表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】転生大魔女の異世界暮らし~古代ローマ風国家で始める魔法研究~  作者: 灰猫さんきち
【成人期】第十八章 東の動乱

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

220/277

08:夜の幕開け


 ユピテル兵たちは迅速に行動に移った。

 街中にユピテル兵が掲げる松明の炎が灯る。魔法使いの魔法ライトのまばゆい光も混じっている。

 先日合流した脱走兵たちの情報で、敵兵の配置場所はおおむね割れていた。的確に敵兵のいる場所を攻撃して、反撃される前に次々とかたをつけていった。

 エルシャダイ兵たちは大混乱に陥っている。どうして急にこれだけの人数のユピテル兵が城内に現れたのか、理解できないのだろう。

 親ユピテル派の市民が民兵として加わったのも大きかった。エルシャダイ兵は敵味方の区別かがつかなくなって、指揮系統はあっという間に崩れた。各個撃破されるだけの烏合の衆と化したのである。


 やがて城門が制圧され、開け放たれた。

 陣地で待機していた残りのユピテル兵たちが一斉に攻め込んでくる。


「シャダイの民たちよ! 決して家から出ず、危険が去るのを待ちなさい! 僕、ランティブロスとユピテル兵たちは皆の味方だ。敵意を向けなければ、安全を保証する! エルシャダイ王家の名にかけて!」


 戦いの喧騒の中、ラスが大声で叫んでいる。

 同じ内容の言葉を親ユピテル派の司祭たちが伝えて回っている。


「シモンはいたか!?」


「見当たりません!」


 敵兵の返り血で鎧を染めながら、百人隊長たちが言い合っていた。

 戦闘はすでに大勢が決していた。散り散りになったエルシャダイ兵たちが追い詰められ、斬り殺されている。

 敵とはいえ――こんなにたくさんの人間が、あっという間に死んでいく。

 私は竜が襲撃してきたあの夜を思い出していた。あの時もこうやって、一方的に人が殺されていった。夜の暗い場所で多くの血が流されて命が失われていった。


 ――坑道からの不意打ちで被害が減らせた? それが何だ。今この時、これだけの血が流れているじゃないか!


「――っ」


 吐き気がこみ上げる。今すぐに殺すのをやめろと叫びたくなる。もう十分だろうと。

 でも、もしもここで手加減して、エルシャダイ兵が態勢を立て直してきたら?

 敵兵の反撃が今度はユピテル兵を殺し、さらに刃はラスまで届くかもしれない。

 分からない、どうすればいいのか分からない。目の前が暗くなる。


「王城に行くぞ! シモンを探せ!」


 副団長が大声を上げた。ラスを先頭に隊が進んでいく。

 この場所にいたくなくて、私も後を追った。







 王城は大きな神殿を思わせる、石造りの荘厳な建物だった。

 柱が立ち並ぶ回廊はユピテル建築に似ているが、色彩が乏しくて厳格な印象を受ける。

 散発的に攻撃してくる敵兵を蹴散らしながら、ユピテル軍は城を駆けた。城の前の広場に、回廊に、廊下に軍靴の音が響く。

 むき出しの石壁に兵士たちの影が伸びては通り過ぎていく。


 シモンはなかなか見つからない。玉座の間におらず、自室にもいなかった。


「既に逃げたのでは」


「王家の脱出通路は塞いでいるし、逃げる時間はないだろう」


 そんな会話が聞こえる。

 ラスと兵士たちはあちこち探し回って、城の庭に出た。既にユピテル軍の兵たちが庭のそこかしこを捜索している。


「……ゼニス。こちらに来て下さい」


 ふとラスが言った。魔法ライトを掲げて彼の背中を追っていくと、庭園の片隅に大きな岩がある。

 彼は岩の後ろに回り込んだ。覗き込んだら、岩に大きな割れ目が走っている。

 ラスは割れ目の中に腕を伸ばした。すぐに戻した手の中には、粗末な布に包まれた「何か」。大きさは両手の手のひらから少しはみ出るくらい。


「まさか……?」


「ええ。聖櫃です」


 少しばかり布をめくれば、魔法ライトの光を反射して、古びた黄金の匣が鈍く光った。


「やはり、ここだった。アル兄上は僕に聖櫃を、エルシャダイの国を託したんだ……」


 シャダイの至宝を胸に抱いて、ラスが呟くように言った。







「シモンがいたぞ!」


 兵士たちの声にラスは顔を上げた。


「王城前の広場に引き出せ。対処する」


 彼は言って立ち上がる。

 シモンは礼拝堂の地下にいたらしい。エルシャダイ王家は祭祀の一族だから、王城に立派な礼拝堂があった。

 シモンがいたのはその地下。ごく古い時代の祈りの場で、特に死者を悼むための場所だそうだ。普段はあまり使われていない場所だったので、発見が遅れた。


 ラスは司祭や隊長たちに指示を出しながら進んでいく。私は少し離れて続いた。

 後ろから見えるのは彼の背中だけ。表情までは窺い知れない。


 お城の前の広場では、既に多数のユピテル兵たちが待機していた。武装を解除されて拘束されたエルシャダイ兵たちの姿もある。

 親ユピテル派の民兵の他、シャダイ教会の司祭や一部の市民たちも集まっていた。


 シモンは王城の入り口、階段状に高くなった場所に引き出された。私は入り口から少し城に入った場所で、その様子を眺める。

 シモンは王子、もしくは国王としての豪華な装束は剥ぎ取られ、みすぼらしい簡素な衣を着せられている。

 ユピテル兵に押さえつけられて石造りの床に膝をついた彼は、暗い炎を瞳に灯していた。


 ラスが彼に歩み寄ると、群衆たちから声が上がる。圧倒的な歓声の中に、僅かな罵りの言葉や呪詛が混じる。悪意と敵意を吐いたエルシャダイ兵がユピテル兵に剣の柄で殴られ、地に伏せるのが見えた。


「シャダイの民たちよ、よく聞いてくれ!」


 シモンの傍らに立ち、ラスが声を張り上げた。


「この度の悲劇、シャダイの信徒たちが互いに殺し合う惨劇は、このシモンの父殺しと兄殺しから始まった。

 僕は決してこの男を許さない。神の恵みである安息の日々を破り、悪魔にそそのかされて血まみれの刃を振るったシモンを!」


 また大きな歓声が起こった。


「しかしながら、シャダイ教会の熱心な信徒の中には、シモンを擁護する声があるのを知っている。

 父殺し、兄殺しの大罪を犯しながら、それでもなお信仰と民たちのために行動を起こした悲劇の王子であると、シモンを評する声があると。

 僕はその声を否定する。けれど信仰心から湧き上がった意志は、神以外に打ち消す権利はない。それがたとえ、神の地上の代理人であるエルシャダイ王であってもだ。それゆえに――」


 ラスは胸に抱えていた包みを掲げた。


「この聖櫃によって、神の御意志を問う! 神前裁判により、僕とシモンのどちらに神の正義とご加護があるのか、この場ではっきりと示してみせる!」


 どよめきが上がった。

 シャダイの至宝である聖櫃をラスが手にしている事実。そして神前裁判の宣言。それらがエルシャダイ人たちに大きな衝撃を与えたようだ。

 正直、シャダイ信徒ではない私やユピテル兵たちは戸惑いが大きい。アルシャク朝が出てくる前に敵の首魁を捕らえて、もう勝利は確定済み。

 それなのに神前裁判とやらをやって、ラスに不利な結果が出たらどうするのか。そもそも神前裁判はどんなものなのか。


 ユピテル人の戸惑いとは対照的に、エルシャダイ人たちは興奮で顔を赤くしていた。捕縛された兵たちですら、体を折った姿勢で祈りの言葉を叫んでいる。司祭や市民たちも膝をつき、一心に祈り始めた。

 先程まで敵と味方に別れて殺し合っていた人々の祈りが唱和して、暗い夜空に吸い込まれていく。


 ――聞け、シャダイよ。神の言葉を。

 ――父よ、主よ、全知全能にしてこの世全てを統べる神よ。ただひとつの偉大なる神よ。


 歌うような聖句が合わさって震え、広場は異様な空気に染まり始めた。

 ユピテル兵たちが掲げる松明の光が、歌声に大きく揺らめくようだった。


「聖櫃による神前裁判が始まるぞ!」


「こうしてはおられん、街の同胞たちも呼んでこい!」


 何人かが市街地へ走っていく。市街での戦闘はほとんど終わっているが、大丈夫か心配になる。

 いつの間にかヨハネさんと司祭たちが壇上にテーブルを運んできた。

 ラスは聖櫃を包みごと置いて、テーブルの上で布を解いた。黄金の鈍い煌めきが松明の光を反射して夜に散った。

 その光を横顔に受けて、ラスが言う。


「さあ、シモン。始めよう」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

-


転生大魔女の異世界暮らし~古代ローマ風国家で始める魔法研究~

コミカライズ配信サイト・アプリ
>>コロナEX
>>ピッコマ


>>転生大魔女 書籍情報

転生大魔女の異世界暮らし1巻
TO Books.Illustrated by saraki
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ