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102.最北の都市ペチュン

 出発時点でドアが雪で開かないというトラブルに巻き込まれはしたが、太陽が厚い雲に遮られながらもてっぺんから下り始めた頃にイエナたちはペチュンの街の入口に立っていた。


「うーん、いないな」


「うそぉ……なんでー!? すみませーん!!」


 正確には入口から動けないでいた。

 雪に足を取られながら、えっちらおっちらと何とか辿りついたのだが、肝心の門が閉じている。


「門番とかがいそうな施設に見えるんだけどな」


 パッと見た感じペチュンという街は分厚い石壁でグルリと囲まれているようだ。その一番高い壁に真っ赤な旗を立てている。ここを目指す人間たちに見えるように、という配慮なのだと思う。

 分厚い壁の一部分がアーチ状の扉となっている。一部といってもかなり大き目で、馬車が悠々と通れる大きさだ。そのすぐ横には人間が通る用だろうか、隣の扉のスケールを小さくした物があった。

 ただ問題は、その扉が両方閉じられていること。


「これ勝手に入ったら不法侵入で怒られそう……それは避けたい」


「というか、俺たちだからまだいいけど、他の人がこの寒空で待たされたらキレないか?」


 先ほどから小さい方の扉をノックしたり、少し大きめの声を上げているのだが人が来る気配がない。

 イエナたちはまだ新兵器「アタタマモリ」によって、なんとかこの寒さに耐えることができる。が、普通の人は難しいのではないだろうか。それとも北国の人はこのくらいの寒さは慣れっこなのか。


「あ、すいませーん。今行きますー!」


 2人でどうにか入れないかと頭を悩ませていたところ、遠くから声が聞こえた。思わず顔を見合わせてホッと安心の溜め息を吐く。


「すいませんねぇ。雪かきしてたもんで」


 現れたのは大きなスコップを持ったままの男性だった。

 イエナたちと同じような防寒具をしっかり着こんでいる。違うところがあるとすれば、彼はきちんと帽子も耳当てもしていることだ。

 だから音が少し聞こえづらかったというのはあるかもしれない。

 彼はその帽子と耳当てを外しながら小さい方の扉を開けてくれた。


「今ちょーっと人が足りなくてねぇ。すいません、どうぞどうぞ通って。ようこそ、最北の街ペチュンへ。俺は街の自警団兼門番兼まぁ雑用係のヨクルってモンだ。君たちは……観光?」


 ヨクルと名乗った青年は自警団と言われて納得するくらいには、しっかりした体つきをしていた。帽子の下から現れた髪は小麦色、目は少しくすんだ赤だ。

 どことなく人が良さそうな印象を受ける。


「そんなところです」


「そりゃ災難だったなぁ。雪、凄かったろ? 今年はユキンコが多いのなんのって。正直いつもの商人以外が陸路から来るとは思ってなかったんだよ」


「ユキンコっていうと……」


 まだイエナたちが遭遇していない魔物だ。名前からするに雪の精タイプの魔物のようだが。


「こっちの地方独特の魔物だな。あいつらが雪を呼ぶんだが、今年は出現が早くってなぁ……まだ10月の半ばだってのにこの有様だよ。雪かきが大変で大変で……」


「えっ……?」


 カナタがそこで不思議そうな声を上げた。


「ん?」


「あ、いえ。えぇと、雪かきが大変そうだなぁって」


「いや、ホントそうなんだよ。こんなに早く本格的な冬になられちゃ支度も間に合わないってんで。今戦力になる自警団は冬ごもりのために魔物狩りに出てっていてなぁ。残ったのが俺ってワケよ」


「お仕事お疲れ様です」


 雪が重いというのは、先ほどのルームの扉が開かない事件で身に染みた。フワフワと空気中に舞う姿のせいでとても軽そうに見えるが、一度地面に落ちて固まってしまえばその見た目に反して重いこと重いこと。

 彼が先ほど持っていたスコップであの重い雪を運ぶとなるといったいどのくらいかかることやら。自然と頭が下がってしまう。


「ホントになぁ。雪かきするために自警団入ったわけじゃないんだけどさぁ~」


「この街は魔物の被害が大きいんですか? 石壁も立派ですし」


 ついでに軽く情報収集とばかりに、当たり障りのなさそうなことを聞いてみる。魔物について知っておいて損はないわけだし。

 イエナの質問にヨクルは緩く首を振ってから答えた。


「いやぁそうでもないさ。この大層な石壁もどっちかってーと風除けに近いね。何せ魔物はこの街の主要産業みたいなモンだから。肉が落ちてよし、毛皮が落ちてもよし。……なんだけどユキンコだのスノースライムだのはなぁ」


「あぁ、あまり旨味がないんでしたっけ」


 通常のドロップ品はなし、レアドロップが氷の魔石、というのは普通の冒険者にとって旨味が少ないと聞いている。嬉々として狩るのは恐らくサイコロ付き強運スキル持ちのカナタがいるこのパーティだけだろう。


「まぁ氷の魔石が落ちればいいんだけどなぁ。レアがそう簡単に落ちるわけもなくってさ。でも、あんまり放置してると雪がどんどん降ってきちゃうから……狩りに行く道も見えなくなるし、仕方なくな」


「狩場がきちんと決まってるんですね」


 確かにこれだけ雪が深いと、道をきちんと整備しなければすぐに遭難してしまうかもしれない。イエナたちであればルームでしのげるけれど、普通の冒険者が道を見失った場合待っているのは死だ。


(うーん、こんな雪が降り積もりまくりなところに隠者がホントに住んでたのかな? ハウジンガーならともかく……。あ、それとも真冬以外はこの街にいたとか? なら手がかりはありそう)


 イエナが自分の考えに浸っているのを見て、ヨクルは何やら勘違いしたようだ。


「お、君たちもしかしてスノーウルフとかの毛皮狙いかな? ならきちんと冒険者ギルドに寄ってくといい。地元の狩り連盟と情報交換し合ってるから新しい狙い目の狩場もわかるはずだ」


「いい情報ありがとうございます。寄ってみますね」


「あ、すまんね引き留めて。雪ばっかの街だが結構飯は美味いからさ」

 

 ヨクルの情報半分愚痴半分を聞き終えて、無事にペチュンの街に入ることができた。

 街の中も思った通り雪が多い。大人も子どもも総出で雪を道の脇にどかしている。建物はほとんどがレンガ作りのようで、白い雪に映えていた。


「それにしてもカナタ何か気になったの?」


 街中の雑踏に紛れてから、気になったことを聞いてみる。


「え? あぁ、さっきのヨクルさんとの話?」


 問い返されてコクリと頷いた。雪かきのくだりで、なんだかカナタの様子が変だったのだ。ヨクルの前で言うのが憚られたので誤魔化したのだろうという見当はつくものの、その中身はサッパリわからない。


「んー……それは、一応宿見つけてからでいいか?」


「なるほど。了解~。じゃあまずは小市民の私でもギリギリいけそうな宿探しね」


 この場でも言うのを躊躇うということは、きっと異世界出身ならではの知識だ。であれば、誰が聞いているかわからないこの状況はよろしくない。


「俺も小市民なんだけどなぁ」


 そう言って苦笑するカナタとともに本日からお世話になる宿を探す。

 北国の街並みは自分にとって本当に馴染みのないものばかりだ。断熱に優れていると聞くレンガ作りの外壁に、可愛い感じに見える三角屋根は積雪対策だろうか。窓の作りも随分と違っている。


(参考になる装飾品とか、北国ならではの技術なんかが見れたらいいなぁ)


 メインはカナタの言う隠者探しではあるけれど、これから起こるであろう様々な出会いに、イエナの胸は期待に膨らむのであった。


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