105.冒険者ギルドの雪かき依頼
最北の都市ペチュンは今日もシンシンと雪が降り積もる。こどもたちが遊び半分で雪かきをしている姿は微笑ましいような、風邪をひかないか心配なような。
屋根から地面に繋がる立派なツララや、家周りの落雪区域に入らないようにというロープの印など、雪国ならではの景色を堪能しながら冒険者ギルドへと向かった。
「こんにちは! 冒険者さんですか!? 冒険者さんですよね!!」
ギルドに入るやいなや、元気いっぱいの声をかけられた。どうやらこの冒険者ギルドの受付嬢のようだ。かなり食い気味に迫ってこられて面食らってしまう。
とりあえず肩や頭に降り積もった雪を払いながら、促されるままに受付の椅子に腰かけた。
「こんな時期に新顔の冒険者さんに来ていただけるなんて嬉しいなぁ。どうですか? 依頼を受けていきませんか? おすすめはこちら!」
口を挟む隙もなく受付机の上に並べられたのは各種依頼書……なのだが。
「雪かき、雪かき、こっちも雪かき」
「全部雪かき依頼、ですね」
別に雪かき依頼をされることに不満はない。イエナとカナタは2人だけのパーティだし、パッと見強そうじゃないのは自覚している。むしろ目立たず安心安全のカタツムリ旅がモットーなのだから、本望と言えなくもない。だけど、こうも雪かきばかり推されるとなんというかこう……もにゃっとする。
あと正直自分たちにこれだけの雪かきができる気がしない。
「そうなんですようー、とにかく今年は雪が降るのが早くって! 例年だともう少し出稼ぎの冒険者さんが来てから積もるんですけどね。自警団の皆さんとかが頑張ってくれてますけど手が回ってないんです」
「あー門番の方も雪かきしてましたもんね」
「フカフカの雪も結構危険だしな……」
実は冒険者ギルドに来る途中、物珍しい街並みに気を取られていたイエナがうっかり雪溜まりにハマッてしまったのだ。街の人たちがせっせと運んで積み上げた雪捨て場は一目でわかるが、風向きの関係で建物の陰などに自然と雪が集まる吹き溜まりは意外と気付かないものだ。巨大ツララにつられて(Notダジャレ)イエナがフラフラと足を踏み入れたからさあ大変。フカフカの雪は思ったよりも深く、カナタがなんとかイエナを引っ張り出せはしたけれど、ブーツが雪穴の中に取り残されるという珍事態に。
通りがかりの親切な人がブーツを掘り出してくれて、更に吹き溜まりの危険性について教えてもらった。ついでに、建物と建物の隙間などには入り込まないようにと子どものように諭された。イエナにとっては大変恥ずかしい出来事である。わざわざそれを連想させてくるカナタに、ちょっと恨みがましい視線を向けるのは仕方がないと思う。
「そう、そうなんです! なので雪かき、いかがですか?」
「えーっと……そもそもこれ溶かしたらダメなんですか? 火の魔石を使えばそれなりに溶けるんじゃ……」
イエナはこの街にきてからずっと疑問だったことを尋ねてみた。降り積もれば重いけれど、溶かしてしまえば所詮水。そう思って質問したのだけれど。
「もしかしなくても、この街初めてですね?」
スンッと雰囲気を変えた受付嬢の目がすわっていた。気圧されてコクコクと言葉なく頷く。
「まず、雪は溶ければ水になるということは間違いありません。ですが、その溶けた水がどこに向かうか、というとこの街では大半が港に向かいます。ペチュンは最北の不凍港なのですが、その秘密はウォームジェリーフィッシュ、通称ヌクラゲという魔物にあります」
「ヌクラゲ……それはまたネーミングセンスがイエナなみ……」
「カナタ?」
カナタのつぶやきをイエナは聞き逃さない。ジト目でそちらを見やれば、小さな咳ばらいを返された。
「このヌクラゲは名前の通り、ちょっとぬくい、熱を発するクラゲです。なお、魔物ではありますが大したドロップ品はありません。クラゲの足とかいう……何に使うかわからない物体が落ちることがある程度です。ちなみにヌクラゲは毒を持ちますので食用にもなりません」
「……なんというか、海のスライムみたいな」
「残念ながらスライムよりは強いんですよねぇ。でも、この近辺の海に生息する魔物の中ではかなり弱い部類に入ります。ただ、このヌクラゲが生息しているお陰でこの街の港は通年貿易ができていると言っても過言ではないわけです」
「あーじゃあ街をあげて保護してる感じなんですね」
「はい。で、話を戻しますが雪を溶かした水が海に行くとどうなるか。簡単に言うと、海水温が下がり、ヌクラゲが生きづらくなってしまうわけです」
「あ、それはまずい。なるほど、人工的に雪を溶かすのはあまりよろしくないから、街のどこかに運んでおくしかないわけですね」
「そういうことです。季節がうつって自然と雪が溶け、水温も上昇するのであればいいんですけれどね。あと、溶かすにあたっては火の魔石の消費量が馬鹿になりません。南から輸入してきている分どうしてもお値段が高くなってしまいますので」
「あー費用の面もあったか。じゃあますます雪はどかすしかないわけだ」
「はい。雪かきの必要性を理解していただけで何よりです。では、改めて、雪かき依頼、いかがですか?」
ニコッと受付嬢が笑い、振出しに戻る。
「あ。ええと、俺たち依頼を受けに来たわけではなく、実はギルドで調べもの依頼を出したくって……」
ギルドでは冒険者に必要な情報の収集もしてもらえる。〇〇地方に生息する魔物の種類を調査だとか、人探し依頼だとか。勿論、有料にはなるがそれなりに信頼性の高い情報が集められるのだ。
「あ、依頼を出される方でしたか。どのような依頼でしょうか?」
「この街に20年前くらいかな、雪女と呼ばれる人がフラッと現れてたと思うんですけど、その人の情報について。どの辺りに住んでいたとかが一番欲しい情報になります」
「ふむふむ。了解いたしました。その方は冒険者ではないのですね?」
「んー……ちょっとその辺りはわからないです。すみません」
冒険者登録をしていた方が楽に生きられる世の中ではある。だが、その雪女と呼ばれていた人が転生者で終の棲家にこの土地を選んだ場合、足がつきやすい冒険者という肩書を利用するとは考えにくい。わざわざこの生きにくそうな土地に来ている辺り、人を避けている感じがする。
「であれば少々お時間を頂くことになりますがよろしいですか?」
「どのくらいになりますかね?」
「えぇと、だいたい2日も頂ければ」
たった2日でそれなりに情報を集められるらしい。冒険者ギルド、流石である。
「あ、それなら大丈夫です。お願いします」
「では料金はこのくらいになりますが……今ならなんと! 雪かき依頼を完遂すればこの価格で!」
「あ、いえ普通に支払いますので」
「わ、割引攻撃が効かない!?」
ガーンという効果音が聞こえそうな程にショックを受ける受付嬢。表情がコロコロ変わる面白い人だ。
ただ、申し訳ないけれどイエナたちはお金の使いどころに悩む小市民である。その上雪かき依頼を完遂する自信がない。勿論、イエナもカナタもある程度鍛えているため筋力のステータスはそれなりに高い方ではあるのだけれど。
何度も勧誘され、その度に断っている心苦しさはある。実際に困っているのだろうし、助けられるなら助けたい。が、しかし、自分たちの場合は別方向からアプローチした方が良いのではないかと思うのだ。
そんな気持ちで依頼料を支払ったあと、もう1つ聞きたかったことを聞いてみる。
「あの、この街にはアデム商会さんのお店ってありますか?」
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