……」


 三人の間を、天使が通り抜ける。要するに、ちょっと気まずい沈黙があった。

 空気を変えるようにイエナはパンと手を叩く。


「ごはん! 食べましょ! 凄く美味しいので! おかわりとか頼んでもいいですし、ね!」


【お願い】


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