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100.新装備の威力

 景色は少しずつ変化して、モフモフたちが踏みしめる地面にも白い霜が降りるようになってきた。そんな、明らかに寒さが厳しくなってきた大地を疾走する白と黒のモフモフ、そしてそれに跨る2人。その片方から、感嘆の溜め息が漏れた。


「すごい……革命だ」


「ね、ここまで上手くいくと思わなかったわ」


 感動に打ち震えるカナタに、上機嫌なイエナ。その理由はイエナの新作にあった。

 これまでは肌を刺すような寒さ、特に顔面に容赦なく叩きつけられる冷たい空気に耐え切れず何度も休憩をとっていた。温かな地域であれば爽快なスピード感が、土地が変わるだけで凶器に等しくなるということを、2人とも知らなかった。

 正面から風を浴びる頬と鼻の頭は痛痒く、何物にも守ってもらえない耳は千切れんばかりに痛む。

 だが、今2人はその痛みから解放されていた。


「今まで使おう使おうと思って使えてなかったもっふぃーとゲンちゃんの毛が、こんなに役立ってくれるだなんて! モフモフ、最高!」


 2人がコートの下に着ているのは、以前刈り取ったもっふぃーとゲンの毛から作ったセーターである。刈り取った後下処理まではしていたのだが、比較的暖かい地方を動いていたため出番がなかったのだ。

 だが、ただの愛羊の毛を使っただけのセーターであれば、ここまでの劇的な変化をもたらすことはできなかっただろう。このセーターは特別製なのだ。


「ゲンたちの毛が使われていることもイイけど、なによりイエナの発想の勝利だろ。まさかイキマモリを応用するなんて」


 イキマモリ。それは、海の底に住む人魚秘蔵の「水中でも呼吸ができるようになるお守り」だ。人魚の村を旅立つときに、長老から見本とその材料をお土産として貰ったのである。イエナはそのイキマモリの仕組みを解明したのだった。

 イキマモリの核は、貝殻の模様にある。貝が成長するうちに、自然と刻まれた模様が空気の膜を作るのである。

 その模様を今回はセーターの模様に応用したのだ。


「カナタがアイデア出してくれたお陰だよ。あとはやっぱりもっふぃーとゲンちゃんよね。色違いだったの、すっごく助かった!」


 カナタが着ているのはゲンの毛色である黒をベースに、もっふぃーの白の毛糸で模様を編み込んだセーターだ。イエナはその白黒を反転させたもの。いわゆる色違いのお揃いとなっている。

 イキマモリと同じ模様のセーターを装備、というか、着たことにより2人は薄い空気の膜に包まれることになる。空気の膜ができたことで、もっふぃーたちに乗っても当たる空気の感覚が和らいだ。キンと痛いほどに冷たい空気に直接触れなくなっただけでもだいぶ快適になったのである。


「ゲンたちにもほんと感謝だよな。でも、イエナもすごいって。この温風機のお陰でずっと空気の膜が冷えない」


「でも温風機だってカナタの案よ? ハンディファンってやつとドライヤーを元に作っただけだもの」


 カナタの世界にはハンディファンと言われる体を冷やす道具があるらしい。自動で送風する小型の機械、なんだとか。大まかな形やどのように動くのかを聞き、それを応用したのだ。

 具体的に言うと緩く暖かな空気が出続ける、ハンディファンとドライヤーを組み合わせたような器具を作ったのである。それにストラップを付けて、首から下げてセーターの中に入れられるようにした。起動している時間の分だけ魔石を消費するけれど、出力を思い切り下げたことで多少は長持ちするはずである。ヴァナでそれなりに仕入れることができたことも大きい。


「んーじゃあ、ゲンたちにもイエナにも感謝ってことで。夕飯は腕によりをかけさせてイタダキマス」


「だからなんで敬語になるのよ」


 こんなやり取りも笑顔でできるようになった。何せ今までは口を開けば寒風が歯にあたり、それすらも痛かったのだ。話すときはそれぞれペットのモフモフたちに鳴いてもらって一時停止してからじゃないとできなかったのである。

 だから、こんな些細なやり取りが再びできるようになったことが嬉しい。


「おっと、イエナ、警戒。初めて見るやつっぽい」


 会話をしながらもカナタは警戒を怠っていなかったらしく、魔物の気配を察知してイエナたちに注意を促した。

 数秒後、現れたのはフヨフヨと風に飛ばされているような、綿毛のような何か。良く見るとそれは綿毛ではなく霜のようなものだった。


「スノースライムってやつみたいだ」


 相手の名前を確認しながらカナタはイチコロリを放つ。放った毒矢は中心にあった核に正確に打ち込まれ、スノースライムだった霜がハラハラと地面に落ちる。数秒後、ドロップアイテムがそこに現れた。


「一瞬話に聞いてた雪の精かと思ったんだけど、違ったみたいね」


 ドロップアイテムを拾うのはもっふぃーと自分の役目である。もっふぃーに近づいてもらって、拾い上げたそれは、キラキラと凍てつくような冷たい輝きを放つ魔石だった。


「カナタ! 氷の魔石だわ! すごーい、レアドロップよきっと! こんなに早くお目にかかれるだなんて」


「スライムから魔石は確かにレアだな。強運にスキルが進化したお陰だと思う」


「すごーい! これで念願の冷蔵庫が作れちゃうわ」


「……正直なところ、外が寒すぎて冷蔵庫を使う料理作る気があんまり」


「それは、確かに……。お鍋美味しいわよね」


 野菜もお肉もなんでも好きなものを入れられる上に、体が温まる鍋料理は最近の2人のブームだった。カナタが鍋のスープの味を色々変えてくれているので飽きずに楽しめている。


「でも、将来的にあった方が便利なのは確かだよな」


「うんうん。お薬もいくつかは常温じゃなく冷やして保存した方が長持ちするやつもあるみたいだし。冷蔵庫が完成したらそういう薬も常備できそう」


 今まで保管の観点から作っていなかった薬がいくつかある。なくても困らないけれど、常備していれば安心なのが薬の類だ。特にイエナたちは回復魔法は全く使えないジョブなのでいずれお世話になることがあるかもしれない。

 できればお世話になりたくないけれど。


「こんなに簡単にドロップするなら、むしろ冷蔵庫自体を量産して納品する方向でも良さそう……」


「アデム商会なら喜んでもらえそうだけど……でも、対価に困りそう」


 弟子時代には全く考えられなかったことだが、今のイエナたちはなかなか潤沢な資金がある。それも、定期収入が。

 ただ、現状カナタの幸運もとい強運スキルで魔物を倒しさえすれば何かしら手に入るようになっている。基本的な生活であれば、自給自足が可能と言っても過言ではないだろう。地域によっては癒しのモフモフたちの果物が手に入らない場合もあるかもしれないが、お金を使うのはそのくらいだ。


「シャルルさんにも『正しく経済を回してくださいね』って念押しされてるしな。確かにこのままだと貯め込む一方になる」


 ひゅうう、と寒風が2人と2匹の間を吹き抜ける。

 何にお金を使うかなんて悩む日がくるとは……。


「とりあえず、街を目指そう。街じゃないとお金は使えない」


「そうね。あ、とりあえずいいお宿に泊まるっていうのはアリなんじゃないかな。セキュリティしっかりしてるし、あと何より調度品がすごく参考になるってわかったから」


「イエナの学びに繋がるなら凄くいいんじゃないか?」


 寒空の下、そんな会話を交わしながらモフモフたちに跨り、更に北を目指す。だが、新装備のお陰で寒さは耐え切れないほどではなくなっていた。


【お願い】


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