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【書籍化】転生大魔女の異世界暮らし~古代ローマ風国家で始める魔法研究~  作者: 灰猫さんきち
第二部少女期 第七章 北西山脈

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10:地下の川べり



 どこからか、ごうごうと音が聞こえる。まるで地鳴りのようだ。

 頬が冷たい。体のあちこちが痛い。

 何がどうなったんだっけ――


 ぴちょん、と、顔に水滴が当たって、意識が少し鮮明になった。 


(そうだ。狼に襲われて、馬車から放り出されて。地面の穴か何かに、落ちたんだった)


 ゆっくり目を開けると、目の前に岩の地面がある。地面に片方の頬をつけて倒れていたようだ。


「……!ラス、アレク!」


 大事な弟二人を思い出し、身を起こす。手足も背中も痛かったが、激痛というほどではない。ちゃんと動けた。


 二人は私のすぐそばに倒れていた。

 近寄って確かめてみると、二人とも息をしている。外からざっと見た限りでは、骨折などのひどい怪我もしていないようだ。


「ゼニス、姉さま?」


 怪我がないか触って確かめていたら、ラスが目を覚ました。


「ラス、よかった、目を覚ましてくれて。どこか痛いところはない?」

「大丈夫です……」


 彼はゆっくり起き上がって、顔をしかめている。


「無理に我慢しないで言ってね。魔法で治してあげるから」

「……足首が痛いみたいです」


 ブーツを脱がせてみると、かなり腫れていた。少しだけ歩いてもらったら何とか歩けたので、骨折ではなく捻挫だと思う。

 私は患部にそっと手を触れて、呪文を唱える。


『命に宿る大いなる力よ、我が手に触れるこの者の、損なわれし肉との再生を促し、新たなる芽吹きをもって、健やかなる肉体を取り戻せ』


 淡い光の粒子が生まれ、腫れた足に吸い込まれた。

 ゲームの回復魔法みたいに一瞬で全快するものではないが、相当マシになるはずだ。


「どうかな?」

「痛みがずいぶん良くなりました。ありがとうございます」


 ラスは弱々しく、でも頑張って笑顔を作ってくれた。

 足に巻かれていた包帯を一度外して、足首を固定するように巻き直した。

 そうしているうちに、アレクも意識を取り戻した。彼はこれといって目立った怪我はないようだった。良かった。







 改めて現状を確認する。

 私たちが倒れていたのは、洞窟のような岩場。ずっと上の方に薄い光が見える。あれが、落ちてきた穴だと思う。

 あそこまで登れないか試してみたが、とても届きそうになかった。


 岩場の片側は下り坂になっている。

 真っ暗だったのでリュックから魔法のライトを取り出して照らしてみると、どうやら川が流れているようだ。最初に聞こえたごうごうという音は、川の水音だったみたい。

 魔法のライトはガラス玉にヒビが入っていたが、問題なく使える。割れていなくて良かった。


 他に進む道はない。川のところまで降りて、上流か下流に向かって歩くしかなさそうだ。


「川の上流と下流。どっちを目指したらいいと思う?」


 アレクとラスに聞いてみた。


「落っこちてきたんだから、上に戻ったらどうだ?」


 と、アレク。

 ラスは考えながら違う意見を言った。


「下流の方がいいと思います。川を下っていけば、外に繋がっているかもしれない」


 うーん……。どちらの言い分も一理ある。

 ただ、下流の方が分があるように思えた。山の中の川だから、登っていっても地上に出られるかどうか分からない。それならば下って行って、川が外に出ていく場所を探す方が可能性としてはマシか?


「下流に行ってみようか。川幅が広くなれば、外に繋がっている可能性も高くなりそう」


 二人はうなずいた。


 次に各自の持ち物をチェックする。

 みんなリュックをしっかり身につけていたおかげで、荷物は無事に手元にあった。

 共通の荷物として、事前に渡されていた一日分の食料と、銅のカップ。

 私は採集セット、それに『実行』の白魔粘土がいくつか。それからひざ掛けの小さい毛布。

 アレクは野外用の小刀とロープ。

 ラスはロウソクと火打ち石、包帯など。


 なんとも心もとないが、最低限は揃っているともいえる。


「まず、軽くお腹に入れておこう。どのくらい時間が経ったか分からないけど、夕食の時間はとっくに過ぎてるもの」

「うん」


 狼に出くわしたのは夕方だった。今は何時だろう。

 上を見上げると、空にあいた穴のように鈍い光が見える。あれは昼間というより、月明かりの明るさかもしれない。


 堅パンを一口だけかじり、干し肉と干しぶどうを一かけら食べた。大事な食料だから、計画的に食べないと。

 それから魔法のお湯でお腹を温めると、少し力が戻ってくる。


「さあ、行こう。きっと何とかなるよ。何があっても、私があなたたちを無事に帰してあげるから」







 魔法のライトで足元を照らしながら、慎重に川辺に降りた。

 ライトの高い光量と明かりの尽きる心配が無い点が、今はありがたい。


 川は案外激しい流れだったが、両側の川辺は一人ずつ歩くには十分なスペースがあった。

 頭の中で歩数を数えながら歩く。時間と距離を覚えておくためだ。今生の頭は出来がいいので、たくさん数を数えても忘れない。

 普通に歩くよりもゆっくりだから、5千歩ごとに小休憩を入れることにした。

 ラスの腫れた足も心配だったので。


 ラスの足も何度か確かめたが、だんだん良くなっていた。魔法がちゃんと効いたみたい。



 そうして何度目かの休憩の後、疲れと眠気が出てきたので眠ることにした。

 こんな場所に外敵が来るとも思えないが、みんなで爆睡して川に落ちたら困る。アレクとラスを先に数時間眠らせ、交代で私も寝ると決めた。


 三人で身を寄せ合って、ひざ掛け毛布を地面に敷いた。『温』の白魔粘土で暖を取る。岩も川の水しぶきも冷たくて、体が冷えてしまっていた。

 アレクとラスはすぐにうつらうつらとし始めた。疲れたよね。


「ゼニス姉さま、ごめんなさい……」


 眠気を浮かべた目でラスが言う。


「僕がわがままを言って、無理に付いてきたから、こんなことに」

「それは違うでしょ。そりゃあ勝手に来ちゃったのは駄目だけど、狼に襲われたのも、穴に落ちたのも、ラスと関係ないもの」

「…………」

「それにどうせ、アレクが言い出したんでしょう。ラスは巻き込まれただけで」

「違うんです」


 彼は首を振った。アレクもまだ起きていたから、何か言いかけてラスが止めている。


「僕が、ゼニス姉さまと離れたくなくて。アレクに頼んで、協力してもらったんです。だから悪いのは僕……」

「でも、俺も乗り気だったよ」


 苦しそうにしている二人の頭を、両手でぽんぽんと叩いてやった。


「問題をごっちゃにしないでね。勝手についてきたのは、ドルシスさんに叱られたからもういいの。今はみんなで協力して、ここから出て家に帰るのをがんばろう」

「ん……」

「……はい」

「じゃあ、もう寝てしまってね。体を休めたら、また歩くから」


 うなずいた二人を抱き寄せてやる。しばらくすると、すうすうと寝息が聞こえてきた。







 正直に言えば、私だって不安と恐怖でパニックを起こしそうだった。

 今も足元から、何か怖いものがぞわぞわと這い上がってくるような気がする。

 そして、それに心が負けそうになる。もう嫌だと何もかも放り投げて、うずくまって泣きわめきたい衝動に駆られる。


 でも、この子たちだけは何としてでも守ってやらないと。

 そう思えば力が湧いた。


 魔法のライトの光が、暗い洞窟を照らしている。

 その明るい光を――でも、暗闇を払うには心細い光――掲げて、外への道を探さなければ。


 そして必ず、みんなで無事に家に帰ろう。




ここから第七章の終わりまで、今までと少し違った雰囲気で物語が進みます。

多少のストレス展開もありますが、最終的にハッピーエンドです。気楽にお付き合いいただけると嬉しいです。



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