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【書籍化】転生大魔女の異世界暮らし~古代ローマ風国家で始める魔法研究~  作者: 灰猫さんきち
第二部少女期 第七章 北西山脈

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12:獣の巣


戦闘シーン。少しばかり痛い表現などご注意。




 なぜこんな場所に狼がいるのだろう。

 先程は気づかなかったが、狼たちの背後、岩壁の反対側の方に動物の死骸や骨などが散らばっている。どうやらここは元々狼のねぐらで、私たちが侵入者の立場であるらしい。


 いいや、この際理由はどうでもいい。敵意を剥き出しにしてくる狼から、何とかして切り抜けなければ。

 狼の数は全部で六匹。少なくとも視界にいるのは、それで全部だ。

 対する私たちは岩壁を背にしている。背後を取られる心配はない。


『猛き炎の精霊よ、その熱を矢と変えて、我が手より放ち給え!』


 先手必勝!炎の矢の呪文を唱える。以前のようにもたもたして、皆の足を引っ張りたくなかった。

 炎が一瞬で(やじり)の形になり、燃える尾を引いて猛スピードで飛んでいく。

 火の熱と明るさに驚いた狼の一匹に命中した。ギャンと甲高い悲鳴が上がり、肉が焦げる嫌な臭いがした。


 私は二度、三度と同じ呪文を唱えるが、狼たちはもう怯まない。全て躱されてしまった。

 が、牽制にはなった。獣たちは少し距離を取り、油断なくこちらを伺いながら包囲の輪を狭めてくる。

 すぐ隣ではアレクが野外作業用の小刀を抜いて構えている。大きな狼に対して、その刃はいかにも頼りない。


『凍てつく氷の精霊よ、その息吹を地を這う蔦と変えて、彼の者を縛り給え!』


 地面に手をつける。生み出された冷気が蛇のように走り、一匹の狼の足ごと地面を凍らせた。動きを封じている間にもう一度火矢の魔法、これで二匹!


 次の魔法を、と身を翻した視界の端に狼が映る。飛びかかってくる、と咄嗟に思った。

 地面に身を投げ出すようにして牙を避けた。攻撃が不発に終わった狼は、着地のバランスを崩して背後の岩壁にぶつかる。

 その首筋に、アレクが小刀を思いっきり突き刺した。

 上がる悲鳴に、飛び散る血しぶき。私にも血がかかって、その生暖かさに奥歯を噛み締めた。


 今、狼を避けられたのは飛びかかる寸前の動きに見覚えがあったからだ。

 小さい頃にいつも一緒に遊んでいた、白犬のプラム。もう死んでしまって虹の橋にいるあの子が、よくあんな動きをしていた。

 ぐっと足の筋肉に力を入れて、少しだけ姿勢を低くする。そして飛びかかってくる。幼い私はきゃあきゃあ騒ぎながら犬を受け止め、顔じゅう舐められて笑い合う……。


 白い犬と灰色の狼の面影が重なり、血まみれの獣の姿に心が軋んだ。

 でも今は、そんな感傷に浸っている場合じゃない。

 狼はあと三匹!絶対に、負けられない。


 私は背中のリュックを放り出して、ひざ掛け毛布を右腕に巻き付けた。魔法ライトも投げ捨てて、地面に転がす。

 毛布を巻いた腕をわざとらしく目立つように振って見せた。


「さあ来い、狼!仲間を殺されて悔しいでしょ。敵討ちに来なよ!!」


 安い挑発だったけど、狼の一匹が乗ってきた。怒りと殺意に瞳が燃えている。

 牙を剥いて突進してくる、この動きも覚えがある。狼の動作を予測して、牙を突き立てるであろう場所に毛布を巻いた右腕を突き出した。

 目論見通り、狼は毛布の腕に噛みついた。何重にも巻いた毛布は分厚く、狼の牙も通さない、――はずだった。


「……ッ!!」


 けれど予想が少しずれて、狼の犬歯が片方だけ腕に突き刺さる。服と皮膚があっという間に破れて、ズブリと肉を貫く感触。

 このまま力比べになれば勝ち目がない。唱えておいた火矢の呪文を開放した。

 ――狼の額の真ん中に、手のひらを当てて。

 悲鳴を上げる暇もなく、頭蓋内に弾けた炎が脳を焼いた。目と口から煙を吐いた狼が事切れる。


「ゼニス姉さま!」

「姉ちゃん!くそっ、来るな、狼め!」


 ラスが悲痛な声を上げる。アレクが血まみれの小刀を振り回して、残りの二匹を牽制している。

 焼け死んだ狼が崩れ落ちるのに引きずられて、私も膝をついた。死んだ狼の牙が腕に食い込んでしまっている。無理やりに引き抜くと、ぽっかり開いた穴のような傷にみるみるうちに血が満ちて、どくどくと流れ出た。


 治癒魔法を……、いや、その前に消毒だ。野生動物の牙や爪は、危険な細菌でいっぱいだから。

 殺菌の呪文を唱え終わり、次いで治癒を使おうとした時。

 まるで詠唱を邪魔するように、二匹の狼が距離を縮めてきた。アレクが小刀を振るけれど、さほど恐れた様子がない。間合いを見切られている。

 ならば、と火矢や氷蔦の魔法を使おうとすると、射程範囲外へ下がってゆく。


 どうやら彼らは、私の消耗を待つつもりのようだ。半円を描くようにうろうろと歩いて、油断のない視線でこちらを見ている。

 ラスが布切れを持ってきて、私の右腕をきつく縛ってくれた。出血はマシになったけれど、今度は傷の痛みと悪寒が酷い。歯を食いしばって耐えた。

 治癒魔法の呪文は少し長いから、唱えようとして精神集中をすると、狼が近づいてきて邪魔をする。

 そうしているうちに体力が減っていって、意識が遠くなりそうだ。


 このままじゃ時間切れで負ける。食い殺される。

 どうすれば……。


 あてもなくさまよった視線が、ふと、地面に走る魔力石の鉱脈を捉えた。それから、落として転がしたままになっていた魔法ライトも。


「アレク、ラス、聞いて」


 掠れる声で二人を呼んだ。


「合図をしたら、目をつぶって、手でまぶたもしっかり覆って。頼んだよ」

「うん」

「分かりました」


 彼らの返事を聞いて、私はふらつきながら立ち上がった。魔法ライトを拾うのも忘れない。

 狼たちが警戒度を上げる。しっかりとこちらを見ている。――それでいい。


「今だよ!目をつぶって!」


 叫ぶと同時に魔法ライトを地面に叩きつけた。ヒビが入っていたガラス玉は、あっさりと粉々に割れる。

 その破片の中から『光』の白魔粘土を掴み、地に押し付けた。ガラスの破片が手や指を切ったけれど、気にしている暇はなかった。


 ありったけの魔力を流す。白魔粘土に、そして地面の鉱脈に。

 両目を片手で覆い、まぶたを固く閉じていたにも関わらず、真昼の太陽のような光が炸裂したのが分かった。

 流し込んだ魔力は鉱脈を通り、この空間全体の魔力石を極限まで輝かせる。強烈な閃光だった。


 発光は20秒ほど続き、やがて徐々に収まっていった。

 やっと目を開けると、二匹の狼は泡を吹いて倒れ伏している。視神経を灼かれて完全に気絶していた。

 辺りは魔力の余波で、まだぼんやりと明るい。


 怪我の上に魔力切れを起こした体を引きずるようにして、私は狼に近づいた。

 とどめを、刺さなければ。

 絞り出すように魔力循環をする。


『猛き炎の精霊よ――』

「ゼニス姉さま、待って下さい。とどめを刺すくらいなら、僕とアレクで出来ます」


 狼に向かってかざした手を、ラスが握ってくれた。

 彼はアレクから小刀を受け取って、頭に狙いを定める。そのまま目に突き刺した。

 狼は何度か痙攣した後に息絶えた。


「ドルシスさんに教わったんだ」


 アレクが言う。


「力のない奴が大きい獲物を確実に仕留めるには、目を狙えって」


 ラスはもう一匹の狼も同じように突き刺して殺した。


「……ふたりとも……無事……?」


 ひどい傷の痛みと頭痛と悪寒をこらえながら、聞く。


「無事だよ!怪我もない。姉ちゃんが一番重症だよ……」

「僕に力がないばかりに、姉さまをこんな目にあわせて――」


 無事だったのなら、良かった。

 そう思ったら、気が緩んで。



 私の意識は、闇に呑まれた。





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