99.寒さ対策
ヴァナの街の牛討伐祭りを十分に楽しんだイエナたち一行は、次の目的地へと向かっていった。
旅立つ前に、念入りに、平身低頭な気持ちを込めてシャルルにも挨拶した。いっそ五体投地でもいい。なにせ予定よりもずっと長い逗留になってしまったあの高級宿の宿泊代が、目を疑うほどお安い金額で済んでしまったのだから。
「あれはない、あの金額は絶対にない」
「あとで高額請求がくるのかしら、こわい。いや、ないんだろうけど……」
シャルルの厚意だとわかってはいるけれど、そこは小市民イエナ。ありがたさとともに若干の恐怖を感じてしまう。
「んー……気持ち切り替えていこう。行く先々でアデム商会に製作品を卸せば少しは罪悪感も薄れるんじゃないか? 現会頭にも異常な製作スピードの持ち主だってバレたわけだし、多めに卸しても大丈夫だろ」
「異常……異常なのかぁ。えー……もっちょい良い感じの言い方ない?」
「うーん……」
そんな会話をしながらも2人はモフモフたちに跨って北上する。
久しぶりに外を駆け回れるとあってもっふぃーもゲンも上機嫌だ。特に気温が徐々に下がってきたこともあり、快適なように見える。
ただし、人間には少し肌寒い。
「頂いた防寒具を着るほどではないけど寒いわね」
「今は耐えられなくもないけど、もっと北上したら厳しいかもな……一旦相談がてら休憩するか」
カナタの一言で一度羊たちから降りてルームに入る。勿論今まで以上に周囲の様子に注意しながら。お陰で魔物の気配に気付き、ドロップ品が1つ増えた。
「めぇ~~~」
「メェッ! メェッ!」
「今日はこの後ももう少し走ってもらうから、今は休憩、な? おやつあげるから」
「もっふぃーこれ食べて休んでてね~!」
モフモフたちを思い思いに労ってから、リビングのテーブルについた。
「温かいお茶とか準備しておいた方がいいかもしれないな。思ったより体が冷えてる」
「ホントねー。保温庫みたいなの作ってみるわ。インベントリに保管できたらいいんだけどドロップ品ですぐパンッパンになっちゃうんだもん」
「ホントなら嬉しい悲鳴なんだけどなぁ……あ、保温庫も有難いけど、それより羽織るものが欲しいな」
「おっけー」
そんなやり取りをして、イエナはサッと羽織れるポンチョを作った。ポンチョにしたのは製作手帳に載っていたのが目に入ったから。今の2人のレベルに合致していることと、作ったことのないものにチャレンジしてみたかったのが理由である。
久々に遠慮することなく会心作を作ることができたので大満足だ。
「おまたせー!」
「そんなには待ってないよ。……ていうか、お茶が冷める前に初めて作った上着の会心作を2つ揃えて完成させるってやっぱりおかしいな」
「……言われてみれば確かに!」
お茶が冷めるという具体的な現象と比較してみて、やっと自分の作業スピードを客観的に見ることができたような気もする。
「んーまぁ、遅いよりはいいかなぁ」
「実際俺は助かってるし。周りにバレないようにだけ注意すればいいんじゃないか?」
そんな会話をしつつ、お茶で体を温める。温かいお茶を飲んでいるとどうしても気になってしまったので、簡素な保温庫も作ってしまった。
今後いつでも温かいお茶を飲めるのでヨシとしよう。
「じゃ、もう少し走るとするか」
「はーい! 頑張ろうね、もっふぃー、ゲンちゃん」
「めぇ~~!」
「メェッ!」
そうして一行は旅を再開する。
現れる魔物の強さには波があるものの、レベルが上がったカナタとゲンのコンビの前では誤差でしかない。
(私の製作スピードが早いのはちょっと自覚してきたんだけど、カナタのイチコロリ連射速度も相当じゃない?)
心の中でちょっとした不満というか疑問を呈しつつ、カナタたちが倒した魔物のドロップ品を拾う。最近、カナタはレベルアップの恩恵を受けて幸運スキルが強運に進化したらしい。お陰で、レアドロップだと思われるものがかなり多くなってきた。
希少素材と言われるものもチラホラ手に入っており、ホクホクである。
だが、そんな順調な旅にも暗雲の兆しが見えてきた。リアルに空が暗いのだ。ジャロン草原を抜けたあたりから快晴はほぼお目にかかれなくなり、曇天あるいは風が強い場合が多くなってきた。そうなるとモフモフなモフモフたちはともかく、上に乗っている人間たちが辛い。
また北上しているせいか、日照時間も少々短くなっている気がする。そうなると動ける時間帯は限られてきてしまうわけで。
「寒い」
「寒いっていうか、痛い。なるほどこれが北の国」
「まだ雪も見てないのにこの寒さ? やばくない?」
風を切って走るため、特に頬と耳が痛い。事前にカナタから聞いてはいたものの、こんな風だとは思わなかった。何事も経験しないとわからないものだ。
「耳当てにデバフがあるとは思わなかったよ。アレが装備できれば少しはマシだっただろうに」
「デバフって……なんか悪い効果のことだっけ?」
「そうそう。この場合だとスキル劣化みたいな」
シャルルが用意してくれた防寒具の中には、耳当てもきちんと入っていた。それに関しては大感謝なのだが、いかんせん問題があった。カナタの気配察知の能力はどうやら聴力に由来しているようなのだ。
寒さに耐えかねて耳当てを含めた防寒小物を付けて北上していたところ、魔物の接近に気付けないという事件が発生した。幸いなことに2匹のモフモフが急停止し、異常を感じたカナタが耳当てを外したことで無事戦闘を終えられたのだが。
それ以来、カナタは耳当てをしていない。カナタがしていないのに自分がぬくぬくするのはどうかと思ってイエナもしていないのだ。
「休憩いれましょ、休憩」
「でも、こんなにこまめに休憩いれてたらいつまでたっても到着できないな……」
「風邪ひいたらそもそも先に進めないわよ」
話しながらルームの中へと寒さから逃げるように入っていく。いつも快適な環境なはずのルーム内だが、体が冷え切ってしまっているせいか普段より薄ら寒く感じられた。
「俺たち思っている以上に寒さ耐性がなかったんだな」
イエナ作のポンチョが活躍したのはほんの一瞬。時間にすれば数時間に満たない旅路の間だけだった。それ以降は寒さに負けて一式キッチリ着こんでいる。だが、このザマである。
「もっふぃーとゲンちゃんはえらいよねぇ。まだまだいけるって感じだもの」
「メェッ!」
「めぇ~~」
2匹が自慢げに鳴き声をあげる。その様子は大変可愛らしいし癒しだ。
それはそれとして、問題は1つも解決していない。
「セイジュウロウの日記を見た限り、目的地はとても雪が深いところなんだよな。今のままじゃ辿り着ける気がしない……」
「雪も、雪を降らせる雪の精とやらも見てないものね」
周囲はまだ銀世界のギの字もない。一応、周囲の木々が寒さに強いらしい針葉樹に変わっていたり、魔物に植物系が少なくなってきたりと変化は感じているけれど。
「ゲンたちに少しスピードを落としてもらうとか?」
「そのうち歩いていくのとそんなに変わらなくなりそう……」
「その可能性はめちゃくちゃある。はぁ……いっそのことドライヤー背負って温風浴びながらとか?」
「……火力風力弱めにすれば不可能ではないわね」
「え? できるんだ?」
「たぶんね。それなりに火と風の魔石を使いそうなのが難点かしら。それに暖かさがどのくらい続くのかっていうのが未知数ね。実験として1つ作ってみるのはできるけど」
「結局音や視界を塞がずに、暖かい空気だけ循環させるという無理難題なんだよな。なんか体が温まる料理を考える方がいいかも……あースマホほしい」
カナタの愚痴のようなつぶやきを聞いて、イエナの脳裏にとあるものが浮かぶ。
「あ、もしかして……」
「何か思いついた?」
「うん! ちょっと試作しに行ってもいい?」
浮かんだアイデアを逃がしたくなくて、早口でそう告げる。
「勿論! この調子だと本当にちょっとずつしか進めないからな。納得するまでガッツリ頼む。頑張れ!」
カナタの応援を背に「任せて」と言いながら、イエナは作業場に駆け込んでいった。
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