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【書籍化】転生大魔女の異世界暮らし~古代ローマ風国家で始める魔法研究~  作者: 灰猫さんきち
第三部成人期 第十三章 少しずつの変化

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05:つまみ食いは至福の味


 最近、毎日がけっこう楽しい。

 魔族たちは皆優しく親切で、魔法と魔力について新しいことをたくさん教えてくれる。シャンファさんは有能な家事能力を持っていて、お屋敷をいつも清潔に居心地よく整えてくれる。

 料理はここしばらく、グレンが担当している。悔しいことにどれも美味しくて、食べ過ぎを心配してしまうほど。


 思うんだけどさ。

 そりゃあ最初に行き違いがあって、殺し合ったのは残念な事実だ。

 でも結果的に死者は一人も出なかったんだし、ここらで和解してもいいのではなかろうか。


 境界があれば魔界と人界の行き来は自由なんでしょ?

 それなら、とりあえず一度ユピテルに帰してもらって、私の無事をみんなに知らせる。それから滞っている仕事を片付けて、また魔界に戻って来るのはどうだろう。その後は魔界と人界を行き来しながら暮らすのである。

 人界の境界がある北部森林と、首都ユピテルの距離が離れているので、移動が大変だけど。

 元々私は、北西山脈に定期的に出張していた。出張の行きがけついでに北上して行けば、別に時間の無駄ってこともない。


 体もまだ完全コンディションではないが、7割方は回復した。右手以外は不自由なく動く。そろそろ、長期の移動にも耐えられると思う。

 そして何より、良くしてもらっている魔族のみんな(グレンを除く)を騙すのが心苦しくてしんどいのだ。


 うん、そうだ。そうしよう。

 折を見て正面から言ってみよう。ずっと騙していたのを謝罪して、正直な気持ちを話して。

 そう決めたら、ずっとモヤモヤしていた心が晴れていくのを感じた。







 ――でも、この時の私は知らなかった。

 事態はそんなに単純なものではないことを。私はそれを、後で思い知ることになる。







++++







 さて、魔族たちに正直に打ち明けると決めたはいいものの、機会はなかなか掴めなかった。

 今まで嘘をついていたのが後ろめたいもあって、言い出しにくかった。


 今、私は厨房でつまみ食いをしている。

 誤解のないよう付け加えておくが、盗み食いではない。ちゃんと調理者の了解を得て味見しているだけだ。


「ほら、ゼニス。これも食べてごらん。おいしいよ」


 夕食用の料理をしているグレンが振り返って、楊枝に刺した茄子の揚げ物を差し出してきた。

 彼は魔力を操って、油の鍋を高温に保っているようだ。かまどでは燃料もないのに炎が燃え盛っている。

 私は手元の小皿で茄子を受け取ろうとした。ところが彼は笑顔のまま首を横に振った。


「このまま食べて。その方が早いから」


 私は無言でさらに小皿を突き出した。いいからよこせ、と言外に圧力をかける。

 しかしグレンも負けてはいない。


「冷めちゃうよ。アツアツが一番美味しいから、ほら、早く」


 彼の手にある茄子が、いかにも美味しそうな湯気を立てている。私は唾を飲み込んだ。

 揚げ物料理はユピテルであまり見なかったから、魔界で食べられて嬉しい。甘酢で味付けしていて、想像するだけで唾液がわいてくる。


 それでもしばらくためらってから、結局、私は食欲に負けた。

 仕方なく首を伸ばし、前歯で茄子をかじり取った。じゅわっとあふれる甘酢味、茄子の食感も楽しい。思わず笑顔になる。

 美味しいものは正義。作り手が誰であろうとそれだけは正しい。


「美味しい?」


「うん!」


「じゃあこれも、一口どうぞ」


 今度は春巻きの皮の切れ端に、ひき肉が載っている。ひき肉の影に見える黄色いアレは、チーズではないか。小さなかけらがトロリととろけて、ひき肉と春巻きの皮の間で存在を主張していた。

 チーズとひき肉の組み合わせはずるいと思う。世界最強と言っても過言ではない。私は我慢するのも馬鹿らしくなり、かぶっとかじりついた。

 ところが。

 つい勢いよく口に入れたら、グレンの指までかじってしまった!! 楊枝じゃなくて指で持ってたのかーい!

 

 グレンのこと犬っぽいと思ってたけど、これじゃあどっちが動物か分からない。ユピテルの実家の犬たちも、たまにごちそうをもらうとすごい勢いで食いついてきた。それこそ指ごとかじられるなんて、いつものことだったよ。


「ご、ごめん! 痛くなかった?」


 慌てて口を開けて指を出すが、グレンはニコニコしている。


「大丈夫。食べてる時のゼニスが本当に可愛くて、つい見とれていただけ」


 はぁ~~~?? 指かじられて言うことか、それ? こいつの変態っぷりもだいぶ慣れたが、時々新しい境地を開拓してくれるので困っている。

 飲み込んだばかりのチーズとひき肉の幸せな余韻が、微妙な感じになってしまった。くそ。


「こっちのも食べる?」


「もういい!」


 気まずくなって、私は厨房を出た。

 さすがに料理中に打ち明け話をするつもりはなかったが、これは次の食事の時も真面目な話は出来そうにない。


 今日はそもそも、料理を手伝おうと思って厨房についていったのに。

 体が動くようになって以降、三食昼寝付きは申し訳なかったので色々と手伝いを申し出ているのだが、今ひとつ上手くいかない。


 部屋の片付けをやろうとしたら、シャンファさんに「ゼニスが触るとかえって散らかりますので」と笑顔で拒絶された。解せぬ。

 ならば洗濯を、と思えば、彼女は魔法で空中に水流を起こして衣類や寝具を洗うのだ。とても人間に真似できる芸当ではない。

 そして私は、三食昼寝につまみ食い生活を満喫する結果となっている……。肩身が狭いわ。







 気落ちしながら中庭に出ると、カイが一人で武術の形稽古みたいのをやっていた。カンフーに似た動きだが、かなりアクロバティックである。

 カンフーというと、私は前世の映画スターか、もしくは「まゆたんのカンフー」を思い浮かべる。後者ははっきり言っちゃうと変な踊りである。


 それはともかく、カイの動きは変な踊りではなくちゃんと武術に見えた。

 私も僅かばかりの剣の腕があるので、彼の動作が無駄なく洗練されたものだと分かる。身を低くする姿勢が多いのは、狼モードに対応しているためだろう。

 カイはきりの良い所で動きを止めると、こちらを向いた。


「何か用か?」


「ううん、別に。いい動きだなと思って、感心して見てたの」


 彼は軽く肩をすくめて、さっさと立ち去ろうとした。愛想のない奴である。


「ちょっと待った! あんなに動いたのに息が上がってないし、汗もたいしてかいてないんだね」


 私が呼び止めると、彼は仕方なさそうに振り向いた。


「魔力で身体能力を強化しているからな」


「なにぃ!?」


 そんなん出来るの!? 思わず大声を上げた私に、カイは渋い顔をしている。どうもこの前のモフモフをモフモフ事件以来、敬遠されがちなのである。


「それ、私もやれるかな!?」


「不可能ではない。身体強化は内部魔力の基本的な使い方だ。ただし、ゼニスはもっと魔力回路の精度を上げてからの方がいい」


 そういえば以前、アンジュくんが私の魔力回路についてアドバイスをくれたっけ。詳しいやり方を教えてもらう約束だけど、まだ手を付けていない。もう一度頼んでみよう。


 その後はカイにもう一度変化魔法を頼んで断られたりしているうちに、夕食の時間になった。

 シャンファさんとアンジュくんもやって来て、皆で食卓につく。

 魔力回路の話をしたら、食後に教えてもらえることになった。楽しみ!




 なお、茄子の揚げ物とチーズ春巻きはとても美味しかった。また食べたい。




食いしん坊を見抜かれて餌付けされている。

餌付けしている方は、小動物が一生懸命ごはんを食べていて可愛いと思っている。



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