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閑話98.5 二代目の苦悩

「父さんも相変わらずというか……」


 アデム商会本店、会頭のために誂えられた部屋の中で、シャルルは手紙を読み返しながら苦笑していた。

 手紙の内容は、まず最初に近況。一時期かなり心配していた弟はどうやら復活したらしい。文面から読み取る限り復活しすぎな面もあるようだが、やはり騒がしく楽器をかき鳴らし歌っている方がアレには似合うように思う。

 そして、新しい事業の事後報告。これについては現会頭として物申したい気持ちがないわけではない。が、その内容を見ればケチのつけようがなかった。


(近いようで遠い隣人である人魚をどうやって引っ張り出したのやら……)


 手紙では経緯を詳しく書いていない。

 書かれているのは、ポートラの港町を拠点に人魚との交易を始めた、ということだけ。

 実際安易に詳細を書くのは危険だろう。商売敵にこの手の情報が渡れば命取りになりかねない。尤も、父であればそれすらも笑顔でどうにかしそうではあるが。

 今回この手紙を持ってきたのはまだまだ駆け出しの冒険者といった雰囲気の2人組だった。盗賊にでも襲われればひとたまりもなさそうな少年と少女。何かの手違いでアデム商会の仕事を請け負うことになったのか、と疑ったほどだ。


(私の見る目はまだまだ及ばない、ということでしょうね)


 手紙を持ってきた2人は、むしろ本題だった。

 将来有望かつやや危うい(・・・・・)2人にできる限りの支援と、その活躍の隠れ蓑になるように、と。

 最初は何を言っているのか、耄碌したのかとまで思ったのだが実力を見たときは、驚いたなんて言葉では言い表せなかった。

 異常なスピードで作り上げられた会心作一歩手前のポーション。これがあればどれだけの命が救えるか。そして何より彼女は恐らく手を抜いていた。手を抜く、という言い方は語弊が生まれるかもしれない。彼女は会心作にする一歩手前ギリギリを見極めて作っていたのだと思う。自分は製作に関しては門外漢なのでハッキリとした根拠は挙げられないが、商人の勘がそう告げていた。

 彼女たちは、妙に目立つことを恐れている。


(隠れ蓑になることを条件に、こちらに有利な取引を締結するというのもできなくはありませんが……それは我がアデム商会のすることではありません)


 そこらに蔓延る悪徳商人であれば、彼女たちが目立ちたくないことを利用してもっと美味い汁を吸おうと交渉するだろう。だがそれは、彼女たちが反撃に出たときのリスクと背中合わせだ。

 何より、彼女たちにはなんの見返りもないのに、その異常さを世間に知られるかもしれないというリスクを負って目の前で製作をしてみせた。その気概を踏みにじることは、自分にはできない。

 事実、彼女の作ったポーションのお陰で一命を取り留めた者は多数。あまりの出来の良さに「どうして出し惜しみをしていたのだ」と商会が非難されそうになったほどだ。確かに最初からあのポーションがあれば第一陣の被害はもっと軽く済んだだろう。

 しれっと、今到着したのです、と言っておいた。嘘ではない。


(……底が知れないのは、彼女ではなく彼の方かもしれませんね)


 後方支援部隊の手伝いとして潜り込んだ黒髪黒目の少年を思い浮かべる。

 少し異国風な顔立ちだが言葉は流暢、料理が趣味だからと調理場へ志願した。そこでの評判も上々で、少し世間とズレたところがあるが博識で気遣い上手、とは同じく調理支援を申し出ていた婦人会からの談だ。

 特に彼が「後方支援だとしても、ずっと気を張り詰めていると疲れるでしょう」と振舞ったジュースは好評だったらしい。若い男の子が気遣ってくれた、という効果も相まって疲れがとれただとか元気が出ただとか。

 最前線への荷運びも手伝ったようで、そちらでの活躍も聞いている。

 差し入れが美味しかった、ボロボロだった装備の上等な替えが早々に届いた、などなど。

 彼女の様に、わかりやすく異常なわけではない。だが、ちょっとした気遣いやアドバイスが妙に的確だった、そんな印象を受ける。勿論これは情報を集めた者にしかわからないことではあるし、2人の手柄は全て雇ったアデム商会のものとしている。他者に目をつけられるような隙はなかったはずだ。

 対価として冒険者としては最上級の防寒具を揃えたつもりではあるが、果たして彼らが満足してくれたかはわからない。


(……いっそ素材をプレゼントした方が良かったかもしれませんね)


 薬師、革細工師、鍛治師といったクラフターの枠にとらわれない彼女であれば、素材を用意する方がより上物を作り出しそうである。次回からの取引は是非そのように手配しなければ、と手帳を取り出して書き残しておく。

 彼女たちには少し手を出しづらい魔物のドロップ品なども悪くないかもしれない。希少素材で彼女たちとの縁が今後も続くのであれば安いものだ。

 金の卵を産むグワッチョに等しい存在なのだから。


(既に金の卵を産み落としていますしね……手帳カバーとは。腕だけではなくアイデアも素晴らしい)


 試作品として渡されたストラグルブルの手帳カバーは、商人の話題作りにはうってつけだった。実際、試しに数点露店に出したところ飛ぶように売れた。素材の値段にそれなりに色をつけて祭り価格で出品したにも関わらず、だ。

 何より、端材を使ったストラップなどの小物が素晴らしかった。現在お抱えの革職人がストラグルブルの革鎧を鋭意製作中であり、完成次第それなりの値段で売り出す予定だ。その際に出た端材を利用してそういった小物を作れば、買えなかった商人たちがこぞって手を出すだろう。珍しいモノ好きな貴族や蒐集家はどちらも欲しがるかもしれない。


(彼女たちは北に行く、と言っていましたね。防寒具が必要なほど北となればルートは限られています。既に先ぶれは出しましたが……さて、どこまで手出しをしたものか……)


 だが、金の卵を産むグワッチョをみすみす逃がすのは商人の名折れ。何より彼女たちは自分たちが金の卵を産み落としているとはわかっていない。なんならそれらを道端に転がそうとしているのだ。それは、あまりにも勿体ない話である。


「本当に、父さんも厄介な課題を出してくれたものです」


 そう呟いたシャルルの顔は、それでも自分に自信を持っている商人のそれだった。

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