96.戦後処理と二つ名持ち冒険者
宿の高級さにはいくらか慣れたけれど、こちらは未だ慣れようもないアデム商会の本店にて。
「この度はご協力誠にありがとうございました」
イエナとカナタはそのアデム商会の会頭であるシャルルに深々と頭を下げられていた。
「あ、いえ、こちらこそ。素材提供ありがとうございました」
「俺も、上手く調理部隊に紛れ込ませてもらえました」
慌ててこちらも同じように頭を下げる。
「既にご存じかと思いますが、討伐は成功。ポーションや優れた装備のお陰で重傷者は出ておりません。それに、最後には『剛腕』が来てくれたのでかなりスムーズな討伐だったようです」
「『剛腕』って……?」
「優れた冒険者には二つ名がつけられることもあるのですよ。今回の討伐では『剛腕』と呼ばれる人物が参加してくれました。単純な近接戦闘であれば彼の右に出る者はいない、と言われる大斧使いですね。彼はストラグルブルとの戦闘相性が非常に良かった、と聞いております」
「へぇ、そんな人がいるんですね。どんな人なんだろう」
大きな牛の魔物を倒してしまえる大斧使い。ジョブは戦士あたりだろうか。その人本人にも興味はあるが、何よりもどんな装備をしているのかが気になる。
そんな思いがにじみ出ていたのだろうか、シャルルが少し複雑そうな顔で補足してくれた。
「二つ名がつくまでになった方は、少々アクが強い場合もございますので……」
「あ、あぁ、なるほど……」
言葉を濁すシャルルから色々と察する。戦闘に全振りして、色々と抜けているところがあるのだろう。それが何かはわからないけれど、彼がこう言うのだからあまり関わらない方が良い人物な気がした。
「まぁそんな大物冒険者と俺たちじゃまず接点がありませんしね」
「お2人もいずれは有名になってしまいそうな気がしますが……。さて、まずは今回の取引についてお話させて頂きます」
正直有名になどなりたくないのだが、そんなツッコミをするまえにシャルルが話題を切り替えた。
今までイエナが納品した製作物の総数と、それにかかった材料費などの説明がされる。
今回の製作は材料を全てアデム商会持ちでやらせてもらっていた。故に、支払われるのは純粋な人件費のみになる。イエナとしては人助けをする感覚に近かったのでお気持ち程度で良いと考えていた。
……正直、原価計算をするという話になると耳がスルーしたがってしまうというのはある。
「と、以上を精算いたしまして、お求めの防寒具と精霊証書のお代を差し引かせて頂いた残金がこちらになります」
「はぇ?」
間抜けな声が出た。
そういえば精霊証書と防寒具をこちらで買うつもりだったことをすっかり忘れていた。それも問題かもしれないが、それ以上に問題なのが。
「俺たちが支払う、ではなく?」
カナタが出された額面を見て目を丸くしながら問いかける。
「我々アデム商会がお2人にお支払いする金額です。正当な対価ですので、勿論受け取ってくださいますね?」
返答は『YES』か『はい』しか受け取りません、といったオーラというか、圧を感じる。ついでに血筋も感じる。似ているのは顔立ちだけではなかったようだ。
そして、イエナとカナタはその圧に抗う術を知らなかった。2人してコクコクと頷くと圧が消えたので心底ほっとした。
代わりに、なんだか増えたらしいお財布の中身に対する困惑があるけれど。
(……高級品を扱う職人さんって、どうやってこんなお金の計算してるんだろう。あ、そこまでいくと経理の人とか雇えるのかな……いいなぁ……)
イエナが自分の小市民ぶりを噛み締めている間に、シャルルが呼んだ使用人が何やら持ってきてくれた。
テーブルの上にそれらが広げられる。
「まずこちらがコートとなります。最北の地で実際に使用されている品でシルバーウルフの毛が使われております」
「え、シルバーウルフって、かなりレアな魔物じゃないですか!? すごーい!」
北国のごく一部にしか生息しないシルバーウルフの毛は防寒具に最適と聞いたことがある。それ以外にも毛並みの美しさで有名で、総毛皮のコートとなるとどれほどの金貨が積まれることになるやら。何せ生息地が限られている上に、シルバーウルフは恐ろしく強いらしいのだ。
今見せてもらっているのは総毛皮ではなく、機能性を重視したスペクテーターコートなのでそこまでしないはずではあるが。
「見た感じ毛が使われているのは手首や首回りですかね。そこから冷気が入っちゃうのかな。あ、表面の素材は軽く防水になってるっぽいですね、雪が解けちゃうからなのかも。ここの素材は……」
「イエナ、ストップ。落ち着けー」
「ハッ……」
珍しい素材が使われていたせいで、思わず製作オタクが前面に出てしまった。カナタの声かけで我に返ることはできたものの、やらかしてしまった事実に変わりはない。
幸い、というか、商会の頭を張るシャルルは笑顔で流してくれているけれど。
「製作者となるとやはり着眼点が違いますね」
そんな慰めの言葉を頂き、小さくなってしまう。そのまま縮んでこの場から消えられればいいのだが、そんな都合の良い魔法は持ち合わせていなかった。
「コートだけではなく、一般的な防寒具もご用意させて頂きましたので後ほどご確認ください」
「ありがとうございます、助かります」
「ありがとうございます」
2人で頭を下げる。目玉のスペクテーターコートだけではなく、手袋や耳当てなど細々とした防寒具もある。細やかな気遣いに頭が自然と下がった。
そして最後に登場したのが本日のラスボスだ。
「こちらが精霊証書となります」
テーブルに置かれたのは、一枚の紙とそれを保管するための筒だった。
「これが精霊証書……」
「ちょっと独特の色合いですね。材料の見当がつかないなぁ」
「この色合いは精霊が祝福を与えたからこそのものらしいですよ。材料自体は普通の紙と大きく違いはありません」
「魔法付与すると品質が変わることがあるけど、それと似たような原理なのかしら! すごいすごーい!」
「よーしよし、頼むから分解だけはしないでくれよー」
「うっ……」
カナタの言葉でなんとか冷静な状態に引き戻されたところで、シャルルの説明を受ける。
使い方はあまり難しくなく、契約する人間の名前と契約内容を記入し、最後にそれぞれの血を一滴落とせばよいらしい。
「血かぁ……」
「あ、カナタも抵抗ある? 私も~。こんなキレイな紙を血で汚すの勿体ないよねぇ」
「……そういうことじゃないんだけど」
あのキレイな紙に血を付けることに抵抗がある仲間かと思ったのだが、カナタはどうやらそうではないらしい。
「交渉の場ではポーションを用意しておき、指先に針などで傷をつけるのが通例ですね」
シャルルが一般的な使用方法を教えてくれた。これで何かの時にはバッチリ使えるはずである。旅立ちの準備は概ね完了だ。
その他シャルルとちょっとした打ち合わせをしたり、今後の旅について尋ねられたりと和やかな時間を過ごした。
帰り際、この街に滞在中は是非あの宿をそのまま使ってほしいと申し出られた。釘を刺されたような気がしたのは何故だろう。
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