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【書籍化】転生大魔女の異世界暮らし~古代ローマ風国家で始める魔法研究~  作者: 灰猫さんきち
第二部少女期 第七章 北西山脈

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04:ドルシス


「魔力石の在庫が枯渇しそう、ですか?」


 シリウスとブリタニカの話をして、数日後。

 ティベリウスさんの執務室に呼び出された私は、話を聞いて驚いた。


「冷蔵運輸事業が予想以上に好調で、白魔粘土の需要は非常に高い。それに近々、軍の食料輸送にも冷蔵が使われる予定だ。元老院の正式な決定はまだだが、時間の問題だよ」


 リウスさんが言って、オクタヴィー師匠が言葉を引き継ぐ。


「それなのに魔力石の採集量が減っているの。あの石は北西山脈の河原に落ちているのだけど、既存の場所は取り尽くしてしまったみたいでね。採集範囲を広げているものの、需要に追いつかないのよ」


 そうだったのか。

 白魔粘土製作は、携わる魔法使いの数が増えたおかげで足りている。今度は原料が足りないとは。


「ゼニス、きみは各地の素材を集めて記述式呪文の実験をしていたわね。白魔粘土の代替品になるようなもの、ないかしら?」

「ないです。他の素材は魔力反応が弱すぎて、とても白魔粘土の代わりになりません」

「そう……。残念だわ」


 私が首を振ると、師匠は落胆したように息を吐いた。


「ただ、可能性はあるんだ」


 リウスさんが言う。


「河原に転がっている分だけではなく、山脈のどこかに鉱脈が存在する可能性だ」

「そうか!河原にあるってことは、どこからか流れてきたことになりますね!」


 砂金が採れる川の上流は、金鉱脈が眠っていることもある。それと同じ理屈で北西山脈のどこかに魔力石の鉱脈があって、河原の小石はそこから流れてきたのでは。


「とはいえ、少し前から鉱脈の調査もしているが、雲をつかむような話でね。いつになれば成果が出るか、見通しは全く立っていない」


 それは、そうか。前世でも鉱脈探しは山師などと言われて、半ばギャンブルだった。当たれば大きいけど空振りも多い。


「ゼニスが集めていた素材で、代替品はないかと思って呼んだのだが。これはいよいよ逼迫してきたな」

「いっそ北西山脈の向こう側に採集隊を派遣したいくらいよ。ノルド人と小競り合いが続いてるから、無理だけど」


 白魔粘土の性能が良すぎるせいで、思わぬ落とし穴にはまってしまった。

 何かしら手を打たないと、せっかく成功している冷蔵事業が停滞してしまう。


「次の採集隊に、私も同行していいですか」


 少し考えてから、私は言った。


「今まで集めた素材は、人に頼んで持ってきてもらったものでした。私が自分で行って魔力の反応を確かめてみれば、新しい素材が見つかるかもしれません」


 可能性としてはさして高くないが、何もしないでいるよりいいだろう。ちょうど研究も区切りがついている。

 ティベリウスさんがうなずく。


「そうだね、行ってきてくれ。山麓の採集地であれば危険もさほどない。護衛をつければ問題ないだろう」

「はい!」

「護衛の人選は……」


 リウスさんが言いかけたところで、ドアの向こうが何やらがやがやと騒がしくなった。

 なんだろ?

 振り返った私の視線の先で、ドアがばーんと勢いよく開いた。


「兄上、オクタヴィー、ただいま!ドルシス、ただ今帰宅しました!」


 師匠にそっくりな赤髪の男性が、屈託のない笑みを浮かべて立っていた。







 ドルシスと名乗った若い男性は、ずかずかと遠慮なく執務室に入ってきた。

 目を丸くしている私に途中で気づいて、二カッと歯を見せて笑う。


「初めましてだね、お嬢さん。褐色の髪に赤茶の目、もしかしてゼニスかい?」

「はい、そうです。ゼニス・エル・フェリクスです。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ!俺はドルシス・フェリクス、フェリクス家の次男だ」


 軍務でずっと遠方にいた弟さんか。

 私が挨拶すると、彼はわしゃわしゃと頭を撫でてきた。いやあの、私もう13歳だから頭を撫でられるような年じゃないんだが。

 なお中身は40代半ばである。もう少しでアラフィフだよ。


「相変わらずだね、ドルシス」


 ティベリウスさんが苦笑してる。

 ドルシスさんは兄に向き直ると、右手で左胸を二回叩いた。軍隊式の礼だ。


「兄上、遅ればせながらご結婚おめでとうございます。長男の誕生も実に喜ばしい」

「うん、ありがとう」


 言い忘れていたが、リウスさんの奥方リウィアさんは去年の末に男の子を出産した。母子ともに健康で、赤ちゃんはすくすく育っている。


「オクタヴィーは、まだ嫁に行かないのか?お前みたいな性格の悪い女は、貰い手がないか」

「失礼ね!私は別に結婚しなくてもいいと思ってるのよ」


 言葉だけ取ればお互いにきついけど、二人とも和やかな雰囲気である。冗談言ってじゃれ合ってるみたい。


「この男と私は双子なの。軍務でいなくなってせいせいしてたのに、帰ってくるなりうるさくて嫌になるわ」


 と、師匠。双子だったのか、どうりで面影がよく似ている。


「任務地が首都周辺になったからな。これからはちょくちょく帰ってくるよ」


 ドルシスさんは気にした様子もない。


 貴族、特に元老院に議席を持つ有力貴族の子弟が入隊すると、大隊長クラスの役職に就任する。それでキャリアを重ねて、首都に戻って元老院議員になったり、家業の補佐をするのが一般的だ。


「ドルシスさんは、軍務を続けるんですか?」

「ああ、元老院入りの条件は25歳以上だからな。俺はあと数年ある。それまで軍で経験を積むつもりだ。

 で、軍団長就任の条件を満たしたら、また軍に戻るよ。俺は小難しい議員より、軍人が性に合っているから」


 ユピテルの軍は最高責任者が執政官、つまり元老院の最上級官職が務める決まりになっている。

 執政官は任期制だ。短期で変わる執政官は名目上の責任者で、実際の戦闘指揮は軍団長クラスが行う。前世の日本の総理大臣が自衛隊の最高指揮権を持ってるのに似てるね。

 軍団長も元老院議員出身者で構成される。確か議員を五年以上務めるとかが条件だったと思う。


「今回は昇進に伴って任地が変わったんだ。ついでにしばらく休暇も出てるから、何かあったら呼んでくれ。手伝うぞ」

「じゃあ、早速頼むよ」


 リウスさんが言って、ドルシスさんはそちらを向いた。


「なんだい、兄上?」

「ゼニスを連れて北西山脈の麓まで行ってきてくれ。素材の採集だ。採集隊も同行させる」

「へえ、北西山脈?あぁ例の白魔粘土か。よし、いいぞ。出発はいつだ?」

「ゼニスはいつなら行けそうかな?」


 少し考えるが、急いで片付けなければならない予定はない。


「私はいつでも大丈夫です」

「では、六日後。今出ている採集隊がもうすぐ戻ってくるから、彼らの再出発と一緒に行ってくれ」

「分かりました!」




 こうして、私の北西山脈行きが決まった。

 転生して初めての長距離移動になる。

 白魔粘土の件は気にかかるけど、遠出が純粋に楽しみでもあった。






お読みいただきありがとうございます。


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