104.雪国の魔物使いの真価
レンガ作りの宿の部屋には、火の魔石を使ったストーブがあった。十分な暖かさが得られているはずなのだが、つい先ほどまで炎が踊る暖炉の前にいたためか、少しだけ物足りなく感じてしまう。
霜の花が咲く窓の外はシンシンと雪が降り続いており、明日もまた雪かきが大変な予感がした。
「ねえカナタ、結局何を言おうとしてたの?」
質の良さそうなソファに落ち着いたところで、イエナはやっと疑問だったことをぶつける。
「何のこと?」
カナタは覚えがないのか、小さく首を傾げた。表情が誤魔化すような感じじゃないので、本当に思い当たらないのだろう。
「ほら、門番のヨクルさんと話してた時になんか変だったじゃない」
「あーそのことか!」
やっと思い当たったのか、カナタはポンと手を打ってからイエナの隣に座って話し出した。しっかりとした作りの大き目ソファは微かにキィと鳴きはしたけれど、余裕でもう1人分の体重を受け止める。
余裕がないのは、いきなりの至近距離にドキリとしたイエナだったりする。勿論絶対にナイショだ。
「イエナは彼のジョブ見た?」
「あ、うん。チラッと見えちゃった。魔物使いだったよね」
魔物使いといえばこの世界では酪農家や養鶏家、もしくは馬車の御者をやっている印象が強い。他は、番犬や鼠対策の猫を貸し出すレンタルペット屋など。カナタから「魔物使いは戦闘ジョブである」とは聞いているけれど、この世界では冒険者になるのは珍しく感じるジョブだ。
「正直な話、魔物使いが門番って珍しいなとは思ったのよね。カナタが変な反応をしたのもそのせい?」
「あー……俺の認識だとそこまで違和感ないかなぁ。魔物使いが門番してたら、街の近くに来た魔物を手懐けられて、護り手が増えるなーとか思ったくらいだし。でも、それはこの世界ではないんだろ?」
「聞いたことないわね」
魔物が使役できる、というのはカナタと出会うまでのイエナには信じられないことだった。
今は、癒しのモフモフが一緒に旅をしてくれているのである程度は理解はできるけれど。
「俺が驚いたのは、雪かきが大変って言ってたから。街の中でも老若男女皆が雪かきしてたからさ。俺の知識だと、魔物使いが数人いればこの街の雪かきくらいどうにでもなるのになーって思ったんだよ」
「……どういうこと?」
魔物と雪かきがうまく結びつかない。魔物がシャベルを持ってせっせと雪を運ぶ図を思い浮かべようとして、失敗した。少なくともこの近辺で遭遇した魔物は四足歩行の動物タイプか四肢という概念がない妖精タイプだったので。
「道中でスノースライムって見ただろ? あいつを使役するんだ」
「もしかしてスノースライムの主食って雪ってこと!?」
「主食かどうかはわかんないけど、スノースライムは雪をモリモリ食べるらしい。『食べた雪どこ行ったんだ』みたいなフレーバーテキストがあったはず」
フレーバーテキストとはなんぞや、と思わなくもないが、恐らくどこかにそういう説明か何かがあったのだろうと解釈する。それよりも、カナタの知るスノースライムの活用方法が凄い。使役できれば重労働の雪かきから解放されるではないか。
「凄いじゃない。あ、でもスノースライムって使役するの大変なの?」
今2人のペットである2匹のモフモフ、メリウールは魔物である。彼らをペットにし続けるには、毎日新鮮な果物を食べさせる必要があった。同じように、スノースライムも使役するのは大変なのではないだろうかと思ったのだが。
「……どうなんだろう? 俺の知識ではそもそも一度使役した魔物は解放するまでずっと付いてきてくれるシステムだったから。でも現実的に考えて生き物を使役するならその世話って必要だよな」
「そもそもスライムとか生態結構謎だしね」
「だよなぁ。スノースライムだとなんとなく雪だけじゃなくて氷でも食べてくれそうだけど、だとしたって毎日氷を用意するとなるとこの地方だって難しいだろうな。夏も来るわけだし」
「そうよねぇ。それにスノースライムって強いの?」
この地方の魔物はどれもそれなりに強敵だ。スノースライムだって駆け出しの冒険者にとっては脅威になるレベルである。
ただ、このパーティの場合はカナタがどの魔物も区別なく一撃で倒してしまうのでイマイチ強さを実感できない。
「どうだろう……敵として現れたときは物凄く倒しにくいけれど、攻撃力が強いって印象はないな。だってスノースライムの攻撃って雪玉ぶつけてくるだけなんだよ。そりゃ勿論当たったら痛いけどさ」
「暖かい地方だったらまず雪玉を作れなさそうよね。ていうか、その前に存在そのものが危うくない? アイスみたいに溶けちゃうんじゃないかしら。連れまわすのは難しいと思う」
脳裏に先程食べていたアイスが思い浮かぶ。暖炉の熱があるだけで急速に溶けていた。……美味しかったなぁ。
「まぁスノースライムって、魔物使いじゃないと使役できない魔物だから想定の根本から崩れるんだけどさ。ただ、この街に限っては使役すれば凄く役に立つ魔物だっていう話」
「そうねぇ。雪ってあんなに重いって私知らなかったもの。皆雪が降る季節になると自然と筋トレしてるようなものでしょう? そりゃ北国の人って強いわけよ」
この街の人たちは今までの地域に比べて平均的にレベルが高い傾向があった。
ステータスを見れるようになってしまった今、どうしても人様のレベルだのジョブだのが見るとはなしに目に入ってしまうのだ。申し訳ない気持ちはあれど、情報は情報として受け止めている。
「この近辺の主要産業が魔物狩りなことも影響してるとは思うけどな。ともかく、折角魔物使いがいるのに、総出で雪かきしてるのがちょっともったいないなーって感じたんだ」
「それはまぁ確かにね。教えてあげられればいいんだけど『何いきなり変なこと言ってんだ?』って思われそう……」
初対面の外から来た人間にいきなり「スノースライム使役しませんか?」なんて言われたら、どう考えても不審に思われるに違いない。
「頭おかしいって思われるのも嫌だし、なんでそんなこと知ってるんだ? って疑問を持たれるのも嫌だ。目立たず穏便に旅したい……」
「んー……黙っているのは心苦しいけど……でも、私たちの安全には変えられないわ。ただでさえちょっと「あの雪女の知り合いらしい珍しい旅人」みたいな空気だったじゃない」
食堂での空気を思い出す。それぞれがそれなりに酔っぱらっていたので、違和感が薄らいでいることを願いたい。
「まぁそれにヨクルさん、今のレベルだと使役できないしな。魔物使いは基本格下の魔物しか使役できないから」
「そうなのね。でも、魔物使いって魔物いないとレベル上がりづらいんじゃなかったかしら?」
「そうそう。まぁだから見なかったフリでいくしかないな」
ヨクルのレベルはスノースライムと同程度。倒すことは可能だが、使役するとなると少しばかりレベルが足りないらしい。
「うーん。でも、ちょっと今回は魔物使いってジョブが羨ましいかも。だってスノースライムがいれば雪がたくさん積もってても道が作れるってことでしょう?」
「だなぁ。ゲンたちの足でも目的地に辿り着けるかどうか……」
「迷う心配もありそうよね。だって一面真っ白な銀世界なんだし」
「そこはまぁ俺がマップ見るから大丈夫だとは思うんだけど……それよりも銀世界で立往生する方が怖いな。ルームに逃げ込んだとしても、またドアが開かないってなるのはちょっと……」
「それはこわい。かなりこわい」
あのときは2人と2匹で力を合わせて、なんとかドアを開けることができた。けれど次に埋もれたときになんとかできる保証はないのだ。
とはいえ、春まで待つという選択肢はない。とにもかくにも一度様子を見るために、明日は冒険者ギルドなどで情報収集しよう、という話になった。
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