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長めです。
『ようこそ! ライブラリへ』
いやなんで電光掲示板。前世以来、久々に見たよこれ。
ライブラリというのは、人間の魔法の処理機構として仮に名付けていた呼び方。どうしてそれが表示されているのか。
私が呆然とオレンジ色の光を眺めていると、それは点滅して流れ始めた。
『ご希望の動作を入力して下さい。コマンド?』
入力って言われたって、なにをどうすればいいの? キーボードもなにもない。
せめて入力端末が欲しいと思ったら、左手に新しい感触があった。タブレットだ!
リンゴのマークも窓のマークもなかったが、生まれ変わる前に馴染んでいた10インチタブレットがここにある。
「ゼニス? その板のようなもの、どこから出した?」
「え、これ見える?」
グレンの言葉に驚いた。
「うん、板の表面が薄く光ってるね」
モニタね。電光掲示板は見えないのに、どうしてこれは視認できるんだろう。私が触ってるからかなぁ?
電源ボタンを押すとタブレットは起動した。操作しようとして、右手が塞がっていてやりにくいのに気づく。
とはいえ手を離したらまた浮かんでしまうので、どうしたものか。
右手でなくとも触れていればいいかな? と相談して、少しずつ試した結果、やっぱり右手が一番いいが、そうでなくともなるべく接触面積を増やせば大丈夫という結論に達した。
というわけで、グレンは私を後ろから抱え込むようにした。魔族椅子再びである。
パスワードは指紋認証でなぜかいけたので、2人でタブレットを覗き込んだ。
画面には『ライブラリへようこそ』の一行と、テキスト入力欄があった。
「ここはどこですか、と」
日本語入力的に魔法語入力システムになっていたので、打ち込んでみる。
『ライブラリです』
と表示された。……聞き方が悪かったらしい。
「ライブラリはどこに存在していますか」
『神界と魔界のはざま、人工的に作られた空間に存在しています』
おお!
思わずグレンの方を見ようとして、真後ろなのでできなかった。やりにくい!
「ライブラリの空間は、誰が作ったのですか」
『パングゥです』
なんかね、仕方ないんだろうけどこの応答ムカつくね。固有名詞や専門用語は最初から注釈つけて欲しい。
初期の頃のAIチャットを思い出す。頭悪くてトンチンカンな答えばかりで、使えなかった。進化したAIであれば、人間より流暢に答えてくれたのに。
いかんな、前世の職業病的にこの手のものに必要以上にツッコミを入れてしまう。落ち着こう。
「パングゥとはどのような人物ですか」
『初代魔王。神界からこぼれ落ちた最初の子のひとりです』
「初代魔王……」
頭の上でグレンが驚いている。初代魔王もそうだが、最初の子とは?
1つ調べるとねずみ算式に疑問が増える。検索あるあるである。
その後、私とグレンとで疑問をどんどん入力してみた。あちこち話が飛びまくって大変だったが、まとめると以下のようになる。
・ライブラリは初代魔王とその仲間が作った。
・ライブラリの正式名称は「*****」である。(古代語で読めなかった)
・ゼニスの認識に合わせる形で、ここをライブラリと呼ぶ。
・初代魔王を含む「最初の子」とは魔族の祖先で、およそ15億年前に神界から分離した存在。
・神界から分離したのは魔族たちだけでなく、魔界の大地、魔界という世界そのものを含む。
・純粋な魔力のみが存在する神界に対し、人界は物理法則が支配する。魔界は両方の性質を併せ持つ。
・神界の意思の一部が人界に興味を示した結果、人界の重力に引かれる形で落下、分離した。
・その誕生の性質上、魔界は常に人界へ向かって落下している。いずれは人界に衝突する予定。
・魔界は一個の世界としては極めて小さい存在なので、人界に落下した後は消え去るだろう。
・ライブラリは原初の魔族たちの知識と知恵を保存するために作られた。
・純粋な魔力と物質世界の仲立ちとして、ゼニスの言う詠唱式、記述式呪文の基盤も作って収録した。
・世代を重ねるごとに魔力が弱まる未来の魔族たちのために、詠唱式、記述式呪文が役に立つといいなって思ってるYO!(この辺は小難しい言い方だったので意訳である)
「私、ライブラリは人間の魔法の実行処理機関だと思ってたの。でも、それ以上だったんだね。文字通りライブラリ、知識と知恵の書庫だった」
2つの呪文の基盤なるものも呼び出してみたが、あまりに複雑な古代語の羅列で読むのを諦めた。解読するにしても相当手強そうだ。
ただ、物理法則を呪文に織り込むと成功率が上がる点は、疑問が解けたように思う。物質と魔力の仲介だから、より正確に魔法として起こしたい現象を指定すれば、それだけきちんと応答してくれるのだろう。
詠唱式呪文の発声、記述式呪文の記述はライブラリに情報を渡すための手順。呪文を使うの際のイメージは、ライブラリへの命令を補強するもの。
そして、魔力はライブラリへの接続コストで間違いないようだった。
それと、前からちょっと違和感を感じていた点。
詠唱式呪文は魔法語の発声、つまり魔族たちが日常会話で使っている言葉。そして記述式は魔法文字の特殊な書き方。
魔法語は自然言語で、記述式の魔法文字は人工言語に相当する。
自然言語はユピテル語や日本語のように、人が普段使いするコミュニケーションのための言葉だ。
反対に人工言語は、特定の目的に沿って語彙や文法が作られた言葉。プログラミング言語なんかが相当する。
魔法語は自然言語なのに、人工言語の要素を持っているのが不思議だった。
その謎もここで解けた。
元々、魔法語はライブラリに由来する人工言語だったのだと思う。それが長い時間の中で魔族たちの自然言語に取り入れられ、混じってしまったのではないか。古代語が本来のライブラリの人工言語になるはずだ。
あの複雑な古代語の羅列こそが人工言語にしてライブラリの基盤。魔力と魔法の仕組みだけでなく、物理法則を網羅してるってことか。つまり、あらゆる事象の英知の結晶と言っていいのでは!?
それならば、全ての答えがここにあるのかもしれない!
「せっかくだから、魔族の絶滅の原因と対処法も聞いてみようよ」
私は張り切って言ったのだが、グレンの反応は鈍い。
「それよりもゼニスの状態の確認と、ここからの帰還方法が先だ」
「む。それもそうだった」
で、結果はこれだった。
・ゼニスは魔力が浮遊状態にある(なにそれ)
・魔力の浮遊状態とは、魔力が肉体を巻き込んで神界へ回帰する途上の状態 (なんでそうなった)
・理由は不明
「おバカ!」
「ゼニス、冷静になって。聞き方を変えてみよう」
・魔力浮遊に陥る主な原因は、肉体の死、もしくは魔力が弱まった状態での神界への無理な接続などが考えられる。
・神界は魔力を吸い寄せる性質がある。物質界の重力に相当する。
・弱い魔力ほど吸い寄せる力に抵抗できない。
「私、死んでないよ。生きてるよ」
「では後者だね。魔力が弱まった……これは、魔族を基準にすれば人間は常にそうなるかも」
「神界の接続は、お城の儀式だよね。あと、人界から魔界に転移する時も似た感じになった。転移と結界、天界の関係について聞いてみるね」
・中央結界の起動は、神界への接続を伴う。
・一般的な魔法に比べ大規模、かつ強力な接続。(つまり私のよわよわ魔力回路がこの強力接続に巻き込まれたってことか)
境界の転移についても聞いてみたが、答えは不明ばっかりだった。
境界は2000年と少し前に今の魔王様が作ったので、ライブラリの知識にはないのだろう。自動アップデート機能は入っていないらしい。
「対処法を聞いてみよう」
・魔力浮遊の対処法は、より強力な魔力で肉体を固定する。
・一時的な処置は、強い魔力の他者に繋ぎ止めてもらう。
・恒久的な処置は、魔力回路を増強し肉体に固定を図る。
グレンに触ってもらうのが一時的な処置に当たるのだろう。でも今後一生、一瞬たりとも離れないのはさすがに無理がある。
恒久的の方はどうしたらいいんだ。地道に訓練するので間に合う? 無理そうな気もする……。
「……移植をしようか」
グレンがぽつりと言った。
「魔力回路の移植。私のを分けてあげるよ。そうすればきっと、元に戻れる」
「え……でもそれ、すごく難しい手術でしょ。しかもかなりの確率で被移植者の私の発狂コース」
「でも、他に方法がなさそうだ。ここで手術のやり方を調べて、実行を」
本当にそうか?
それに彼は次期魔王の責任がある。魔力が弱体化してしまえば、任に耐えなくなるかもしれない。やっぱり駄目だ。
「移植うんぬんは、とりあえず保留にしよう。他に手段があるか探してからで」
「……そうだね」
・ライブラリから魔界へ行く方法は、転移の魔法を使う。(転移? まさか魔力回路に負担がかかるあれ?)
・転移時、魔力回路にかかる負荷は6195***(単位が古代語で読めなかった)
・グレンの魔力値測定。結果、42万4152。(単位は上記と同じだった)
・ゼニスの魔力値測定。結果、238。
「桁が違いすぎない? へこむわー」
「まずいな。負荷に対してゼニスの値が低すぎる」
おっと、そっちが本題だった。なんかあまりに違いすぎて、気を取られてしまった。
「あ、そうだ、ちょっと蛇足の質問」
・現在の魔族の魔力平均値。サンプル抽出、データ収集、計算、結果、2186。
・現在の人間の魔力平均値。サンプル抽出、データ収集、計算、結果、3。
「ゼニス、その質問、今必要あった?」
「ちょっとした好奇心で……」
私、人間としてはめちゃ優秀じゃないか。ていうかグレンの数値はなんなんだ。魔族としても桁が違う。
あと、15億年前は人間存在してないと思うけど、あっさり人間を認識してくれた。境界については不明だったくせに、その辺どうなっているのやら。
「グレンの魔力、多すぎない?」
「もともと天雷族は他の魔族よりかなり魔力が強いから。私はその中でも飛び抜けていると言われていた。絶滅間近の種族の、最後の悪あがきだろう」
「投げやりに言うね。私としては羨ましいのに」
「現状を変えられない以上、魔力の強弱なんて無意味だね。何の役にも立たない」
それにしても桁違いなので、一種の先祖返りなのかも?
「そんなことより、ゼニスの状態回復と魔界への帰還だ。何か方法はないか」
「質問のやり方が難しいよね。『何かないですか』だと、不明と言われて終わりだから」
AIっぽいものを搭載するなら、もっと性能いいやつにすればいいのに。
文句を言いながらしばらく悩んだが、いい考えは浮かばなかった。困った……。





