106.快適な雪かきのために
雪かき依頼は……と呟く受付嬢に罪悪感を刺激されながら、冒険者ギルドをあとにしたイエナたちが向かったのはペチュンの街にあるアデム商会だ。
目的は、この街で売られている雪かき用スコップの改良である。というのも、始まりはカナタの何気ない一言だった。
「雪国だから、皆でっかいヤツを使ってると思ったんだけど、違うんだな」
この言葉を聞いたとき、ふと思ったのだ。
カナタの元の世界にはもっと便利な道具があるのではないか、と。そこで聞き取り調査をしたのだが、そちらは少々難航した。何故かというと
「ニュースとかで北国の雪かきの様子は見たことあるけど、現物は見たことないんだよな」
とのことで。見たことあるのに見たことないとはなんぞや。そして「にゅーす」とは?
そんなカナタのふわっとした知識と、街の人たちが馴染んでいるであろう道具をどうにか融合できないかと考えた次第である。アデム商会の場所を聞いたのは、買い物するなら少しでも売り上げに貢献したいと思ったからだ。あと、やはり大商会なだけあって色々と置いてあった。……やけに店の人が親切だった気がするのは考えすぎだろうか。
ともかく、改良のための素材は集まった。あとは試行錯誤を繰り返すだけである。
「にしても、雪を溶かしちゃダメっていうのは意外だったわね」
「だなぁ。街に関しての雑学も増えてちょっと面白かった」
場所はお馴染みのルーム内。そこそこの宿に泊まっているので、そちらにもスペースは十分ある。けれど、やはり汚してしまうのが申し訳なくてこちらに来てしまった。
カナタにどうにか記憶を掘り起こしてもらって、大まかな形を決め、素材を選ぶ。試作段階に入ると、ひとまずカナタの手は必要なくなる。これまでの付き合いで承知してくれている彼は、ごく自然に2匹分のブラッシングを引き受けてくれていた。ごめんね、もっふぃー。あとでいっぱい構うからね。
「んー……柄の部分は木でいいかな。重いかな」
「劣化しやすいかどうかもあるだろうけど、個人的には木の方が手が冷たくならなそうだなって思う」
「確かに。アタタマモリなしの手袋の断熱性がわからないものね」
イエナたちは外出時には必ずアタタマモリ模様のセーターを着こんでいる。だって、寒いから。コレなしで外に出る勇気が持てない。幸いといっていいかわからないが、火の魔石のストーブは結構乾燥する。そのため、夜に手洗いし宿の方に干しておくと一晩でしっかり乾いてくれるのだ。なお、本人たちはいつものベッドが良いということで、ルーム内で就寝している。
「よし、とりあえず完成」
「あーなんかこんな形だった気がする」
完成したのは横に広いソリに取っ手をつけたようなもの。ソリ部分に雪をいれて任意の場所まで運べるようにしたものだ。
「じゃ、これを試さないとね」
「できるなら誰かに実際に使ってもらった方が良くないか?」
「そういえばそうだわ。私やカナタが使えるって思っても現地の人が『いつものスコップの方がいい』ってなったら意味ないものね」
そうと決まれば話は早い。一度宿の外に出て、その辺りにいる人を捕まえて実験、もとい、実地調査だ。
その場で意見を聞いて微調整することも考えて、インベントリにある程度の道具を突っ込み外に出ていく。誰にでも突進していきそうな勢いのイエナに苦笑しつつ、カナタがモフモフたちに経緯を言い聞かせてから付いてきてくれた。
「あっ、ヨクルさんじゃないですか!」
「あぁ、珍しい旅人さんだ。こんにちは」
宿から出たところで門番のヨクルと鉢合わせした。向こうも覚えていてくれたようで、気さくな挨拶を寄越してくる。
「どうも。お疲れ様です……お仕事あがりですか?」
「うん、そうそう。夜番が終わったから一杯ひっかけて帰ろうかな、とね」
仕事が終わったところ、という言葉にイエナの目がギラリと光った。
「あの、良かったらちょっと実験に付き合っていただけませんか? その分ご飯なんでも奢りますんで!」
「へ? 実験? 物騒だなぁ……でも、なんでもかぁ」
ヨクルは実験という言葉に少し尻込みしているようだが、『なんでも』という魅惑のワードには食いつきを見せている。そこにカナタのナイスサポートが入った。
「地元の方の生の感想が聞きたいんです。そこまで時間はとらせないと思いますので是非!」
正直に言うと『時間はとらせない』は少々怪しい。まぁ最悪夜ご飯も続けて奢る覚悟を決めよう。
「えーと、内容は?」
「新しい雪かき道具の実験です! 上手くいけば少しは今より労力がなくなるかと!」
「え? 楽になるの? そりゃあいいや。どんなの?」
今より楽になる(かもしれない)道具の実験と聞いて、ヨクルは俄然やる気を出してくれた。イエナはすかさず試作品を取り出す。
「こちらです! まだまだ試作段階なので忌憚のない意見を聞かせていただければ!」
「お? おお? へぇ、面白い形だな。ちょっと雪の多い方行ってみるか」
そう言う彼に案内されて、街の雪が深い方へと向かう。人気がない方がこちらとしても好都合ではあった。できることなら意見を貰ったその場で改良したいので。
自分の作業スピードは異常らしいので、目撃者は少ないに越したことはない。
「この辺も雪かきしときたかったから実験には丁度いいんじゃないか?」
「ありがとうございます! まず、こちらの柄の部分を持って頂いて~……」
説明を交えながら、実際に雪かきをしてもらう。流石雪国の住民と言うべきか、何度か動かしただけでコツを掴んだらしく、ウンウンと頷いてきた。
「これ、いいな。スコップより一度にドンッと運べる。何より腰を捻らなくてもいいから物凄く楽だ。ただ、俺にはちょっと柄が短いな。長くすると強度的にまずいか?」
「柄は木製ですので、実際かかる負荷を考えると……いけなくはない、くらいでしょうか。んー……じゃあ金属バージョンも作ってみますので比較してみてください!」
こんな感じでヒアリングをしつつ、イエナはその場で改善案を実践する。その様子に初めは面食らっていたヨクルだが、こんなやり取りを何度か繰り返す頃には慣れてしまったようだ。
「お、いい感じだ」
「でも、雪たくさんくっついちゃってますね。うーん、なんでこうなるんだろう?」
改良を重ねた雪かき器具だが、実験を繰り返すに連れて何故かソリ部分に雪がくっついてしまうようになっていた。これでは運ぶ雪の量が減ってしまう。
だが、何故くっつくのかという仕組みすらもわからないので手の打ちようがなかった。
「あーまぁ、こういうのはガンガンやれば一応落ちるぞ。スコップもそんな感じだし。それか蝋を塗れば少しはマシになるさ」
言葉どおりに製作物を地面に叩いて雪を落とすと、ヨクルはインベントリから蝋燭を取り出して塗り始めた。
「蝋でくっつきづらくなる? でも毎度塗るのって少し手間ですよね」
「だなぁ。だから無精な男連中はガツンガツンぶつけて落とす方が多いんじゃないか。ぶっちゃけそのせいで壊れることも少なくないし」
「雪かきしているのは筋力のある男性だけじゃないから、できれば塗りやすくて持ちがいいモノも考えたいわね……」
「そうは言うがこれだけでも凄く助かるよ! 一回で運べる量が断然多いし、コツさえ掴めば重さも然程じゃない! 冬に腰痛める連中が激減するってもんだ」
雪かき歴が長いヨクルがそう言ってくれるのであれば、少なくとも現段階ではなかなか良いものができたのではないだろうか。あとはどのくらいで蝋の効果がなくなるかだが、こればかりは使ってみないと予測ができない。
「うーん、あとは名前……ここはわかりやすく『雪かるクン』はどうでしょうか!」
「……いいんじゃないか?」
カナタは全てを悟ったような慈愛の笑みで肯定してくれ、その様をヨクルは困惑の目で見つめていた。
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