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【書籍化】転生大魔女の異世界暮らし~古代ローマ風国家で始める魔法研究~  作者: 灰猫さんきち
【成人期】第十五章 すれ違いながら

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11:明日へ


 ちょっとした騒動があったが、私は頭を切り替えた。

 お互いの気持は伝えて一応は理解し合えた。であれば次は、何が障害になっているか確認しないと。


「そもそもの問題は、境界をあと1回しか使えない点だよね。思ったんだけど、なんで回数制限があるんだろ?」


 疑問を言うと、グレンが答える。


「魔界と人界の境目を超えるには、魔力回路に負担がかかるんだ。普通の人間のレベルであれば1回のみ。ゼニスの条件で2回が限度だろう。それ以上は体が崩壊してしまう」


「それだよ。どうして魔力回路に負担がかかるの?」


「魔界と人界は本来、別の場所にある。それを人為的に近づけるのが境界の効果だ。

 あくまで『近づける』であって、完全に接するわけではない。世界と世界の隙間は非常に不安定な空間。ごく短時間とはいえその空間に身を晒すのだから、相応の強靭さが必要となる」


「人界に竜が出た話をした時も、そんなことを言ってたね」


「ああ。その竜は2年かけて魔界から人界まで行ったのだったか」


「ちなみに境界を使ったら、移動時間はどのくらいかかるの?」


「1分未満だよ。その時によって多少ゆらぎがあって、40秒から50秒少々」


 え、えー。そうなると竜の2年が破格だってのがよく分かる。単純に比例はしないかもしれないが、人間が1万人束になっても竜の足元にも及ばないぞ。

 いや、それよりも。今、グレンは気になることを言った。


「ゆらぎがある? それってつまり、その時で人界と魔界の距離が違うってこと?」


「恐らくそうだろうね。ただ私は、境界の使い方は知っていても仕組みや原理には詳しくないんだ。これ以上のことは、魔王陛下に聞かなければ分からない」


「……じゃあ、仮定の話なんだけど。その人界と魔界の距離を限りなくゼロに近づければ、魔力回路の負担も減る……?」


 たった今思いついたことを口にしたら、グレンは驚いた目で私を見た。


「可能性はある。技術上の可否は陛下にしか分からないが、試す価値はあるよ! さすが私のゼニス、素晴らしいアイディアだ!」


 思いっきり抱きつかれた。くそー、このでっかいわんこめ、馬鹿力!

 でも私も、希望が見えてきたのがすごく嬉しくて、ちょっと苦しいくらい全然気にならなかった!


「魔王様は今、誕生祝いをやってるんだっけ?」


「うん。予定ではあと1ヶ月は続く。千年祭だからかなり大々的で、各種族の長老も集まっている」


「終わるまで待った方がいい?」


 故郷のみんなには申し訳ないけど、展望が見えてきた今なら1ヶ月くらいは待てる。


「どうかな……。私としてはすぐにでもゼニスを連れていきたいんだが……」


 グレンは言葉を濁した。脇腹をつついて促してやると、渋々続ける。


「長老連中の多くは頭の固い年寄りでね。人間に強い偏見を持っている。そんな奴らの所へあなたを連れて行ったら、何を言われるか。

 ――いいや、遠慮する必要はないな。私のゼニスに無礼を働く輩は、始末して回ればいい」


「よくないでしょ!!」


 突然飛び出した過激発言にぎょっとした。冗談かと思ったら目が本気である。

 なんでこいつはこう極端なんだ。情緒不安定か。……情緒不安定だった。


「そんなことしたら、魔界がめちゃくちゃになっちゃうよ。ていうか返り討ちにされたらどうするの!」


「返り討ちの心配はないよ。私が魔王陛下以外の者に遅れを取るはずがない。たとえ何人束になってもだ」


 そんな自信たっぷりに言うほど実力差があるわけ? 魔族の強さの基準は分からんな。


「とにかく過激は駄目、絶対! 魔王様にお願いして教えを請うんだから、穏便にやってよ」


「それもそうか。さすが、ゼニスは冷静で頼りになる。では陛下には書面で事情を知らせて、落ち着いた頃に行こう」


「ちょっと待った」


 話は終わったとばかりに抱っこしてくるグレンに、ストップをかけた。


「まだ何か?」


 グレンは不満そうに口を尖らせている。


「書面なんて駄目。明日、改めて魔王様の所に行ってきて。お祝いの席を勝手な都合で抜け出したんだよね。で、アンジュくんたちに後始末させてるんだよね」


「勝手な都合じゃない。私にとって命よりも大事な事情だ」


「内容はさておき、とにかく失礼をしてしまったんだから、さっさと戻ってきちんとお詫びしてきて!」


 何なら今すぐ行けと言いたいところだが、さすがにもう夜なので。


「えー? 別にいいよ。陛下の居城を飛び出した時も、他の者は引き止めていたが、陛下ご自身は苦笑していただけだったから」


「いや駄目でしょ。アンジュくんたちに後始末までさせて、当の本人がコレとか私ならキレる」


 思ったより低い声が出た。グレンがびくっとしている。すぐに雨に濡れてしょぼくれた犬みたいな顔になって、しょんぼりと言った。


「分かったよ……。ゼニスは手厳しい」


「グレンが甘ったれてるんだよ」


 ふにゃふにゃな仔犬みたいで可愛いが、それとこれとは別だ。


「じゃあ、明日になったら行ってくる」


「そうして」


 私はうなずいて、彼の頬に顔を寄せた。言いつけをちゃんと聞いてくれたから、頑張ってほっぺにキスしてみようかなーと思ったんだけど。ふと思いついて言う。


「そういえば、魔王様は人間に偏見を持っていないの?」


「持っていないよ。陛下はどちらかというと、2000年前の件で人間に同情的だ」


「……そっか。良かった」


 安心して息を吐いたら、不意打ちされた。吐いたばかりの息を飲み込むようにして、唇を塞がれる。

 断固抗議――いや。そんなこと、もうしなくていいんだった。

 彼を好きだと思う心のままに、触れ合っていいんだった。

 幸せを目一杯受け取って、もらった分だけ彼に贈り返して、それでいいんだった……。


 ユピテルに帰れると、まだ決まったわけじゃない。結局駄目かもしれない。

 けど、得られた希望に向かって全力を尽くす。たとえ今回が成功しなくても、探し続ける。そう決めたら心が楽になったよ。


 だから私たちは、幸福に笑いあって。

 今度こそ心から、愛する気持ちを確かめあったのだった。







 余談として、一晩放置されたリス太郎がものすごく怒っていて、機嫌を取るのが大変だったことを添えておこう。



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