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【書籍化】転生大魔女の異世界暮らし~古代ローマ風国家で始める魔法研究~  作者: 灰猫さんきち
【成人期】第十六章 魔法と科学

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04:東の結界


誤字報告いつもありがとうございます。



 結界の起点はお屋敷の裏手、ゆるい坂道を5分ほど下った先にあった。

 まばらな雑木林に囲まれて黒い石碑が建っている。高さは2メートルくらい、幅は80センチくらいだろうか。境界装置に似た配置で文字が刻まれていた。これも記述式呪文なのだろう。

 低い位置にあるのと木が茂っているのとで、お屋敷からは見えなかった。おかげで今になるまでちっとも気づかなかったよ。

 グレン、私、カイの3人で石碑の前に立つ。カイは狼の姿だ。万が一魔獣が寄ってきた場合、追い払うためとのことだった。


 グレンが石碑に手をかざすと、パチッと静電気が弾けるような音がして刻まれた文字が淡く光った。石碑全体に魔力が流れていき、黒と白銀の輝きを帯びる。

 ――あれ、今、私の魔力もちょっと持っていかれた。右手の彼と繋がっている魔力回路から、そっと丁寧に引き出されるように魔力が出ていった。

 グレンの魔力が石碑を一巡りする。よく見ないと分からないが、私の透明な魔力も少しだけ混じっている。そうして時間をかけて、魔力がゆっくりと石碑を満たしていった。


 どのくらいそうしていただろう、30分か1時間か。ほんの少しずつ引き出された私の魔力と、圧倒的な質量のグレンのそれが綺麗に入り混じる。その様子を眺めているだけで時間の感覚が麻痺してしまう。

 やがて石碑の隅々まで魔力が行き渡った。

 と。

 ぱりん、と薄いガラスが割れるような音が聞こえて、淡く光る石碑から魔力の細い一筋が空に駆け上る。

 私はその一筋を、まるで天地を繋ぐ糸のようだと思った――刹那。


 閃光が天から降ってきた。まるで落雷、けれど無音。

 目が眩むようなまぶしさの中で、落ちてきた光が石碑を通り地面に流れていくのが見えた。四方八方に短い光の軌跡を残して、すぐに見えなくなる。


「お見事です」


「世辞はいらん」


 狼のカイの言葉に、グレンがそっけなく答える。私への態度と温度差がずいぶんあるなぁ。


「えーと、今、何をやったの?」


「シンロンの……この地域一帯の結界を更新したよ。この石碑が結界の要で、これに魔力を通して術式を起動させる」


 振り向いたグレンがいつもの笑顔で教えてくれた。


「この石碑、境界の記述式呪文にちょっと似てるよね」


「そうだね。ただ、あちらは土地の魔力を吸い上げて利用するが、これは逆だ。神界に接続して魔力を降ろし、土地の安定を行っている」


「へえ! さっきの音のしない雷みたいなやつ?」


「そう。今日はゼニスの魔力も借りたよ。おかげでいつもより出力が安定していた」


「他人の魔力も使えるんだ」


「他人だなんて言わないで。ここまで深く繋がっているからできるんだ。特別だよ」


 なんかとっさに言葉が出ず、赤面して黙り込んでしまった。グレンがくすくす笑っている。


「だいたい一年に一度の間隔で更新する必要がある。今回は少々早めだが、戻ってくる手間がかからないようにした」


「そうなんだ。一年かぁ……」


 一年前というと、私はまだ何も知らないでユピテルで暮らしていた頃だ。

 私は石碑に近づいてよく見てみた。もうすっかり魔力は抜けて、ただの黒っぽい石みたいに見える。

 触ってみたかったが、境界で魔力が吸い取られると言われたので、これも似たようなことがあると怖い。やめておいた。


「2人分の魔力で更新が行えるとは、初耳でした」


 カイが言う。狼の姿では喋りにくいようで、口元がモゴモゴしている。かわええ。

 グレンは私の方を見たままで答えた。


「本来は夫婦で行うものだからね。魔族から結婚の習慣が薄れて久しい。1人でもまあ問題はないが、やはり2人の方がより良い」


「へぇ~」


 グレンは結婚、婚約としょっちゅう口にするが、あまり一般的ではないのか。なんだろね。夢見がちなのかね。乙女か。

 彼が手を差し出してきたので、握る。


「さて、そろそろ書状の返事が来る頃だ」


 手をつないで来た道を戻る。カイがいるので手をつないで歩くのも微妙に恥ずかしいんだけど、我慢。

 坂を上がり切る前に、グレンはふと目を上げた。


「今、返事が来たよ。確認しに行こう」


 着信のお知らせ機能付きかぁ。便利だね。







 魔王様からの返信は、今すぐにでも来るようにとのことだった。

 裏門を開けておくから、人目につかないようそちらを通るように、と。


 では、ということで、出発の準備に取り掛かる。

 当面は魔王様のお城に滞在することになるだろう。

 私の荷物として何が必要だろうか。着替えと下着と、あとはお気に入りの本を何冊か、自分で持てる程度の量を。

 シャンファさんが旅行用のバッグを貸してくれたので、それに詰めた。


「ゼニス、荷物は最低限でいいよ。向こうにも私の部屋があるから」


「あ、そうなんだ」


 言われてみればそうか。魔王様の身内だもんね。

 グレンは髪のお手入れセットを取り出してカバンに入れた。それ持っていくのか。ていうか魔王様のお城でも私の髪のお手入れする気なのか。助かるけどさ……。

 彼はお手入れセット以外、ほとんど荷物がない。


「他に荷物ないの?」


 と聞いてみたら、


「うん。陛下の城は以前はよく行き来してたから、必要なものは全部揃ってる」


 とのこと。

 彼がバッグを持ってくれたので、私は手ぶらでついていく。

 玄関の門をくぐると他の3人が待っていた。カイは狼のままだ。足元には彼らのものだろう、荷物がいくつか置いてある。


「よろしいですか?」


「ああ」


 シャンファさんの問いかけにグレンが頷く。

 するとカイがぶるっと身を震わせた。メキメキと音を立てて、彼の体が一回り大きくなる。立ち上がった時の頭の高さが2メートル超から3メートル以上になった。魔力で作る肉と毛皮、サイズ変更可能だったんだ!


 でっかい狼は伏せの姿勢になった。背中が広い。シャンファさんとアンジュくんが手慣れた様子で荷物を乗せ、長い毛を引っ張って結びつけた。

 2人とも荷物を乗せ終わると、背中にまたがる。リス太郎は大きなカバンに入れられて、シャンファさんが抱きかかえていた。


 え? 乗るの?

 と思っていたら、グレンがひょいと狼の首の後ろに乗った。


「ゼニス、ここにおいで」


 彼のすぐ前のスペースを示される。手を引っ張ってもらって私も乗った。


 でかいモフモフに乗った!

 巨大わんこ騎乗だよ。ウルフライダー! これぞファンタジーだぁ!



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