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【書籍化】転生大魔女の異世界暮らし~古代ローマ風国家で始める魔法研究~  作者: 灰猫さんきち
第三部成人期 第十二章 魔族たち

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06:魔力回路のリハビリ


5/6、1話目です。



 魔力回路のリハビリは、グレンの住居である北棟でやることになった。

 北棟は中に入ると応接間になっており、その奥にグレンの寝室があるとのこと。

 応接間には大きな書き物机の他、長椅子やテーブルなどが揃っている。けっこう広さがあって、空間がゆったりしている。ユピテルのティベリウスさんの執務室を思い出した。


 長椅子の横のスペースに立つと、アンジュくんが言う。


「それじゃあ、まずはゼニスちゃんのやり方で魔力回路を起動してみて。人間の方法を見てみたいんだ。ゆっくりでいいよ」


「オッケー」


「もし少しでも異変や痛みを感じたら、すぐやめるんだよ」


 これはグレンだ。分かってるっての。

 軽く目を閉じて深呼吸する。視界を閉ざすと、脇のあたりを支えているグレンの手がより強く感じられて落ち着かない。

 その感触を振り払うように、脳に極小のスパークを灯した。ピリッとした痛みが一瞬だけ走ったが、大したことはない。大丈夫そうだ。


 かつての日課通りに魔力を作って、脳から心臓へと巡らせていく。

 (こご)った体を解きほぐす時と同じような、ミシミシ、ギシギシと軋む感覚がする。でも苦痛というほどではない。

 魔力の流れもぎこちなかったが、そのまま下腹部へと流し、両足を経由して胴体を一巡りさせる。本来なら両腕にも流すのだが、左はともかく右手は感覚がひどく薄くて、危なっかしい感じがする。やめておこう。


 何度か循環を繰り返して、少しずつ魔力の流れがスムーズになってきた。

 久しぶりに体がぽかぽかと温まってくる。力が湧いてくる。

 そうそう、この感覚だよね。知らず知らず、口角が上がった。


「よーし、ゼニスちゃん、そこまで」


 アンジュくんの声で我に返った。

 閉じていたまぶたを上げると、笑顔のアンジュくんがいる。ちょっと横を見るとグレンがなんだか落ち着かない様子だった。なんじゃ。まあいいや、知らんわ。


「人間のやり方、思ったよりしっかりしててびっくりしたよ。シャンファから聞いた話だと、2000年前の人間で魔力回路を意識的に使えた人は、一人もいなかったそうだから」


 実は、魔力回路を発見したのも魔力循環のやり方を編み出したのも私なんだよ! と自慢していいだろうか。

 ……やめておこう。いらぬ注目は浴びたくないや。


「魔族から見て改善点はある?」


 私は聞いてみた。褒めてもらったのは嬉しいが、うんと昔から魔力を使いこなしている彼らからすれば、また違う見方があるだろう。


「人間の魔力回路の強度を考えれば、ちょうどいいやり方だと思うけど……あえて言えば、細部がちょっと甘いかな」


「細部?」


 アンジュくんは右手の人差し指を立てて、左右に振ってみせた。


「魔族も人間も同じだけど、体の末端部分は細かい神経や血管が走っているんだ。魔力回路はそれらに並行して絡み合う形で存在しているから、その細い一筋ひとすじを認識して魔力で満たす」


 なんと。確かに私の魔力回路理論も、体の主だった血管に沿って魔力を巡らせるのが柱だった。毛細血管や末梢神経まで行けるとは。

 内心で驚いている私に気づいたのかどうか、アンジュくんは続ける。


「2000年でどのくらい変わったか分からないけど、人間の文化はかなり原始的だったよね。

 あっごめん、悪く言ってるわけじゃないんだ。2000年前の時の人間たちの暮らしは素朴というか、あまり文化的じゃなかったものだから」


「人間の2000年は大きいから、当時よりずいぶん文明が発展してるよ」


 私は答える。

 古王国は首都近辺はまだしも、辺境地なら本当に未発達だっただろう。せいぜい青銅器文明程度か。

 アンジュくんはうなずいた。


「そっか。じゃあ医学はどんな感じかな? 解剖学は普及してる? ヒトの体についてどのくらい具体的に知っているかで、理解度が違うから」


 ……ちょっと困った。私の知識は素人レベルとは言え、21世紀の日本のそれである。

 小学校の時の人体模型然り、大人になってからテレビや本で見聞きした情報然り、どれも高精度だと思う。でも決して、それがユピテルの一般レベルではないわけで。


 どうしよう。正直に言っていいものか? それとも誤魔化しておくべきか。







 3秒ほど考えて、私は正直に日本レベルの知識を告げることにした。

 どうせ魔族たちは人界に出てこられない。私が好きに振る舞っても、本来のユピテル人たちを確認しようがないのだ。

 そして何より、魔族流の魔力回路の使い方をぜひ体感したいではないか。こんな機会は二度とないかもしれないですぞ?


「けっこう詳しいよ。本物の死体の解剖は見たことないけど、絵とか立体の模型は何度も見た」


 何なら3Dモデルも見た。ぐるぐる回して好きな方向から見られるやつ。


「へえ!」


 アンジュくんが驚いている。身じろぎの気配を感じて顔だけ振り向くと、グレンも感心したような様子だった。


「それじゃあ近いうちに、その辺の訓練もやってみよう」


「今じゃないの?」


「脳と体に負荷がかかるからね。ゼニスちゃんはまだ治りかけだから、無理はいけない」


 無念。けれど楽しみが増えた。ほくほく気分である。


「今日は人間のやり方でもう少しだけ訓練して、終わりにしよう。ゆっくり慎重にやってね」


 アンジュくんの言葉に従い、私はもう一度魔力回路を起動する。しばらく右手を除いて循環を続けて、その日の魔力回路のリハビリは終わりになった。


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