閑話101.5 モフモフ危機一髪
「僕たちは群れに恵まれたねぇ~」
そうのんびり話すのは、自分とは違う、白い毛並みのメリウール。名前をもっふぃーという。
この群れにメリウールは自分と彼の2匹しかいない。他はゲンの主人となったニンゲンのオスであるカナタとお付きのイエナとかいうニンゲンのメス。イエナはもっふぃーの主人でもある。
「まぁ、そうと言ってあげなくもないけど」
ツンとした声で返事をする。実際、恵まれてはいるのだ。美味しい果物に、毎日のブラッシング。走れない日が続くこともあるけれど、ヘンテコ空間はどれだけ走り回っても壊れることはない。
「素直じゃないなぁ~。ゲンちゃんもホントはそう思ってる癖にぃ~」
「うっ……ま、まぁアタシの主人なんだから、それくらいは当然よね!」
2匹の脳裏に浮かぶのは、先日のとある出来事だった。
たくさんの塩辛い水がある、海という場所から離れていくこと数日。メリウールにとって過ごしやすい気候になってきたあたりでその出来事は起こった。
なんだか見覚えのある気がする草原に辿り着いたのだ。
「あれー? ここもしかしてー……」
もっふぃーがそう呟いた直後、少し遠くから「メェ~」という鳴き声が響いたのだった。
もっふぃーのではない。勿論自分のものでもない。
そこまで気付いて、ゲンは急いで主人であるカナタの袖を咥えて引っ張った。
「ご主人! 早く、出発するわよ!」
切羽詰まった鳴き声を上げるゲンに対して、カナタはどう思っただろうか。
メリウールは、そこまで強い種族ではない。基本的にもっふぃーのようにぼんやりしているし、大事なのは今日のご飯だ。勿論魔物なので攻撃されたらやり返すけれど、逃げられたらめんどくさくなってしまうタイプが大半だった。少なくとも、ゲンたちがいた群れはそんなのばっかりだ。
それに対してカナタはどうかというと、まず意味がわからないくらいに強い。どんな魔物であっても、攻撃があたりさえすれば一撃で倒してしまうのだ。「アタシの主人なんだし、そのくらいは当然よね」と思っていたりはするのだが、それが同族に向かうとなると話が違ってくるわけで。
「ご主人も行こ~よぉ~」
もっふぃーも気付いたようで、のんびり屋の彼も今回ばかりは焦っている雰囲気を醸し出している。そもそもゲンともっふぃーはレベルにほぼ差がないのだから、俊敏さは同じくらい。普段怠けているだけなのだ、彼は。
『わ、わ。もっふぃーどうしたの? ゲンちゃんも……』
『あー……なるほどなぁ』
まだ何も気づいていない様子のイエナと、察したらしいカナタ。
この場合危険度はカナタの方が高い。何せ魔物殺戮マシーンである。変な道具を使えばイエナだって脅威だということは知っているけれど。
2匹はこの2人と契約を結んだペットだ。なので、彼らが倒すと決めた魔物は倒さねばならない。それが例え同族であってもだ。
だが、契約のことはわかっていても心理的抵抗というものがあるわけで。
『カナタ、1人でわかった顔しないでよぉ』
『あ、ごめんごめん。多分、あっちの方にメリウールの群れがいるんだ』
バレていた。そしてイエナにもバレた。
イエナは、なんていうか相当変わっているニンゲンである。戦えばまぁまぁ強いのだろうけれど、戦おうとしない。それよりも、魔物を倒したあとに出るドロップ品をうっとり見つめては何かを作り始めるのだ。
つまり、イエナにとって魔物はご馳走の材料みたいなものなのだろう。
「気のせい! 気のせいよご主人たち!! 先に進みましょう!!」
「行こうよ~~。ねぇ~~~ご主人~~~」
この先にいるのが知っている群れかどうかはわからない。だとしても、同族の危機を見過ごす気にはなれなかった。2匹の脳内には、とてもイイ笑顔をしたイエナの魔の手が他のメリウールに伸びる様がハッキリと描かれていた。
そんな必死な2匹をどう思ったのか、イエナが悲鳴のような声を上げる。
『もしかして……もっふぃーたち、里帰りしたいってこと!?』
『え、そっち?』
ガクリと脱力するカナタ。ゲンは今がチャンスとばかりにすかさず引っ張ったのだが、残念ながら引きずっていけるほどではなく、ちょっとバランスを崩しただけだった。
(流石アタシのご主人! ってそうじゃなくて! あぁ、もうどうしたらいいのよぉ!!)
『私たちもご家族にご挨拶した方がいいのかしら? 手土産とかいる? やっぱ果物かしら』
『いやいやいや。そもそも俺たちってゲンたちを攫ってきたような立場かもしれないぞ?』
『えっ!? モフモフ誘拐犯!?』
『メリウールは温厚な種族……非アクティブタイプの魔物だけど、流石に我が子誘拐犯を見つけたら襲い掛かってくるかも』
『えっそんな……!?』
「いや、流石にそれはないよぉ~……ないよね?」
「ないわよ! アタシだってもう成獣なんだから! ……ギリギリ」
仔羊が群れから連れ去られたならともかく、もっふぃーは勿論ゲンもギリギリ成獣だ。元の群れには多少心配をかけただろうけど、今となってはちょっと早い巣立ちだと思われてるに違いない。まして別の群れなら、ニンゲンに襲いかかったりするはずがない。
『元いた群れと戦闘になるなんてイヤよね。早くここ離れましょう!』
『襲い掛かってきても俺たちが応戦しなきゃいいだけなんだけど、やっぱりイイ気分はしないよな。ゲンたちも、勿論俺たちも』
『そうよそうよ。休憩ならもっと別の場所でもできるんだし。行こ、もっふぃー!』
そう言って2人のご主人は2匹が促すままに騎乗した。2匹は待ってましたとばかりに疾走する。
「よし、行くわよー!」
「転ばないようにねぇ~」
「転ぶわけないでしょ!」
「おっきな声出すと、群れの誰か気付いちゃうかもよぉ~?」
「ウッ……何よ、もっふぃーのばかー!」
と、そんな感じの出来事があったのだ。
回想しながら、もっふぃーはムシャムシャと置いてある果物を食べる。ここに果物が置いてあるときは、また暫く外に出られないという合図のようなものだった。
けれど、もっふぃーはあまり気にしていない。こうやって美味しいご飯を忘れられたことは一度だってないからだ。
「食べ物を忘れられたことは一度もないし、時間があるときは丁寧にブラッシングしてくれる。何より、同族と戦わないように配慮してくれるなんて、ほんとに良い主人にあたったよねぇ~」
「このアタシの主人なんだから当然よ、当然!」
「そっかぁ~。でも、ゲンちゃんホントに良かったのぉ~?」
「何がよ」
「あの調子だと、ご主人たちはメリウールの群れに襲い掛かったりはしなさそうだったじゃない? なら、挨拶くらいはした方が良かったんじゃないかって今更思ったんだけど~」
「何今更なこといってるのよ。今更も今更すぎるじゃない!」
「だって~。君、群れの期待の星だったからさぁ~。せめて消息くらい伝えられたらなぁ~とは思ったりすることもあったり~なかったり~」
そんなもっふぃーの言葉にゲンはプンスコ怒ってみせる。やはり相変わらず怒りん坊だ。
「もうアタシは成獣だし、そして群れはここなのよ。馬鹿なこと言わないの!」
そう言ってゲンはプイッとそっぽを向いてしまった。けれど、もっふぃーは知っている。ゲンは機嫌が良いと、尻尾をフリフリするのだ。
メリウールのそう長くはない尻尾は今日もフリフリと揺れている。
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