108.ズボリ!
「もっふぃー?」
「めぇ~~~」
声をかければ反応はきちんとある。頭を撫でれば気持ちよさそうにしている。けれど、少し先にあるドロップ品の方へはガンとして進んでくれない。それどころか、徐々に後ずさっている気がする。
「イエナ?」
戦闘が終わったカナタも不審そうに声をかけてきた。
「んー、ちょっと待ってねー?」
「めぇ~~~」
「メェッ!! メェッ!!!」
イエナはモッタイナイ精神の元、進まなくなったもっふぃーから降りることにした。モフモフたちの元気な鳴き声を聞きながら、すぐ目の前のドロップ品に手を伸ばして――。
そこまでは覚えている。
「めぇ~!!!」
もっふぃーの初めてと言っていいほどの鋭い鳴き声が、妙に遠くに聞こえた。
視界は、白、白、白。とにかく白に埋め尽くされてわけがわからない。あと、肩? 腕? その辺りが上の方に引っ張られて痛い、ような……。
「イエナ!!」
カナタの焦っているような声が籠もって聞こえる。
「えっ……なに!? なに!?」
ここで、イエナはやっと自分が雪の中にいる、と理解した。同時に、なんとか雪から抜け出そうとジタバタともがく。後から考えれば、パニックになっていたのだと思う。
必死に手足を動かしているのに、全く手応えがない。アタタマモリ模様のセーターを着ているはずなのに、物凄く寒い。いや、冷たい。
「イエナ、暴れるな! 今引っ張り出すから!」
そんなカナタの声に、ようやく左腕の痛みが引っ張られているからだと気付く。どうにか首を上げると、もっふぃーが袖口を噛んでくれているのが微かに見えた。
「え、あ……」
「メェッ! メェッ!」
「ゲン、サンキュー! そのまま俺のこと支えててくれ!! もっふぃー、頑張れ!」
レベルアップしている2匹とカナタのお陰で、イエナは無事雪から引っ張り出された。アタタマモリがあるはずなのに、体中が寒い。いや、冷たい。全身がガクガクと震える。
「もっふぃー! もうひと頑張り頼む。少しでも足場がマシなとこまで。イエナも頑張れ! ゲン、頼んだぞ」
「メェーー!!」
「めぇ~!」
そこから先は、あまり記憶がない。
気付けば、ルームのリビングにいた。所謂、呆然自失みたいな感じだったのだろう。カナタに促されるままもっふぃーにしがみ付き、ルームを開けたような気もする。ただ、あの雪のように真っ白なノイズがかかっていて、何もかもが朧気だった。
「ともかく、無事で良かった……」
心底安心したという気持ちが滲み出るような、カナタの声。
「ごめん、何がどうなってたのか……でも、迷惑かけちゃったのは確かだよね。ごめんね?」
「迷惑じゃないよ。だいぶ肝が冷えたのはそうだけど。でもそうか、当事者だとよくわからないよな」
苦笑を浮かべつつ、カナタはコトンとイエナの前に大きめのマグカップを置いてくれた。
「ホットミルクいれたから。とりあえず飲みながら話そう」
頷いて、カップを手に取る。カップはアツアツになっていたが、その熱がなんだか嬉しかった。
「と言っても俺視点の話なんだけどな。気付いたらイエナの姿が神隠しにでもあったのかって感じに見えなくなってたんだ」
ただでさえ雪で真っ白な視界。そこに、居るはずの人物がいない。どう考えてもホラーだ。
そこで活躍してくれたのがもっふぃーとゲンらしい。
どうやらもっふぃーは「自分でもこの先に進んだら埋まってしまう」と判断してドロップ品を取りに行かなかったようなのだ。しかし、意思の疎通ができなかったため、モッタイナイ精神を発揮したイエナがズボリと雪にハマッてしまった。というのがことの顛末みたいである。
「もっふぃー止めてくれていたのね」
「それだけじゃない、イエナの服の袖咥えて必死に引っ張り上げてくれてたんだから」
「今夜は心を込めていつも以上に丁寧にブラッシングしてあげなきゃだわ」
止めてくれていたにも関わらず、欲に駆られた結果の大失態に頭が痛くなる。賢いペットの言うことをきちんと察知できる良い主人にならなければ。
「ゲンもかなり頑張ってくれたよ。イエナを咥えてたからもっふぃーは鳴けないだろ? その分いつもの3倍くらい鳴いて俺に知らせて、引っ張り上げるときも頑張ってくれたから」
「うわぁ……ごめんね、足引っ張っちゃって」
「そんな風には思ってないよ。ただ、ドロップ品なんかより、イエナの方がずっと大事なんだから、絶対に無理はしないでほしい」
真剣な表情、真面目な声音でカナタはそんなことを言う。心配してくれたことは嬉しいし、助けてくれてありがとうと心の底から思っている。
だが、それはそれとして、自分の心臓がやかましかった。
(私とカナタはビジネスパートナー! 心臓! 黙って! あ、黙ったら死んじゃうからちょっと落ち着き取り戻して!)
イエナの方がずっと大事、そんな言葉が妙に嬉しくて身体に異常をきたしてしまう。やけに働き出す心臓に、発汗、もしかしたら急激なほてりなんかもでてきた気がする。
「う、うん。ごめんね」
どうにかそれだけは返したが、不審に思われていないか心配だ。
「謝ることじゃないよ。実際俺も雪国舐めてたし、俺が同じ目に遭ってたかもしれない」
「え、そんなの絶対ダメ! 私じゃカナタ引っ張り上げられないかもしれないし!」
「うん、そんな危険はちょっとおかしてられない」
カナタは神妙に頷く。
「で、でも、じゃあ諦めちゃうの?」
折角ここまで来れたのに、と思う。カナタが故郷に帰るためのヒントがあるかもしれないのに。
そう思う一方で、ヒントがなければカナタが帰るのは難しくなるのでは、という考えもほんの少しだけ浮かぶ。だが、そんなことを思ってはいけない。一瞬だけ浮かんだ考えを振り払うようにイエナは言葉を繋いだ。
「私何か考えてみるよ。雪を溶かす道具とか! だから、もうちょっと頑張ってみよう?」
とは言うものの、今イエナの頭に浮かんでいるのは巨大な火炎放射器くらいだ。もう少し穏便に、雪をなくす方法を考えなければ。
だが、カナタはそんなイエナの提案にハッキリと首を横に振った。
「いや、溶かす道具はやっぱりやめておいた方がいいと思う。雪を無理に溶かして雪崩なんか起きたら目もあてられない」
「ナダレ?」
「土砂崩れの雪版、みたいなやつ」
「えっ、溶かしたらそんなことになっちゃうの!?」
「俺も詳しい雪崩のメカニズムって知らないんだ。ただ、暖かくなって雪が溶け出してきたときに起きた、とかいうニュースを聞いたことがあるから、可能性はゼロじゃない気がする。そんな危険なことはしない方がいいだろ?」
「それはそう。でも、じゃあどうするの? 私たちで雪かきしながら進む?」
言葉にはしてみたが、あの量の雪をかきながら進むのはちょっと現実的とは言えない。何日かかることになるかわからないし、そんなことをするくらいなら春まで待った方がマシかもしれない。
「流石にそれはしないよ。でも、半分その方向、かな」
「へ?」
発言の意味がわからず、ちょっと間抜けな声が出た。
「ヨクルさんに、協力を依頼したい、と俺は思ってる」
「え? あ、魔物使いの真価を発揮してもらうってこと!?」
以前聞いた、カナタの知る魔物使いの真価。スノースライムを使役して雪を食べてもらう方法。
実現すれば雪に悩まされずに現地へと向かうことができるだろう。しかしながら、色々と問題がありそうだ。
話している間に手の中のホットミルクは、少しぬるくなっていた。
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