06:魔力色
食事が終わったので、グレンの北棟に行く。シャンファさんは食器洗いを済ませてからとのことで、彼女を抜かした4人――アンジュくん、グレン、カイ、私のメンバーである。
「より精度の高い魔力回路の使い方だったね」
北棟の応接室で皆にソファに腰掛けてから、アンジュくんが言った。
「じゃあまず、ゼニスちゃんの魔力色を教えてね」
「白だよ」
なんで魔力色? と思いつつ答えると、すかさずグレンが横から割り込んだ。
「透明だろう」
「どっち?」
アンジュくんが首をコテンとかしげた。中学生みたいな外見だから、ちょっと子供っぽい仕草も似合ってる。
「白で間違いないって。人界の魔力石で何度も見たもの」
「つながった魔力回路から、いつも透明の魔力を感じている。見間違えるはずがない」
と不毛なやり取りをした末に、もう一度確認しようとなった。
「これを使ってくれ」
グレンが執務机の引き出しから、透明な水晶の欠片みたいな鉱石を持ってきた。小さいけれど六角柱になっていて、キラキラときれいだ。
「これは何?」
「魔晶石。魔力に触れると光るんだ。生物の魔力色は、これで確認する」
「へえ、魔界にもそういうのがあるんだね。人界にもあったよ」
などと言いながら、私は左手の指先に魔力を集めて魔晶石を触った。
魔晶石が光る。
その色は――無色。光そのものとしか言えない輝きが、魔晶石からあふれていた。
「ほら、透明だった。だから言っただろう、ゼニスはダイアモンドのような輝きだと」
グレンは無駄に得意顔である。
「えぇー?」
ダイア云々の言い方、ちゃんと現実に即した喩えだったのか。魔界のダイアが白いのかと思ってたわ。
「おかしいなぁ。人界の魔力石の時は白かったのに」
私がまだ納得できずに首をひねっていると、グレンが言う。
「その魔力石というのは、どういうもの?」
「白っぽい石で、北西山脈――人界の大きな山脈ね。そこに鉱床があるの。で、この魔晶石と同じように魔力に触れると光る」
「ふむ、白い石か。それなら透明に光っても白く見えるね」
「あ」
そういうことか!
魔力持ちが魔力石に触れると、必ず何かしらの色の光になっていたから、その発想はなかった。
「透明の色はとても珍しいよ。少なくとも魔族では、聞いたことがない」
アンジュくんが興味深そうに言った。
「人間だと、よくある色なの?」
「いや、人界でも透明、というか白は珍しかったよ。200人近く調査したけど、私の他には2人だけだった」
「1.5パーセント程度だね。しかも本当に白い人もいたかもしれないと考えると、割合はさらに低い。
人間の魔力色は、他にどんなのがあったの?」
「私が調査したのは、ざっと180人程度。それで一番多かったのは茶系だったよ。薄茶やオレンジもこれね。
次は水色。空色みたいのからちょっと緑入ったのとか。
あとはぐっと減って、ピンクと薄緑、黄色。あとはもう白並みに珍しくて、金色とか」
薄オレンジはオクタヴィー師匠とドルシスさんの色。水色はミリィ。
金色はシリウスで、私の知る限り彼だけの色だった。妹のカペラも魔力持ちだけど、ベージュっぽい茶系だったから。
なお、魔力色の調査は私が10歳くらいの時から、教師権限で行っていた。ちゃんと毎年新入生の記録を取って、一覧にした冊子を研究室に置いてある。すぐに何かの役に立つわけでもないが、気になったのである。
「空色やピンクかぁ。全体的に薄い色?」
「うん。はっきりした原色の人はいなかったよ」
「ちなみに、色が見えるくらいの魔力の持ち主は、どのくらいの割合?」
「30人に1人くらい。約3.3パーセント」
これも毎年の調査の結果だ。
特に奨学金制度が始まってからは、広く平民相手に魔力を確認していた。延べ人数で1000人以上やったと思う。だから、それなりに信頼できる数字のはず。
「ふむぅ。前にシャンファから聞いたんだけど、2000年前の人間で魔力色が確認できたのは、2パーセント切ってたんだよね。
神聖語、詠唱の魔法が使えるようになってた件といい、人間の魔力がちょっと強くなってるのかな?」
アンジュくんは思案顔だ。
「わたくしがどうかしましたか?」
するとちょうどいいタイミングで、シャンファさんがやって来た。アンジュくんがこれまでのいきさつを説明している。
「成る程……。確かに2000年前当時は、魔力色があると言える人間は1.9パーセント程度でした。3.3パーセントですか。かなりの増加具合ですね」
2倍とまではいかないが、大きい違いだと思う。
何故だろう? 見当もつかないが、何か理由があるのだろうか。
「俺も一つ聞きたい」
アンジュくんたちと一緒にうんうん唸っていたら、カイが口を開いた。
「人界の魔力に反応する石は、白いと言っていたな。しかも大鉱床になっていると」
「うん。山脈の地下に大鉱脈があって、今は採掘を進めているところ」
13歳の時に発見した、狼の巣穴になっていた地下洞窟を思い出す。
「それは、東の境界から見てどちらの方角だ?」
「東の境界?」
「私たちが出会ったあの場所だよ。魔界には何か所か境界があって、あれは東のと呼ばれている」
と、グレン。なるほど。
「あそこから見たら南西になるね」
「やはり……。主よ、これは例の件と関係があるのでは」
「む」
カイに言われて、グレンは眉を寄せた。
「例の件って?」
私が口を挟むと、グレンが答えてくれた。
「7年前に人界から強い魔力反応が観測されたんだ。その時の魔力は白色。そんなことは今までなかったから、驚いたよ。
ただ、反応は一過性でほとんど一瞬。その後は何もなかったから、現場の確認だけで特に対処はしていない」
7年前。それは、私が魔力石の大鉱脈を発見した年だ。
「ゼニスは何か心当たりがある?」
「あー、うん。ある」
別に隠す必要もないと思ったので、私は13歳の時の冒険を話して聞かせた。北西山脈に魔力石を探しに行って、結果、鉱脈を発見した一連の話だ。
狼の群れに襲われて死にかけたくだりを話したら、グレンが泣きそうな顔で肩を抱いてきたので、さりげなく避けてみた。
「最後に目くらましのつもりで思いっきり鉱脈に魔力を流したら、ものすごい光ったよ。地下だったのに、地上にいた人も光が見えたと言っていたくらい」
「あれはゼニスの魔力だったのか! どうりで美しく鮮烈で、しかも清らかな光だと思ったんだ」
おいそれ、本当かよ。今付け足したんじゃないのか。いや、それよりも。
「魔界にまで届いてたの?」
びっくりである。カイがうなずいた。
「届いていた。魔界では、あの辺りは竜の棲家になっている。
竜は魔獣の中でも感覚が鋭く、魔力に敏感に反応する種族だ。異変がないか見回りに行った際は、特に何もないようだったが」
「竜!?」
私は今度こそ心底驚いて大声を出した。急に声を張り上げたせいで、魔族たちは目を丸くしている。
「竜って、でっかいトカゲみたいので空を飛んで、火を吹くあの竜!?」





