103.雪国の贅沢と情報収集
外が寒いときは温かい食べ物が美味しい。というか、沁みる。
しかしながら、真逆の贅沢、というのも世の中には存在するもので。イエナたちは今まさにそんな贅沢を味わおうとしていた。
「い、いいのかな、こんな……」
「いやでも、これは確かに凄くわかる気がする……」
今回、イエナたちは勇気を出してペチュンの中でもちょっぴり高級な宿に泊まることにした。普段の生活を続けているといつの日か商業ギルドに預けているお金が爆発してしまうかもしれないと思ったので。
と言っても貴族が泊まりそうな目の玉が飛び出るほどの高級宿に行くつもりはない。そういうところは一見さんお断りな気がするので、そもそも泊まれないだろうし。
そんなこんなで選んだのは、なんだか上品そうな空気がある陽光亭という宿。
今イエナたちは陽光亭に隣接されている食堂にいる。こちらは街の人たちも利用できるタイプの食堂で、なかなかアットホームだ。壁側の一角に、風情のある暖炉が置かれている。その真ん前のちょっと暑いとすら感じる場所で、その手にコックお手製のバニラアイスを持っていた。
「はわぁ……美味しい……」
ジリジリと感じる熱は、バニラアイスの表面を溶かしにかかっている。急いで匙で掬い、口に運ぶと濃厚なミルクの味と冷たさが口内に広がった。
「贅沢だ……暖炉ってのがまたいいですね」
カナタの言う通り、暖炉というのがまた別格だと思う。近年では火の魔石を使ったストーブが人気になりつつあった。薪の始末をしなくてもいい点や、子どもの事故が起こりにくい点が人気の秘密らしい。
しかし、暖炉には暖炉の良さがある。パチパチと燃える音だとか、揺らめく炎だとか。
(ルームに導入したいけど無理だなぁ……でもほんと、暖炉ってなんか格別の良さがある~)
欠点があるとすればアイスが溶けやすいくらいだろうか。トロリと溶け始めたアイスを急いでもうひと匙掬って食べる。
「ホント美味しいし、あったかいしで最高です~」
「そうだろう、そうだろう。ま、俺たちはアイスじゃなくビールなんだがな」
がっはっは、と豪快に笑うのがこの食堂の店主だ。気さくで話し好きらしく、色々な話を聞けた。
例えば、今年は雪が積もるのが早かった、とか。
「労働の後のビールは最高って言いますものね」
「ビールだけじゃないぞー。ここで飲むキンキンに冷えたワインもいい」
「そこは火酒に決まってんだろ」
「輸入品にあった、あっためて飲む酒も良かったなぁ」
イエナの言葉を皮切りに、客が口々に好みの酒を言い始める。
「ま、暖炉さまさまってワケだ」
色々な意見があるようだが、店主がまとめて暖炉のお陰としていた。皆そこに異議はないようで、それぞれまた酒を楽しみ始める。
一応、法律的にイエナたちは飲酒は可能だ。しかし、イエナはなんとなく酔っ払いのイメージがよろしくないので飲んだことはなく、カナタは元の世界ではまだ飲んではいけない年齢らしい。食事ついでにお酒も勧められたのだが、そういった経緯で断ったところアイスをサービスしてくれたのだ。
「皆さんのお仕事はやっぱり狩りですか?」
イエナは気持ちよさそうに酔っている客に話しかけてみる。
「この時期になると狩りが半分、雪かきが半分だなぁ」
「いや、雪かき開始が早すぎるよ。全くユキンコどもときたら……」
「こんなに降ってるのはやっぱりちょっとおかしいんですか?」
イエナの脳裏に先日のストラグルブルの件が思い出される。魔物の様子がおかしいと言われると、どうしても連想してしまうのだ。こちらの地域でも誰かが何かをしているのではないか、と。
しかし、今回はその予想はハズレのようだった。
「いやいや、魔物の気まぐれみたいなもんだよ。そんな深刻な話じゃあないさ」
「雪が早すぎるっていえば10年くらい前のが一番だったかね。あんときは秋ってもんがなかった」
「あれだろ? 雪女がいた頃は彼女が狩ってたから、俺たちもサボってたんだよなぁ」
「雪女?」
酔っ払いは昔を語るのが定番らしいが、その中で少々気になるワードが出てきた。カナタが思わず聞き返すと、年嵩の男性がビールジョッキを片手に教えてくれた。
「あぁ、今から20年以上前ぐらい、山奥に雪女って呼ばれてる人が住んでたんだよ。この街の更に北だから、物好きもいたもんだと思ってたよ。たまにこの街に来ては大物を置いてったりね、交流がないわけじゃなかったが……」
「! その人ってどの辺りに住んでいたかわかりますか!?」
「あ、あぁ。雪狼狩りスポットになってる場所の奥の方、北東側だったはずだが……」
「行くつもりか? やめといた方がいい」
「狩場の近くなら俺たちが雪を踏み固めてる部分があるからまだ歩けるが、固まってないところを歩こうもんならすぐに沈むぞ」
「あ、そっか。雪が深いと歩きにくいですもんね」
歩きにくさは今日ものすごく感じた。見ているだけならフカフカしていてキレイな雪だが、それをかき分けて歩くとなるとかなりの労力がいる。
ただ、この人たちには言えないが、イエナたちには頼れるモフモフがいるのだ。多少雪深くても彼らなら大丈夫なはず。
そんなイエナの気楽さを感じ取ったのか、神妙な顔で忠告を続けた。
「歩きにくいどころかそのまま身動き取れずに凍死もありうる。行きたければ悪いことは言わん、春まで待っとけ」
「……今冬始まったばかりですよね?」
「始まったと認めたくねぇなぁ……今からこんなに降ってちゃ先が思いやられる」
店主や客に言われて思わずカナタと顔を見合わせる。
この雪深い場所が春になるにはどのくらい時間がかかることか。イエナは構わないが、できれば早く元の世界に帰りたいカナタとしては待てない時間だと思う。
「ええと、その雪女さんはどのような方だったんですか?」
「どのようなっつってもなぁ……いっつもローブ被ってたから顔形はわからん。辛うじて女だろうなぁくらいの」
「人里離れて住むくらいだから訳アリではあったんだろうな、という話はあったよ。悪人には見えなかったがね」
「そもそも20年は前の記憶だ、俺たちも曖昧だよ。もしかしてあんたら知り合いかい?」
「そんなところです」
正確には違うのだが、ここは肯定しておいた方が良いだろうとカナタは踏んだらしい。ここで詳しく理由を話すわけにはいかないのでその方がいいだろう。
「んー、だがねぇ。本当にかなり前のことで、家だって残ってるかどうか……ほら、この雪だろう? 女が一人で作ったような場所ならこの雪でつぶれちまってるんじゃないか?」
「いやぁ、案外雪で冷凍保存されてるかもしれんぞ?」
雪女の話題が良い酒の肴になったのか、皆が色々と教えてくれた。
「とりあえず、折角ここまで来たので少し努力してみます。色々教えてくださってありがとうございます」
「ありがとうございました。あと、ご馳走様でした。美味しかったです!」
贅沢アイスはしっかりと食べきって、頭を下げる。思いのほか情報は集まった。あとは宿の部屋に戻って相談するだけだ。
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