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本日7/23、1話目。2話目は夜に。
なんかこのライブラリ、絶妙に役に立たない時がある。……分かってる、質問のやり方が悪いんだ。
いわゆる自然言語処理が苦手なタイプのAIなんだろう。
自然言語処理というのは、人同士が対話するような普通の言葉をコンピュータ処理すること。
人が普段使う言葉は場面によって意味が異なったり、解釈の余地が広かったりする。そういうのはかつてAIの苦手とする分野だった。
反対にコンピュータへの命令を前提にした人工言語であれば、きちんと応答されていた。
それが前世で私が死ぬ少し前に、突然AIの性能が爆上がりした時期があった。生成AIを含めて自然言語処理に優れたAIが次々に現れて、社会現象になっていたね。
進化したチャットAIはまるで人間のような流暢な受け答えをしていた。ただし情報の正確性に問題があったけど……。
プログラマとしては、あの分野の発展をもう少し見ていたかったなぁ。無念である。
ちょっと疲れてきたので、ソファを出して座った。タブレットに「ソファください」と入れたら、イメージ通りのがぽんと出てきた。グレンはベッドがいいとごねたが、知らんがな。
後ろから抱えてもらって背もたれ代わりにして、すっぽり腕の中に収まる感じ。魔族椅子である。この格好、お馴染みだよねえ。今は密着度が増すと安全性もアップするので、これでよしとする。
今後の方向性は魔力回路増強の服なり道具なりを作って、魔界への転移に私が耐えられるようにする、という線で決定した。
作り方や素材の調達はおいおい詰めるとして、とりあえずいろんな疑問を解決しておきたい。
一度魔界へ帰還したら、またライブラリまで来られるかどうか分からないから。
まずは魔族の極端な少子化と絶滅の原因について。
ストレートに聞くと「不明」と返されるので、グレンとあれこれ知恵を絞って質問した。
関連していそうな事項を聞いていって、手がかりを見つけていく。
「魔界の落下と人界への衝突について」
・神界から分離後、しばらくは物質と魔力が拮抗していたが、やがて魔界は物質界である人界の重力に引かれて落下を始めた。
・現在も落下は進行中である。
・衝突の予測時期は約1万2000年後。(秒単位で細かく言われたが割愛)
・落下に伴い、魔力よりも物質の法則が強くなりつつある。(魔族の弱体化はこれが関係してそう)
・人界に衝突後、魔界は消滅する見込み。
・人界側の影響は、巨大隕石の衝突と同程度と予測。気候の大幅な変動と火山活動を伴う地脈の大きな乱れが発生見込み。(おおごとじゃん!)
「結界の役割について」
・天雷族の魔力を媒介に魔界と神界を繋ぎ、落下速度を和らげる。
・結果、魔界の崩落が緩やかになり、土地が安定する。
・現在は天雷族を含む魔族の弱体化、および結界機構のメンテナンス不足により、結界の機能は不完全にしか発揮されていない。
・結界は初代魔王が作った。落下と衝突の未来を見越してのことである。(それなら魔族弱体化と知識継承の不完全さも計算に入れておいてよ!)
「人界との関わりについて」
・魔族が人界の太陽を毒とするのは、太陽が物質界の最も強い象徴であるため。本来、魔力と物質は相容れない存在である。
・魔界の太陽や月、星々は人界の不完全な投影。実体はない。
・魔族と人間は見た目と肉体的特徴こそ類似しているが、本質が違う。
・魔族の本質は魔力。魔力を以て擬似的に肉体を形成し、世代を経て定着した。
・人間の本質は物質。物質界の申し子として、進化と適応を繰り返して今に至る。(あれ? でも、人間にも魔力があるよ?)
・よって、両者の間に子は出来ない。
「人間に魔力がある理由」
・不明(おいこら!!)
「このライブラリ、肝心な時に役に立たないよね!」
AIの性能はともかく、ユーザーインターフェイスが死んでいる。これだけすごい知識の宝庫、それに加えて魔力の測定などの高度なシステムが積んであるにも関わらず、なんでこんな使いにくいテキスト入力のみなんだ。
私のイメージが悪いのかと思って音声入力やコピペ機能が出てくるよう念じてみたものの、反応はなかった。
そもそもこういうものなのか、それともなにか制限かかってるのか分からないが、とにかくこれはない。エンドユーザーのことをなんにも考えてない。UI設計した人の顔を見てやりたい。
システムっていうのはそれそのものの性能はもちろんのこと、使い勝手がとても大事。活用されてこその仕組みだもの。
その昔、マイコン時代から一般向けOSの時代になったのも、インターネットやスマホが普及したのも、全ては操作が簡単で誰でも扱えたからだ。
その辺をまるっと無視してるこのライブラリ、UI設計者を捕まえて小一時間問い詰めてやりたい。
憤慨する私をグレンがなだめてくれた。
「推測はできるだろう。例えば魔界が落下して近づきつつある影響とか?」
「あり得る。2000年くらいの時差で、当時の人間と今の人間の魔力に違いがあるみたいだったから」
シャンファさんに聞いた当時の人間のデータよりも、私の体感としての今の人間の方が魔力が高い感じだった。とても曖昧だから参考にできるか微妙だが、ひとつの理由にはなる。
魔族は魔力を失い、反対に人間は魔力を得る。皮肉な話である。
そして、2000年程度のタイムスケールで事態が変化しているならば、15億年レベルのライブラリは対応が追いついていないのかも。もっとフットワークを軽くして欲しいものである。
「巨大隕石とはなんだろう?」
と、グレン。
「前世の話だけど、たまに大きな隕石――流れ星が宇宙から降ってきて大変なことになるの。大量の塵が空を覆って温暖な気候が一変、雪に閉ざされたり、火山が大爆発して大規模な地殻変動が起こったり」
諸説あるけど、恐竜が絶滅したのも隕石が原因だというよね。
このレベルの災害が起きるとしたら、1万2000年後の人間は文明崩壊して絶滅するかもしれない。
遠すぎる未来だけど、魔族のタイムスケールならそこまででもない。人間の感覚に直せば80年から120年くらいだ。3世代程度である。
もっともこのままで行けば、最後の魔族のグレンが1万年程度で死んでしまって関係なくなるが……。
人間の未来はちょっと置いておこう。その前に魔族の絶滅回避だ。
魔力の弱体化と少子化は関係あるんだろうか?
ライブラリの答えはお得意の「不明」だった。ライブラリ制作者の初代魔王も、弱体化は想定していても少子化は予想外だったらしい。
ただ、しつこく色々聞いて推測した所、無関係ではなさそうだった。
魔族の本質が魔力である以上、物質の影響が強くなれば存在も弱まる可能性。
でも、既に受肉して長いこと世代交代を重ねている。魔力うんぬんではなく精子と卵子が結合して胎児になって生まれてくるわけだ。その辺どうなんだろう。
質問してみる。
「魔族の生殖に際して、魔力は関係するか」
・生殖■■■の■■■が■■■■により■■。
・■■■■■■の可能性。
新しいパターンだった。ごく一部は読めるが大半が意味の取れない古代語で表示されていて、理解できない。
分からない部分を質問しようにも、コピペができないので聞きようがない。
何かしら関係がありそうだという以上は分からなかった。
ほぼ設定回が続いています。そろそろ終わります。





