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【書籍化】転生大魔女の異世界暮らし~古代ローマ風国家で始める魔法研究~  作者: 灰猫さんきち
第二部少女期 第八章 テュフォン島の災厄

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06:炎


***


 遥か上空、星空を背負うようにして、『彼』は地上の生き物たちを眺める。

 それらは小さく脆弱で、二本足に二本の腕を持って集団で動いていた。魔力の気配は薄い。山そのものから発する魔力の方が、よほど濃く感じられた。あの時、噴き上げて見えた魔力は山のそれかもしれない。


 けれども彼は知っている。あの生き物は体は小さくとも、たまに非常に手強い個体がいる。

 下手に手を出せば、痛い目に遭いかねない。


 彼は周囲を見渡した。

 連なる高い山々のうちいくつかは、白い雪冠をかぶっている。夜闇の中にさやかな月影が落ちて、美しい濃淡を描いていた。

 なかなか住心地の良さそうな山だったが、少々寒いのと、二本足の生き物がたくさんいるのとで落ち着かない。


 ――もう少し、辺りを見回ってみよう。


 彼はそう考えて、大きな翼を力強く羽ばたかせた。

 それから暖かい空気の気配のする方向へ、南へと飛んでいった。


 満天の夜空を往くものは彼のみで、空は広く、とても気分がいい。降りてきた山を離れると息苦しさが増したが、それも気にならないほどだ。

 すぐに陸地が途切れて大きな水たまりになった。ものすごく大きな水たまりだ。

 ここまで大きなものは、かつての彼の住処では見たことがない。海というものを彼は知らなかった。

 よく見ようと水面近くまで高度を落とすと、飛行する風圧で水しぶきが上がって、魚の群れが驚いたように散っていった。


 ――おもしろい! 楽しい!


 彼はますます気分を良くして飛んでいく。

 やがて左手に見える陸地の一点に、明かりが灯っているのが見えた。

 そこは数多くの建物が密集していて、見たこともないほど大勢の二本足たちがひしめいていた。

 彼はその数の多さに驚き、次いで好奇心から近づいてみた。あまりにたくさんの二本足がいるけれど、強い魔力の気配はほとんど感じられない。手強い個体は不在なのかもしれない。


 空から見た二本足たちの住処は広く、いくつかの丘と平地でできていた。川も流れている。

 彼は丘の一つ、大きな石造りの建物のある上までやって来た。彼の姿に気づいた二本足たちが、空を指さして何事か叫んでいる。

 それらの声音に緊張と恐怖を感じて、彼は得意な気分になった。故郷では小さく弱い彼が、こんなにも恐れられている。


 もっと力を見せてやろう。そう思った彼は、石造りの建物の屋根に着地した。ずん、と重い音がして、二本足たちが慌てふためいている。

 しっかりと足を踏ん張った。爪を立てると石が割れて、瓦礫がばらばらと落ちる。建物の中にいた二本足が、瓦礫に押しつぶされて断末魔の悲鳴を上げている。


 そうして彼は、大きく口を開けた。喉の奥に熱が灯り、みるみるうちに炎の球となって、勢いよく吐き出される。

 火球は丘の下、建物が立ち並んでいる場所に着弾して、燃え盛る炎と化した――


***







 私とシリウス、ティトの三人は連れ立って夜の首都を歩いていた。

 季節はもうすっかり夏。冷えた飲み物とかき氷が美味しい季節である。

 夏の長い陽もさすがにもう落ちて、辺りは夜闇に包まれている。よく晴れた夜で、星空がきれいだった。


 首都は夜も人出が多い。通りに面した居酒屋からは、にぎやかな声が響いてくる。歌声に、時々どっと沸く笑い声。楽しいお酒を飲んでいるんだろう。

 日中は禁止されている馬車も夜間は解禁されるので、貴族用の豪華な馬車や、搬入用の荷車なども行き交っている。


 私たちは、マルクスが経営責任者をしているレストランへ行くことにした。

 初年度は飲み物とかき氷だけを提供していたが、次の年以降は食事もできるようになっている。フェリクスの料理人がレシピを作った料理も好評で、今では夏だけでなく通年で繁盛している。

 私は白身魚の香草焼きが好きだな。臭みがいい感じに香草で消えて、香ばしさと身のジューシーさが同時に味わえるの。

 ティトもお魚派、シリウスはお肉派である。彼らはもう成人済みだから、ビールもワインもばんばん飲むよ。


 ――と。


 ふと違和感を感じて、私は夜空を見上げた。そんな私にティトが言う。


「ゼニスお嬢様、どうかしましたか?」


 私は空をぐるっと見回したが、特に異常はない。前世とは違う星座の星たちが瞬いているだけだ。


「ううん、何でもない。空を何かが横切った気がしたけど、気のせいだったみたい」

「こんな暗い中で鳥が飛んでるわけもない。でかい蛾でもいたんじゃないか」


 私が虫苦手だと知っていて、シリウスがそんな意地悪を言った。にやにや笑って感じ悪い!

 言い返してやろうとした、その時。


 道のずっと先の前方、大神殿がある丘の上に赤い点が灯った。

 なんだろう? ここからあの丘まではかなりの距離があるのに、こんなにはっきり見えるとは。あの赤、かなりの大きさではないか?


 そんなことを考えた次の瞬間、地を揺るがすような轟音が鳴り響く。次いで炎が、まるで夜の闇を炙るように燃え上がった。

 炎は夜空の下端を赤く照らして、大量の黒い煙を立ち昇らせる。

 その向こう側の大神殿が、不気味なシルエットのように浮かび上がっていた。


「火事だ!」


 誰かが叫んだ。


「大神殿の丘のふもとで、火事が起きた!」


 やがて消防隊のラッパが鳴り響いて、辺りは騒然とし始めた。


「お嬢様、お屋敷に戻りましょう。大神殿とお屋敷は離れていますから、延焼の心配はありません」


 顔をこわばらせてティトが言う。

 それはもちろん、そうだ。あの辺りは特に知り合いの家があるわけでもない。でも……。


「行ってみよう。魔法を使えば、消火の助けになるでしょ」

「危険ですよ、やめましょう!」

「大丈夫、危なくない範囲でやるから。シリウスはどうする?」

「まあ、見物がてら行ってみるさ。水の魔法で手伝いするくらいならやってもいい」

「見物とか言わないでね、被害者の人と消火活動頑張ってる人に殴られるよ」

「お、おう、了解した」


 ティトに先に帰るよう言ったが、「お嬢様が行くなら私もついていきます!」と譲らなかった。

 私たちは駆け足で、火の手が見える方向へ向かった。

 


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TO Books.Illustrated by saraki
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