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【書籍化】転生大魔女の異世界暮らし~古代ローマ風国家で始める魔法研究~  作者: 灰猫さんきち
【成人期】第十七章 故国への帰還

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11:ユピテルの科学者たち


 結局、オクタヴィー師匠は条件付きで私の案を承認してくれた。

 条件とは、借金――言い換えれば魔法学院への出資――の最大手をフェリクスとすること。

 本当はフェリクス依存の脱却も目指していた。でもフェリクスは現状で最大の支援者で、師匠の実家。私もずっとお世話になってきた。

 いきなり手のひら返しはとても出来ない。義理と恩の意味でも、実務上でもだ。

 実際問題として、フェリクスはユピテルで一番の商家でもある。お金を出してもらうには最適の相手だった。


 こうなるといっそ、債権や株式の形で出資者を募ってもいいかもしれない。ちらりと思った。

 でも私はそこまで経済に詳しくない。下手なことをして穴があいてしまったら大変なので、ユピテルの従来のやり方に従おう。


 まだティベリウスさんに話を持っていく段階ではない。他の出資者も目星をつけて交渉していかなければ。

 そして、この仕事はとてもじゃないが私1人の手に負えない。

 だから私は人手を募った。まずは魔法学院内で、概要を伝えて仕事をしてもいいという人を集める。

 意外なことにカペラが手を上げた。

 彼女は魔法使いとしても十分な魔力を持つが、今はもっぱら兄シリウスの補佐をしている。


「兄さんは最近、ずいぶんマシになったんですよ。慣れた人相手なら普通に話が出来るようになりました。

 だからあたし、ちょっと暇で。お仕事あるならやりたいです」


 とのこと。

 シリウスの補佐を介して、彼女の調整能力の高さは知っている。年齢が18歳と若いのと女性なのとで対外的に矢面に立てるか未知数だが、任せる価値はありそうだ。

 というような話をしたら、カペラはうなずいた。


「じゃあ、あたしの婚約者と一緒に働いていいですか?」


「え! 婚約者、いつの間に?」


「ゼニスさんがいない間に」


 なんてこった。考えてみればカペラはしっかり者で能力が高く、しかも見た目も可愛らしい。同じノルド系のミリィが正統派美人なら、彼女は可愛い系だ。

 シリウスが金魚のフン状態だから男が寄り付かないかと思ったが、なんと彼氏くんはシリウスのファンなのだそうだ。

 彼氏くんは魔法学院の卒業生でユピテル人、20歳。去年まで学生だった。魔法文字に興味があり、研究者としてのシリウスを信奉しているのだとか。


「知り合ったのも兄さんのおかげなんですよ」


 そう言ってちょっと照れくさそうに笑っていた。

 彼氏くんとも面会して、仕事をやる意思を確認した。魔法使いとしては魔力が低くて、就職先に苦労していたようだ。


「魔法学院に関わる仕事ができて、しかもカペラのそばにいられるなら、願ったりです」


 と言っていた。

 とりあえず2人を採用。他にも何人か魔法使いと、卒業生から紹介された人材を採った。


 オクタヴィー師匠をフェリクスの窓口として、何人かを補助につける。その他の人は学院長をトップに、フェリクス以外の出資者の担当とした。







 そうしているうちに時間が飛ぶように過ぎていく。気がつけば、人界に戻ってもう1ヶ月以上が経過していた。

 魔法学院改造計画は少しずつ進んで、人員体制が整いつつある。


 魔法都市の計画場所は、エール醸造所のほど近くに仮決定した。ここは首都からやや北寄りで、北西山脈から運ばれてくる魔力石の運輸上、便利なのだ。

 今、仮予定地には醸造所で働く人々のための小さい村がある。そこを整備して街の基点にする。

 教育機関としての魔法学院を中核に据えて、魔法使いたちの支援窓口、事業者向けの派遣所を設置する。開発研究所、学生寮や図書館、その他必要なものを順次揃えていく。

 いずれ学院の教育カリキュラムを見直して、専門性の高い上級学校を作る構想もある。

 まあ、まだその前段階ってとこだ。







 とにかく毎日が目まぐるしい。息をつく暇もないけれど、目処がつくまでやらないといけない。

 とはいえ、ここで倒れたりしたら馬鹿を通り越して迷惑である。グレンにもユピテルの皆さんにも顔向けができなくなる。

 体調だけは気を配ったよ。何日かに一度は意識して睡眠もしっかり取った。


 で、そんなある日のお昼ごろ。学院の研究室で上がってきた書類に目を通していたら、ドアがノックされた。

 ティトが開けてくれた。(彼女の赤ちゃんはまだ生後4ヶ月。育休を取ってと言ったのに、私の身の回りを世話してくれている。)


 面会者は学生たちだった。貴族と騎士階級出身の男子が1人ずつ、それから平民の奨学生が3人。平民は1人だけ女子だ。


「ゼニス先生、お忙しいところをすみません」


 貴族の男子学生が代表して言った。


「僕たちは先生の科学の講義に感銘を受けて、自主学習をしているグループです。1年生の時に先生の講義を聞いて、衝撃を受けました。でも2年生で先生が行方不明になった時、代理の講師の講義が内容が薄くて、不満で……」


 平民の学生が貴族の脇腹をつついて、首を振っている。貴族の子はうなずいて話を変えた。

 仲いいな? 身分差があるのに気兼ねのない付き合いに見える。


「それはともかく、僕たち、解剖の実習をしてみたいんです。医学に特に興味があります。人間の解剖です!」


「えっ」


 私は思わず絶句した。人体の理解は魔力回路の精度に直結するから、確かに重点的に教えていた。でも解剖?


「先生の解剖図の通りなのか、どうしても人間の体の中身を見てみたくて。あっ、先生の図を疑ってるわけじゃないんです。本物とよく見比べたいだけで」


「疑うのはいいよ。そして、確かめようと思ったのも素晴らしい」


 私が言うと、皆嬉しそうに笑った。


「でも、人間を解剖? どうやるつもり?」


「貧民街のケレス神殿と話をつけました。路上で死んだ貧しい平民の死体を1つ譲り受ける手はずです」


 ケレスは大地の女神。地下世界の支配者でもあると言われ、豊穣神と冥界神の両方の性格を持っている。貧民街にある神殿としては一番大きくて、生者への施しと死者の供養をやっている。


「譲り受ける?」


「有り体に言えば買いました」


 と、騎士階級の学生。貴族の学生がたしなめた。


「もっと言い繕えよ。神殿に寄付をして対価をもらったとかさ」


「同じじゃないか」


 年若い学生なので、子供っぽい感じで言い返している。


 これ、どうなんだ……?

 路上死でケレス神殿が引き取ったということは、身寄りがない死者なのだろう。それをお金で買う??


「ねえティト、どう思う?」


「悪いことではないかと。死者ではありますが、奴隷と同じですよ」


 えぇぇ。ユピテル的にはそうなるのか。そしてその死体を解剖して医学の勉強をしたい、と。

 日本で死体解剖はどうしていたっけ。生前に献体の意思を示した場合や、古い時代は死刑囚が強制的にそうなったりしたんだっけか。


「解剖が終わったらちゃんと埋葬します」


 私が迷っているのを見て、貴族の学生が言った。私は答える。


「……そうだね。神殿から譲り受けた体であっても、元々は生きていた人間だから。尊敬と感謝を忘れずに、全て終わったらきちんと埋葬してあげて。それならいいと思う」


「はい!」


「やった!」


「じゃあ先生、立ち会って下さい。時間は合わせますが、死体が傷んでしまうのでなるべく早めに」


「えっ」


 私はもう一度絶句した。


「駄目ですか?」


「無理言うなよ。先生はお忙しいんだ」


 純真な学生たちの眼差しが痛い。

 彼らは私の科学の講義を聞いて、自主的に勉強をしていた。そして人体解剖なんて思いきったことを考えて、実行に移した。

 ユピテルは古代文明として相応に迷信深くて、死者を穢れとして恐れるのに。ましてや解剖だなんて。

 すごいことだと思う。ユピテルの科学者第一号は、彼らと言ってもいい。出来れば協力したい。


「……分かった。立ち会うよ」


「本当ですか! 今日以降いつでもいいので。お願いします!」


「じゃあ今日でいい? 今から夕方までなら時間を取れる」


「大丈夫です。神殿と話はもうついていて、安置所も確保しています。よし、行くぞ!」


「おおー!」


「俺、先に神殿に行って準備してくる!」


 平民の学生が走っていった。

 私は読んでいた書類を机の上に積み直して、出かける準備を始めた。


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