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98.牛祭りとちょっとしたトラブル

 天気はちょっと厚めの雲がある曇天。

 しかし、商業都市ヴァナはそんなことを物ともしない活気に満ち溢れていた。


「商魂たくましいってのはまさにこのことだよな」


 ヴァナの街は今まさに「デカ牛討伐おめでとう祭り」を開催していた。ちなみにもっと格式ある名前があった気がするが忘れた。意味としては大体一緒なので問題ないだろう。

 ともかく、脅威は討伐されて流通も元に戻ったよ、ということを記念してお祭りをやっているのだ。


「牛串の最後尾、こちらになりますー!」

「これを機にあなたも牛革のバッグにしてみませんか?」

「牛乳饅頭~牛乳饅頭好評発売中ですよー」


 大通りはどこもかしこも出店でいっぱい。流通をストップさせたにっくきデカ牛にちなんだ商品を販売中だ。


「……ストラグルブルってことは、あいつオスだったんじゃ……牛乳饅頭ってアリなのか?」


「まぁまぁ。盛り上がればいいんじゃない?」


 牛にちなんでいればなんでもアリという雰囲気も面白い。牛柄コースターなんてもはやなんの関係が? とも思うのだが、記念に1つ、と手に取っている人もいたくらいだし。経済が活性化することはいいことだと思う。


「まぁ確かに、このお祭りで受けたダメージが多少でも緩和できてればいいよな」


「ねー。微力ながら私もお手伝いしたわけだし、皆の財布の紐が緩んでくれた方が嬉しいわ」


 昨日、土砂降りの雨の中、答えの出ない「どうしてストラグルブルが出現したのか」という話題を打ち切ったのは、アデム商会の訪問があったからだ。

 討伐部隊の人間からドロップ品である「ストラグルブルの革」を入手したので、それを加工して貰えないか、という相談である。


「冒険者用というよりは、商人が話のタネにしやすい日用品。この革から複数とれる小物だとなお嬉しい」


 という要望だった。色々と考えた結果、手帳カバーを作ってみたのだ。商人と言えば商談の際には色々メモをしているイメージがあったので。冒険者でも大手パーティになると帳簿管理やスケジュール管理のために1人は手帳を持つと聞いたことがある。

 他にもハギレで小物を作ってみたので、是非話のタネに購入してもらいたいものだ。


「噂をすれば、あそこで今看板立ててるのアデム商会の出店じゃないか?」


「うわぁ……デカデカとストラグルブル革製って書いてる……」


「なんとなく、アデム商会の革製品だからお店でお上品に売ってるイメージだったんだけど」


「この祭りの勢いに乗らないと不利って思ったのかもね。あっ1つ買われた!」


「あ、今ので勢いついたっぽいな。個数限定だしそりゃそうか」


 売り子さんが威勢の良い声で煽る煽る。そのお陰もあってイエナたちがこっそり見学している数分の間に見事完売したようだ。


「品質にもきちんとこだわったし、できれば飾らず使ってもらえるといいなぁ」


「だな。……と、ごめんイエナ。ちょっと別行動していいか? あっちにお世話になった冒険者のパーティが見えたから挨拶してきたい」


「了解。私この辺でお店見てるから。行ってらっしゃいー」


 お祭り会場では様々な出店がある。先ほどまで歩いていた区域は食べ物が多く、今は徐々に日用品などになってきている。基本的に素材があれば自作するイエナではあるが、人の作った作品を見るのも勉強になるのだ。

 カナタにヒラヒラと手を振って送り出してから、じっくりと露店を見て回る。


(あーなるほど。革の表面を切って中を見せることでオシャレな模様に、ね。強度は下がるけど装飾品としてはありだわ。革製品はあまり手を出したことのないジャンルだから勉強になる~!)


 やはりストラグルブル討伐記念祭りということで、露店は革製品が多い。勿論別素材であっても何かを牛にかこつけて売っている店もある。牛の置物などもあり目に飽きない。

 日用品多めのこの一帯は食べ物露店が密集しているところよりは人も少なく快適に見て回れた。

 のだが、お祭りというとたまにトラブルもある。


「ねぇねぇお姉さん1人? さみしくない? 俺が一緒に行ってあげよっか?」


 こんな風に声をかけてくる場違いなナンパ野郎の登場だ。

 1人でも楽しんでいるところに水を差す行為、減点。酒臭い息、減点。日用品露店エリアにタレのついた牛串を持ち込んでいる、大減点。


「いえ、結構です」


 自分でも驚くほどに冷たい声が出た。だがこれで撃退できただろう、と思ったのだが酔っ払いには声に乗せた断固拒否の意志は伝わらなかったようだ。


「そんな遠慮しなくてもー。俺さぁ、この祭りの立役者なんだぜぇ~。ストラグルブルを討ち取った冒険者とは、この俺のこと!」


「あなたが?」


 胡乱な目で思わずステータスを見てしまう。

 結果、大ウソつきである。

 レベルは確かに低くはないが、ステータス的に筋力が足りない。何よりジョブが盗賊だ。大斧を扱えるはずがない。


「討ち取ったのは剛腕の大斧使いと聞いてますが?」


「あれはトドメ刺しただけの手柄横取り野郎の話だろ? 俺は最初からちゃーんと参加してだな。まぁまぁその辺りの話をじっくり聞かせてやるから行こうぜ~」


「ッ!? ちょっと!」


 強引に手を取られて流石に焦る。


(どうしよう、街中で武器は出しちゃダメだし……蹴っていいかな? でもコイツの持ってる串のタレが商品にかかったらやだな、迷惑になっちゃう)


 ぶっちゃけてしまうとイエナとこの無礼者のレベル差は10以上ある。しかも、イエナはカナタ指南の元、筋力のステータスもそれなりに上げているのだ。なので、自力でどうにかできそうな気はする。

 ただし、問題はイエナがそういった事柄に慣れていないこと。蹴るなり振り払うなりしたときに、どんな影響を周りに及ぼすのかを想像できない。何よりこいつはタレでベタベタの牛串を持っているのだ。周辺の露店に迷惑をかけるわけにはいかない。

 そんな風に迷っている間にも相手の男はグイグイとイエナを引っ張る。いや、引っ張ろうとする。ただ、イエナの方が純粋に強いので動かないのである。傍から見ればコントに見えなくもない。


「くっ……なんだこの女……」


「すいません、俺の連れに何か用ですか?」


 膠着状態に困っていたところ、男の後ろからヌッとカナタが現れた。


「あ、カナタ。助かった~」


「はぁ? 男連れかよ、このブス!」


 やっと手を放してもらえたと思ったら、突然罵倒されて面食らう。確かに絶世の美女には程遠いし、可愛らしいオシャレとも縁が薄い。だとしても、いきなりナンパしてきた通りすがりに言われる筋合いはない。

 言い返してやろうと口を開きかけたところで、先にカナタが言葉を発した。


「負け惜しみにしても無理があるだろ。カワイイじゃん」


「ぅえっ!?」


 思いもがけない言葉が聞こえてきて変な声が出た。が、それに対するツッコミはなく、何故か更に加勢がきた。


「フラれた腹いせはだせぇなぁ」

「そもそも許可なく女性に触れる時点で感心しませんね」

「そんなに武勇伝語りたきゃ俺たちがたーんと聞いてやるからよぉ」


「あ、すいません。じゃあお任せしていいですか?」


 カナタの後ろにいた4,5人の冒険者パーティらしき人々。恐らくカナタがお世話になったという人たちなのだろう。

 ナンパ野郎は何やらモゴモゴ言っていたが、お兄さん方に連行されていった。


「ごめんな、戻るの遅くなった」


「ううん、大丈夫。困ってたのはアイツがベタベタの牛串持ってたせいだし」


「あー。商品に迷惑かかったらやだよなぁ」


 説明すればすぐに言いたいことを理解してくれるカナタ。イエナの思考回路をよくわかってくれている。


「人通りが多くても女性の1人歩きさせちゃダメだよな。あとであの人たちに説教されそうだ」


 そんな風に女の子扱いされて、まんざらではない気分になったイエナだった。

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